幕間
そこは現世とは違う場所だった。どこまでも深い闇。それだけがこの場所にはあった。いや、その闇そのものがこの場所を作っているのかもしれない。
その闇の中に巨大な異形が一つ。
身の丈10m以上ある触手が大量に生えた獅子――古に牙王と名付けられた妖魔だ。
牙王は深く傷付いた体で闇の中に倒れこんでいた。牙王の苦しげな唸り声が闇の空間に響く。
――何なんだあれは?
昨夜、牙王が獲物を探していると、
一人の男が目についた。その男はまだ15、6ぐらいの少年で、どこか柔和な雰囲気を感じさせていた。しかし、牙王がその男を狙おうと思ったのは、男の秘める魔力にほかならない。
魔力とは文字通り魔術に使う力のことで、この世に存在する全てのものが持っている。しかし、その男はその保有量が異常だった。下手をすればこの自分よりも強大な力を持っているかもしれない。さらに驚いたことに、その男はその力に目覚めていないようだった。
妖魔を構成するものが魔力であるいじょう、より強大な魔力を求めることは当然だろう。
牙王は結界を張り、現世へとその姿を現す。
男は突然のことに状況が理解できずに固まっていた。
牙王は景気付けに、己が張った結界によって紅く染まった月に吠えた。たったそれだけのことで男は吹き飛び、地面をボールのように何度も跳ね、民家の敷居に叩き付けられた。
牙王がゆっくりとそちらへ歩き出すと、男は逃げようとしたのか壁にめり込んだ体を前に倒そうとし、口から血と吐瀉物を吐いて力なくうなだれた。
もう動く力もないのだろう。そのまま動かなくなった男に歩を進めていると、あきらめたのか、男は目を閉じだした。
――もうすぐ美味い魔力が食える。
逸る気持ちを押さえゆっくりと歩を進めて行き、男が目を閉じる瞬間に飛び掛かろうとしたとき、それは現われた。
それは、一言でいえば巨大な鎧だった。赤く光る双眼の他にはほとんどの部分が眩いほどの純白で、額に十字架のような模様の見えるそれは、地上に降臨した神の様にも見えた。
大事な食事を邪魔されて怒り狂った牙王は、その鎧に向って無数の触手を伸ばす。
しかし、高速で接近する触手を鎧は避けようともせず、鎧は奇妙な音を発しだす。神へ捧げる歌のようにも、罪人告げる死刑宣告のようにも聞こえた。
迫る触手が鎧を貫かんとした瞬間、鎧は唄うの止め、鎧の前に五芒星の描かれた、光の円が現われた。 その円は雷にも似た光を放ちだし、円全体から巨大な光線を放った。
光線は触手を一瞬にして全て焼き払い、地面を溶かしながら牙王に迫ってきた。
目に見えるいじょう、これは純粋な光ではなく光速ではないのだろうが、それでも高速だった。
牙王は防御の結界を張る暇もなく、その光線を受けた。
全身が焼けて溶けていく激痛に、牙王は悍ましい悲鳴をあげて現世より去った。
闇の空間で牙王は誓う。
――必ずあの忌々しい鎧を破壊し、あの男を食らってやる。
牙王の邪悪な意思に反応するように、周囲の闇が牙王の傷口から牙王の体内に入っていく。闇を取り込み闇の中で獰猛に嗤う牙王の傷はだんだんと塞がっていっていた。




