第1話:『炎の火種、最悪の氷』
昔書いたんで、誤字脱字あったらすみません!
第1話:『炎の火種、最悪の氷』
「うお、やべっ……! 寝坊したッ!」
弾かれたようにベッドから跳ね起きた。
窓から差し込む朝日は、すでにかなり高い位置にある。壁に掛けられた安物の時計の針は、入学式の開始時刻をとうに指しかけていた。
少年――レイズは、乱れた赤髪を乱暴にかきむしりながら、大急ぎで制服のシャツに袖を通した。
ここは、世界の中心にして危険地帯、大迷宮の入り口に築かれた『迷宮都市』の片隅にある安アパートだ。
「初日から遅刻とか、バルドル教官に殺される……!」
レイズは机の上に置いてあった、古びた『木製の杖』をひったくるように掴み、腰のホルダーに差し込んだ。芯材も外装も、市場で一番安く売られている量産品。なんのカスタムも施されていない、ただの木の棒にしか見えない相棒だ。
だが、レイズにとっては、この迷宮都市で生き残り、あの伝説の学園に合格するために血の滲むような特訓を共にしてきた唯一の武器だった。
パンを一切れ口に咥え、部屋の鍵を閉めるのもそこそこに階段を駆け下りる。
一歩外に出れば、そこはすでに『学園都市』の喧騒の中だった。
石畳の道を、様々な思惑を孕んだ若者たちが歩いている。高価なローブを纏った名門貴族の特待生、大剣を背負った荒くれ者のような魔導戦士。その誰もが目指すのは、街の中央にそびえ立つ、城塞のごとき巨大な建造物。
――『国立魔導開拓アカデミー』。
ダンジョン防衛の最前線であり、国の未来を担う魔導士を育成する、実力至上主義の象徴たる魔法学園だ。
「どいてくれ、遅刻するッ!」
人混みをすり抜け、レイズは全力で走った。
門をくぐると、広大な前庭の掲示板には、学校とは思えない文字が躍っているのが目に入った。
『下層の魔獣駆除』『街の防衛結界の補強』『商店街の資材搬入』。
この学園はただ魔法を学ぶ場所ではない。生徒個人が「依頼」を選び、それを解決することでしか生き残れない、泥臭くも自由な戦場なのだ。
「はぁ、はぁ……! 間に合っ、た……のか?」
レイズが息を切らせて大講堂の重い扉を押し開けた瞬間、ちょうどステージ上のマイクがキィンと不快な音を立てた。
壇上に立っていたのは、目の下にどす黒いクマを浮かべた、見るからに気だるげな男だった。この学園の実戦教官であり、レイズたちの担任となるバルドルだ。
彼は集まった数百の新入生を、値踏みするような冷たい目で見下ろすと、歓迎の言葉の代わりにこう言い放った。
「新入生の諸君、入学おめでとう。……と言いたいところだが、挨拶は省く。この学園は実力と実績がすべてだ。生まれや血統、そんなものはダンジョンの魔獣の前では糞の役にも立たん。死にたくなきゃ、死ぬ気で依頼をこなして這い上がれ。以上だ。各自、指定された教室へ向かえ」
あまりに短く、冷酷な訓辞。
講堂内は水を打ったように静まり返り、次いで新入生たちの不安と興奮が混ざったざわめきが広がっていく。
しかし、レイズだけは違った。むわっと胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(生まれ持った魔力量だけで決まらない……。俺みたいな平均以下の奴でも、工夫と努力でトップに立てるってことだろ。望むところだ!)
腰の安物の杖をそっと握り締め、レイズは不敵に笑った。
―◇―
指定された『1年A組』の教室。
そこは、講堂以上の熱気と異様な緊張感に満ちていた。
この学園では、班の結成は固定ではない。依頼の難易度や内容に合わせて、生徒同士が個人個人で交渉し、その都度最適なメンバーをスカウトする「クエスト変動制」が取られている。
つまり、ここにいる全員が、明日の仲間であり、同時にライバルなのだ。
「へえ、面白そうなパーツ。それ、どこの国の駆動石?」
「ひぃっ!? あ、いや、これは東のドワーフ領のジャンクで……」
教室の隅では、机の上に怪しげな魔導具の部品を広げてブツブツ呟いているオタク風の少年、トビーが、他の生徒に怯えながらも目を輝かせている。
また別の席では、お淑やかで可憐な外見に反して、棘の付いた禍々しい鉄球付きの杖を、鼻歌交じりでピカピカに磨き上げている学園のマドンナ、エルザの姿もあった。
「どいつもこいつも、一癖ありそうだな……」
レイズは苦笑しながら、空いている窓際の席へと歩みを進めた。
しかし、その席の数歩手前で、全身の肌がピリピリと粟立つような感覚に襲われた。
空気が、冷たい。
ただの室温の低さではない。まるで魂の体温まで奪っていくような、圧倒的に純度の高い『冷気』が、その席の周辺にだけ漂っていた。
冷気の中心に座っていたのは、白銀の髪を持つ、彫刻のように整った顔立ちの少年だった。
気品溢れる仕立ての良いローブ。そして机の上には、スマートにカスタムされた、白銀に輝く銃型の杖――『白銀の魔冷銃』が静かに置かれている。
彼こそが、入学前から名門出身の天才と噂されていた氷属性の魔導士、シグルドだった。
レイズが席に座ろうと椅子を引いた、その瞬間。
「……そこ、座るな。暑苦しい」
氷の刃のように冷徹な声が、レイズの鼓膜を刺した。
シグルドは視線すらレイズに向けず、ただ冷然と言い放った。
「あ? 暑苦しいってなんだよ。席くらい誰が座ったっていいだろ」
レイズが少しムッとして言い返すと、シグルドは初めてその切れ長の瞳を動かし、レイズの腰にある安物の『木製の杖』を一瞥した。その瞳には、明確な蔑みが宿っている。
「魔力の質でわかる。お前、まともな出力も出せない、ただ火を熾すことしか脳にない『炎属性』だろう。そんな出来損ないの火種が隣にいるだけで、俺の氷の精密なイメージが乱れる。目障りだ。身の程を知って、後ろの席にでも転がっていろ」
一言一言が、レイズの逆鱗を正確に逆撫でした。
生まれ持った魔力が少ないからと、どれだけ馬鹿にされてきたか。それを覆すために、どれだけの夜を特訓に費やしてきたか。
「……なんだと?」
カチン、とレイズの中で何かが弾けた。
レイズは椅子を乱暴に引き、シグルドの机にドカァンと両手を突いた。
「天才様か知らねえが、初対面で人の魔法を出来損ない呼ばわりとは、いい性格してんな。魔力が多けりゃ偉いのか? 精密なイメージが乱れる? だったら――」
レイズの掌から、ボウッと小さな、しかし極めて密度の高い真紅の炎が立ち上った。
じりじりと机の上の空気が歪む。
「お前のその澄ました氷の銃ごと、俺の『火種』でドロドロに溶かしてやろうか?」
対するシグルドの目が、一瞬で鋭く細められた。
シグルドがスッと『白銀の魔冷銃』のグリップに手をかけると、教室の床がパキパキと音を立てて白く凍りついていく。
「言ったはずだ、凡才。身の程を知れと。俺の氷を溶かせると思うなら、その薄汚い炎ごと、ここで永久に凍りつかせてやってもいいんだぞ」
バチバチと視線が火花を散らす。
教室の温度が、レイズの怒りで急激に上がり、シグルドの冷気で底冷えしていく。2人の圧倒的な威圧感に、先ほどまで騒がしかったクラスメイトたちも息を呑み、静まり返った。
記念すべき入学初日。
のちにこの学園、いや、迷宮都市の歴史を塗り替える最強の2人は、これ以上ない最悪の火花を散らしながら、運命の出会いを果たしたのだった。
(第1話・了)
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