第五章 魔王たちの混乱
一方その頃、十二人の魔王が集まる魔の城では大騒ぎが起きていた。
きっかけは第四の宝珠が砕けた知らせだった。
「テラフォルムの宝珠が砕かれただと!?」
灼熱王ヴァルカノスが叫んだ。
「それだけではない。フェロシアスの宝珠も砕かれた!立て続けに二つだぞ!?」
暗黒王テネブロスが険しい顔で言った。
「勇者が本格的に動き始めたか……しかし、それよりも問題は……」
幻惑王ファンタズマが宙を見上げた。
「魔神王様が……いらっしゃらない、ということじゃ」
部屋に沈黙が満ちた。
魔神王が城を出てから既に二週間が経っていた。
最初は気づかなかった。なにしろ魔神王は赤ちゃんだから、ゆりかごで寝ているのだと思っていた。
だが三日経っても起きてこないので覗いてみたら、いなかった。
「魔神王様がいない!!!!!!」
そこからの騒ぎは大変なものだった。
十二人全員で手分けして探したが、見つからない。
「どこに行かれたんじゃ……!?」
「迷子になられたのか!?!」
「魔神王様が迷子!!!!」
「いや待て、魔神王様は最強だ。迷子になどなられるはずがない!」
「では自ら出て行かれたということか!?」
「なぜ!?なぜ出て行かれるのだ!?」
城の中が上を下への大騒ぎになった。
炎の魔王が廊下を駆け回り、氷の魔王が城の外を捜索し、雷の魔王が「魔神王様ーーー!!」と空に向かって叫んだ。
その叫び声で落雷が七回発生し、近くの森が少し焦げた。
「サンダロス、叫ぶな!!周りが迷惑する!!」
「し、しかしヴァルカノス!魔神王様がいないのだぞ!?落ち着いていられるか!!」
「俺だって落ち着いていない!!ただ空に向かって叫ぶのは違うと言っている!!」
二人が言い争う横で、毒霧の魔王ヴェネナスが思わず毒の煙を吐き出し、骸骨の魔王オステオスが動揺のあまり自分の骨をバラバラにしてしまった。
「落ち着きなさい、みなさん!!」
時空王クロノスが声を上げた。
長い白髭を持つ老いた魔王が、砂時計を手に立ち上がる。その落ち着いた声に、騒いでいた魔王たちが少しずつ静かになった。
「まず状況を整理しましょう。魔神王様がいなくなった。宝珠が二つ砕かれた。この二つの出来事は、おそらく無関係ではない」
「どういうことだ?」
「魔神王様がいなくなった理由を考えれば、おのずとわかります」
クロノスが全員を見回した。
「皆さん、覚えていますか。誕生日の夜のことを」
全員が押し黙った。
「ブータのことです」
その名前が出た瞬間、部屋の空気が変わった。
「……ブータ……」
「魔神王様がご自身の力で消してしまわれたあのぬいぐるみ。その後から、魔神王様の様子がおかしかったのは、皆さんも気づいていたはずです」
「……確かに」
「ご飯もあまり食べなかった」
「夜中に泣いているのを聞いたこともある」
ヴァルカノスが大きな拳をぎゅっと握りしめた。炎が揺れた。
「俺たちは……気づいていたのに、何もしてやれなかったのか」
「いや、してやれなかったというより……」
ファンタズマが静かに言った。
「魔神王様が望んでおられることを、わしらは止めることができなかった、ということかもしれません」
「望んでいること?」
「おそらく……最弱になること、です」
また沈黙。
「まさか……最強の力を、捨てようとしておられると?」
「そのまさかです。考えてみれば、魔神王様はまだ一歳。人間で言えば、まだ幼児です。幼児が持つには重すぎる力を持ってしまった。そしてその力で、大切なものを消してしまった」
ファンタズマの目が細くなった。
「ブータを消したあの瞬間から、魔神王様にとって、その力は喜びではなく恐れになったのでしょう。だから捨てようとしておられる」
「……」
「宝珠を壊せば力が弱まることは、魔神王様は生まれながらに知っておられます。おそらく今、どこかで勇者と行動を共にしながら、宝珠を壊す手助けをしておられるのでは」
「……勇者と!?なぜ勇者と!?」
「宝珠を壊すには聖剣が必要です。魔族には扱えない。だから人間の勇者を利用しておられるのでしょう」
全員が顔を見合わせた。
「……それが今動いている勇者と関係があるということか」
「おそらくは。宝珠が二つ続けて砕かれたことを考えれば、ほぼ間違いないかと」
長い沈黙が続いた。
やがてヴァルカノスが、ゆっくりと口を開いた。
「……わかった。各自の神殿を守りはする。だが、魔神王様には手出しはしない。もし宝珠が壊されたとしても……それが魔神王様の意思であれば、受け入れる」
「よろしいので?」
「俺たちは魔神王様のために宝珠に祈りを捧げた。だが、魔神王様が望まれることに逆らってまで宝珠を守ることが、果たして魔神王様のためになるのか……俺にはわからない」
ヴァルカノスが俯いた。
「ただ一つだけ。魔神王様の安全だけは確認し続ける。遠くから、見守る。それだけだ」
「賛成じゃ」
「異存なし」
「了解」
次々と同意の声が上がった。
サンダロスだけが、拳を震わせながら俯いていた。
「……サンダロス」
「……わかっている。わかっているが……俺が、ブータを投げてしまったから……」
「サンダロス、それはお前のせいではない」
「だが俺が高い高いをしていなければ!!」
「魔神王様はそんなことで誰かを恨んだりしない。あのお方はそういうお方だ」
ヴァルカノスの言葉に、サンダロスは静かに目を閉じた。
「……そうだな。そうだった」
こうして十二人の魔王は、密かに俺を見守ることにした。
それぞれの神殿で、それぞれの方法で。
遠くから、静かに。
もちろん、俺はそのことを知らない。
知らないまま、その日も俺はルージュのバッグの中にいた。
「ベービィちゃん、今日のお昼ごはんはパンとスープだよ!」
「ぶぅ」
(スープか。温かいものはいい。最強の魔神王も温かいスープは好きだ)
「口開けて、あーん」
(……あーん、か。俺様が……あーん……魔神王が……あーん……)
「あーん」
「ぶぁ……」
(……た、食べてやろう。べ、別に嬉しくはない。腹が減っているだけだ)
ルージュはスプーンでスープをすくい、俺の口に運んだ。
温かかった。
美味しかった。
(……悪くない)
「おいしい?」
「ぶぅ」
(美味しい。だが認めるのが悔しい気もする。なぜだかわからないが)
「よかった!もう一口いく?」
「ぅ」
(いく)
魔の城では十二人の魔王が話し合いをしている頃、最強の魔神王は勇者にスープを食べさせてもらっていた。
世界の命運を握る二人の旅は、今日も平和にのどかに続いていた。
平和というのは、こういうことかもしれない、と俺はスープを飲みながら思った。
(次の神殿は……どこだ)
俺は地図を思い浮かべた。
十枚の翼。あと十個の宝珠。
長い旅だ。
だが、隣にルージュがいる。
(……まあ、急がなくていい)
俺はもう一口、スープを飲んだ。
「おかわりもあるよ?」
「ぅあ」
(もらう)
どこかの空の上で、雷の魔王が「魔神王様ぁぁぁ……」とひっそり泣いていたが、それを知る者はいなかった。




