第2話:『実力至上主義の洗礼と、最悪の初任務』
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第2話:『実力至上主義の洗礼と、最悪の初任務』
「おい、そこまでにしとけ。初日から教室を消し飛ばす気か」
重く、そして酷く気だるげな声が教室の入り口から響いた。
瞬間、レイズの掌の炎がふっと掻き消え、シグルドの足元から広がっていた氷の侵食がピタリと止まる。
教壇の前に立っていたのは、大講堂で新入生を値踏みしていた担任、バルドルだった。目の下のクマは相変わらず深く、片手には古びた書類の束を雑に抱えている。彼は教壇に書類をドンと叩きつけると、レイズとシグルドの2人をじろりと睨みつけた。
「レイズ、シグルド。血気盛んなのは結構だが、学園の備品を壊せばその分、お前たちの『進級ポイント』から容赦なく引くからな。……フン、まあ、初日から属性干渉で教室の気圧を変えるなんざ、今年のA組は少しは骨のある奴が集まったらしい」
バルドルはため息をひとつつき、黒板に大きく【実績】と【報酬(硬貨の絵)】を書き殴った。チョークの鋭い音が教室に響く。
「さて、大講堂でも言ったが、改めてこの『国立魔導開拓アカデミー』のイカれたルールを叩き込んでやる。よく聞け、ガキども。ここはただ魔法の綺麗さを競うお遊びの学校じゃない。大迷宮の防衛線であり、街の生命線だ」
バルドルが指を鳴らすと、黒板の文字が淡く光り、学園のシステムがホログラムのように浮かび上がった。
「お前たちに与えられるのは、固定された時間割ではない。すべては『クエスト(依頼)』だ。街のギルドや住民、あるいは国家から、この学園の掲示板に毎日無数の依頼が届く。ダンジョンの魔獣駆除、未知の階層の素材採取、果ては街のドブ掃除や職人の手伝いまでな。それらを解決して得られる『進級ポイント』だけが、お前たちの成績であり、進級の条件だ。ポイントがゼロになった奴は、その時点で即退学。ダンジョンの餌にでもなるがいい」
実戦教官の冷酷な言葉に、教室の空気が張り詰める。魔導具オタクのトビーはヒッと小さな悲鳴を上げた。だが、バルドルはニヤリと不敵に笑って言葉を続ける。
「だが、安心しろ。命を張る分、見返りは大きい。依頼をクリアすれば、ポイントと同時に『莫大な報酬(金)』が手に入る。この学園は一つの巨大な都市だ。稼いだ金を使えば、超一流のシェフが集う『学園食堂』で極上の魔獣肉のステーキを食うこともできれば、学園専属の職人通りで『杖のカスタマイズ用パーツ』や『高純度の魔石』、『最新の防具』まで、魔法に関するあらゆるものが何でも買い揃えられる。つまり、稼ぐ奴はどこまでも贅沢になり、同時にどこまでも強くなれる。逆に稼げない奴は、まともな飯すら食えずに飢え死にする。……そういう世界だ」
(金が稼げて、学園内で自由に何でも買える……!)
レイズの目が輝いた。今の自分の杖は、市場で一番安い量産品の木の棒だ。依頼をこなして金を稼げば、この相棒を自分の好きなように、いくらでも最強に改造していけるということだ。
「そして――」と、バルドルはレイズとシグルドを交互に指差した。「この学園に『固定の班』は存在しない。依頼の内容、敵の属性、地形。さらに、その依頼で手に入る報酬や素材、必要な費用。それらに合わせて、個人個人が最適な能力を持つ仲間をその都度スカウトし、利益を分配するために臨機応変に即席の班を結成する。これが『クエスト変動制』だ。どんな天才だろうが、一人では大迷宮の深層には辿り着けない。他人の能力を見極め、利用し合え」
なるほど、とレイズは胸の中で納得した。
(固定のチームじゃないからこそ、自分の炎が活きる依頼のときは、それに合わせた奴と組めばいい。ゲームみたいで合理的だ)
しかし、そんなレイズの思考を遮るように、隣のシグルドが冷ややかに挙手をした。
「バルドル教官。質問があります」
「なんだ、シグルド」
「私は名門の誇りにかけて、常に完璧な実績を残すつもりです。しかし、そこのレイズのような、魔力量も平均以下で、安物の杖しか持たない『出来損ないの火種』と組まされるようなことだけは御免被りたい。私の精密な氷の足を引っ張るだけです。第一、報酬の取り分で揉めるのも不愉快だ」
「てめえ、まだ言うか……!」
レイズが椅子を蹴り立てて立ち上がろうとした時、バルドルがニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「ほう、シグルド。お前はそこのレイズが『足を引っ張るだけの凡才』だと断言するわけだな?」
「当然です」
「よし、面白い。ならお前ら2人に、初日のペナルティとして『強制連帯クエスト』を命じる」
「「はぁ!?」」
レイズとシグルドの声が綺麗にハモった。
バルドルは書類の束から、1枚の依頼書を抜き取り、レイズの机にパシッと叩きつけた。そこには『依頼人:老舗洋菓子店・プランタン』の文字がある。
「依頼内容は、新作スイーツ『魔導幻視スフレ』の調理補助だ。数時間にわたり、炎の超弱火による加熱と、氷の急速冷却を、完璧なタイミングで交互に繰り返さなきゃならない、魔力微調整の極地のような仕事だ。進級ポイントは5。そして報酬は銀貨50枚だ。取り分はきっちり半分ずつにしろ。本日中にクリアしてこい。もし失敗するか、喧嘩して店を壊したら、2人とも初日からマイナス10ポイント……つまり即、退学リーチだ」
「ちょっと待ってください教官! なんで俺がこんな澄ましたスノウ野郎と!」
「俺の神聖な魔力を、菓子作りごときに使えと言うのですか!? しかも銀貨25枚のために!」
2人が猛抗議するが、バルドルはすでに興味を失ったように背を向け、教壇の荷物をまとめていた。
「文句は依頼をクリアしてから言え。さあ行った行った。初日から学食のジャンクフードすら食えずに干からびたくはなかろう」
―◇―
「クソッ、なんで俺が……! 銀貨25枚じゃ、杖のネジ一個も買えやしねえ!」
「こちらの台詞だ。お前の汚い炎のせいで、私の経歴に泥がつく。お前が失敗して私の取り分が減ったら、タダではおかんからな」
学園の校門を出て、迷宮都市の商業区へと向かう道中、2人は数歩の距離を開けたまま、互いに凄まじいメンチを切り合っていた。
周囲の活気ある露店や、行き交う冒険者たちの賑わいも、今の2人の耳には入らない。
レイズは腰の安物の木製の杖を握り締め、シグルドは『白銀の魔冷銃』をいつでも撃てるようにホールドしている。
「おいシグルド、言っておくがな、俺は退学になる気も、今日のご飯を抜きにする気もサラサラない。店に着いたら、お前は俺の指示通りに氷を出してりゃいいんだよ」
「身の程を知れと言ったはずだ、レイズ。指示を出すのは私だ。お前はただの火種として、私の完璧な冷却の邪魔をしないように、大人しく消えかかっていればいい」
「あぁん!? 溶かされたいのか!?」
「凍りつきたいようだな」
街のど真ん中で再びバチバチと火花を散らす2人。
のちに数々の伝説を残すことになる、レイズと、シグルド。彼らの記念すべき初めてのクエストは、壮大なダンジョン攻略ではなく、甘い香りの漂う洋菓子店での、最高に不協和音なドタバタ調理劇から始まろうとしていた。
(第2話・了)
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