第二話
家のチャイムを鳴らします。
「はーい。おかえり。今開けるからねー」
ガチャっという音が鳴ります。
「ただいまー」
無事に帰ってくることができました。それにしても、私がいない間に我が家も変わりましたね。杖を置いて、靴を脱ぎます。
「おかえり。
桜が帰ってきたら話そうと思ってたことなんだけど、桜がいない間に一階の物置部屋は片付いたから、二階の桜の部屋の重くないものは自分で片付けてね」
「えー、お母さんがやってよー」
「片付けくらいできるでしょ?あなたが昔書いてた小説とか出てきたらお母さん読んじゃうけどいいのね?」
ふむ。思えば見られてはいけないものがちらほら……。
「でも……」
「あら、じゃあお父さんにやってもらおうかしら?」
「えーっ?」
負けを認めましょう。分の悪い勝負でした。
「……わかった」
「よろしい。
それが終わったら、桜の退院祝いをするからね。今日はお父さんが早く帰ってくるからそれまでに済ませてよ。久しぶりのママの手料理を楽しみにしなさい!」
「はーい」
二階の私の部屋に行きます。階段の上り下りは大変なのでお母さんの介助付きです。
「私の部屋、あのときのままなんだね」
「そりゃ、変なものが出てきたら扱いに困るし」
何があると思われているのでしょう。……まあいろいろあるのですが。
「それじゃあ、必要なものは段ボールに入れて、いらないものはこのゴミ袋にね。ご飯できたら呼ぶから。なんか大変なことがあったら叫ぶなりして助けを呼んでね。
それと、今日のご飯は何がいい?食糧難だからあまり豪華なものは用意できないけど、できる限り奮発するわよ!」
「うーん。それじゃあ、お母さんのオムライスが食べたい」
「了解!かわいいわね」
「病院食の卵料理がおいしくなくてさ」
確かに子供っぽいかもしれませんが、ずっと食べたかったんです。いいでしょう?
「楽しみにしててね。それじゃあ片付け、終わらせるのよ」
そう言って、お母さんは台所に向かいました。
私も片付けを始めましょうか。
*
6時になり、外が暗くなりました。3時間ほど作業をしていたようで、ぼちぼち片付けが終わりそうです。私は受験生なので、高校時代にやった参考書類がわんさか出てきました。これと、勉強で使ったノートだけで2つの段ボールが埋まってしまいます。3年間の頑張りとともに、卒業式が近いことを思い出します。高校のみんなとは久しぶりに会うことになりますね。みんなは志望校に受かったのでしょうか?そんなことを考えました。
「桜!もう終わった?お父さんももうじき帰ってくるし、ご飯の用意するよ!」
「はーい。いま終わったから階段降りるの手伝って!」
階段の方から母の足音が聞こえます。この部屋ともおさらばですね。物置部屋にでもなるのでしょうか。
10歳ごろにこのお部屋を与えられたときのことを思い出しました。丘の上の家なので、窓を覗くと街を見渡せます。その景色が好きだったからこの部屋がいいとわがままを言ったのですが、今ではその景色も写真の中にしかありません。
リビングまで来ました。さて、楽しみにしていたごはんの時間です。病院食から解放された嬉しさはまだ残っています。オムライス♪オムライス♪
「ピンポーン」
玄関チャイムが鳴りました。お父さんでしょう。お父さんの務める学校も終業式が済んだそうで、ひと段落済んだと安心している頃でしょう。お母さんに連れられて玄関に向かいます。
「お父さん、お帰り。桜のリクエストで今日はオムライスよ。今日は奮発したからよく味わってね!」
「はい。ただいま。遅くなってすまない。桜、昨日は帰りが遅くなってしまってきちんと伝えられなかったね。退院おめでとう。はいこれ、ケーキ買ってきたからご飯のあとに食べようか。」
「やったー!ありがとうお父さん!」
ケーキなんていつぶりでしょう。
「それともう一つ、いや、もう一人、サプライズがあるよ。もう用意は済んでると思うけど……」
もう一人?誰か来るのでしょうか。家族全員で家の外に行きます。
「おじさん、本落としちゃったんですけど、この車のシート、どうやって動かすんですか?」
サイズの合わない、大きくてぼろっちい上下灰色の服を着た男の子が、玄関左手の車の中で苦戦しています。
「うん?この車は結構コツがいてね。このレバーをあげるだけじゃダメで、シートの下の固いとこに足を当ててこの向きに力を入れると、ほい。これかい?」
「あー、よかった。ありがとうございます」
ペコリとお父さんに頭を下げています。頼りない男の子ですね。本当に私はこの子に救ってもらったんでしょうか?
「すみません。いきなりドジしてしまって
改めまして、今日からお世話になります、綾川結城です。好きなように呼んでください。よろしくお願いします」
深々とお辞儀をしているこの男の子は、言うまでもなく私の幼馴染で、命の恩人です。
「桜、ということで結城くんと一緒に住むことになるけどいい?あなたがダメっていったら寮に帰ってもらうことになるけど」
「そんなこと言わないよ」
「よし。ということで結城君、いろいろあるだろうけどしばらくはうちでゆっくりしてちょうだい。なんでも困ったことがあったらすぐに言ってね」
綾川のおじさんは父の友人で、結城君とは小さいときからよく遊んでいました。中学生のときまで一緒の剣道教室に通っていたのでよく知っている仲です。
「結城君、久しぶり。あの日以来だね」
「ごめんね桜姉ちゃん、お見舞いには行きたかったんだけど、昨日まで高校の寮にいてさ、生活が忙しくてなかなか外に行けなかったんだ。避難所以来だね。この度は退院おめでとう」
力強い手のひらに握られます。ありがとうとずっと言えなくて、それが心残りでした。
「ありがとう。結城君も大変だったと思うけど、これからは一緒に暮らそうね!」
「よし、それじゃあ冷めないうちにご飯食べようか!」
お父さんが言います。
それからは新たな家族ができたようで、食事の場がにぎやかになりました。
「それじゃあ、桜の退院と、結城君を迎えられたことに、乾杯!」
久しぶりのお母さんのオムライスです。卵の焼き加減が絶妙で、これがおいしいんですよ。病院食とは比べ物になりません。中にお肉がやや多いのは結城君のためでしょうか。男の子はお肉好きですからね。
「結城君、ちゃんと会うのは久しぶりな気がするわ。すっかりたくましくなって」
お母さんが言います。
「結城君さー、私としばらく会わない間にこんなに大きくなっちゃって。昔は視線もそこまで変わらなかったのに」
「中学生のときからあんまり伸びてないと思うけどな。桜姉ちゃんが縮んだんじゃないの?」
「身長は変わってませんー。」
「ハハハ。でも、結城君はここ一年でけっこう背伸びたよね。君の学年を担当しているわけじゃないけど、遠めに見て、もしかしたら僕より大きくなってるんじゃないかなってくらいには伸びてる気がするよ」
「本当ですか?」
結城君はうれしそうな表情をしています。
「桜が入院してた間、この家は2人で暮らすには広くてね。そんな中で食べるご飯は味気なくて、寂しかったよ。もちろん母さんのご飯はおいしかったけどね」
お父さんが会話を始めます。
「母さんも明るく振舞おうと頑張っていたみたいだけど、自分のぶんのご飯は作らずにずっと座っていてね。桜の退院が決まるまではそんな毎日だったさ。母さんもちゃんとご飯を食べられるようになってよかったよ」
「お母さん、ご飯くらい食べてよ。初めて聞いたよ?」
「桜に言ったら心配するだろ?」
「私はいいのよ。桜が心配でしょうがなかったんだから」
そんなことを言われても困ります。
「結城君はどうだったんだい?寮は楽しかった?」
「寮ですか。楽しかったですけどね、緊急で受け入れてくれたのはすごく助かったんですけど、狭かったのはすごい不満でした。3人部屋に5人で住んでたんですよ!?」
「5人かー。僕もあの寮に君のお父さんともう一人で住んでいたけどさ、5人は狭いよね。僕のころから変わっていないはずだから、奥の和室と手前の机部屋に5人で住んでいたわけだろ?…うーん、狭いなぁ」
「そうですね。4畳の寝室と、5畳の勉強部屋に分かれてて、僕は和室の押し入れで寝てましたよ」
「ドラえもんじゃん!」
「そうそう。押し入れの上下に人間が入れば最大5人住める!って誰かが言いはじめて、寮生も寮の先生たちも緊急時だしってことで認めたんだって」
結城君もなかなかに大変な生活をしていたみたいですね。
「しかも机が3人用の長机だから、テスト前とかであふれたときはじゃんけんで負けたやつが机の反対側のクローゼットのところでミカン箱立てて勉強してさ。いやー、大変だった。今は避難で入った寮生はどんどんいなくなっていって、僕もおじさんに引き取ってもらったから僕のいた部屋は4人になっているはず。今は一部屋3~4人くらいに落ち着いたんじゃないかな?おじさんには感謝しかありません」
「いやいや。僕らも君が来てくれてうれしいよ」




