第十章 九つ目の神殿と、ルージュの成長
残り四つの宝珠。
俺の翼は四枚。
力はかなり落ちていた。
だが、ルージュは確実に強くなっていた。
今のルージュなら、普通の強い魔物相手なら俺の助けなしで倒せる。
俺の助けが必要なのは、残りの魔王たちだけだ。
九つ目の神殿に向かう途中、ルージュが言った。
「ねえ、ベービィちゃん。私さ、勇者になる前のこと……ずっと怖かったんだけど」
「ぅ?」
「村が焼かれた時、私は怖くて全然動けなかったの。誰かを助けることもできなかった。ただ逃げただけで。……だから、勇者になりたいと思ったんだけど、でも今でも怖いんだよね、戦いが」
(……正直に言うのか)
「でも、最近気づいたの。怖くて当然なんだって。怖くても前に進めばいいんだって。ベービィちゃんといると、なんかそれが自然とわかった気がして」
(俺が教えた覚えはないが……)
「一緒にいてくれてありがとう」
(……お礼を言われる立場ではないんだが)
俺はなんとも言えない気持ちになった。
(俺は自分の目的のために、お前を利用しているんだぞ……それでもそんなことを言うのか)
でも俺はそれを言えなかった。
「ぅ」しか言えないから。
(……いや、違う。言えたとしても、言えたかどうかわからない)
俺は自分の中に、ずるい部分があることを知っていた。
最弱になりたいから旅をしている。
それは本当だ。
でも同時に、ルージュといること自体が、俺には意味があった。
ブータのいない穴を、ルージュの存在が少し埋めてくれていた。
(……俺は、ルージュのことが好きなのかもしれない)
友達として。
それだけだが、それは俺にとって大きなことだった。
認めてしまえば、案外すっきりした。
(好きだ。友達として。それでいい)
「ベービィちゃん、なんか顔が赤い?」
(赤くない!!!!!!!!)
「大丈夫?熱がある?」
(熱はない!!!!ただちょっと、思うところがあっただけだ!!!)
「ぶぅ!!」
「あ、元気そう。良かった」
(元気だ。非常に元気だ。頼むからそれ以上覗き込むな)
九つ目の神殿は、雷霆王サンダロスの神殿だった。
嵐が常に吹き荒れる高台に、石造りの神殿がそびえ立っている。
空には黒い雲が渦巻き、絶え間なく稲妻が走っていた。
ガタイのいい雷神のような魔王。
サンダロスは俺に高い高いをよくしてくれた魔王だ。
ブータが消えた時もそこにいた。
(……サンダロス)
神殿に入ると、サンダロスは中央に立っていた。
巨大な体躯。雷を纏った鎧。その目が俺に向いた瞬間、サンダロスの表情が一瞬だけ崩れた。
(バレている。当然だ。サンダロスには俺の魔力が感じられるはずだ)
だが、サンダロスは何も言わなかった。
「よく来た、勇者よ。我が守る宝珠が欲しければ、我を倒すことだ」
「はい!!行きます!!!」
サンダロスとの戦いは、これまでで一番激しかった。
雷を操り、嵐を呼び、轟音で空間を揺るがす。
ルージュは何度も吹き飛ばされかけたが、そのたびに素早く体勢を立て直した。
「くっ……速い!!」
(サンダロスは強い。今の俺では大きな助けはできない。だがルージュは……いける)
俺は確信した。
今のルージュなら、微細な助けだけで十分だ。
俺は本当にわずかな補助だけを行いながら、ルージュの戦いを見守った。
ルージュは何度も何度も立ち上がり、サンダロスに剣を向け続けた。
「まだまだっ!!!!!!!!!!!!!」
雷に打たれ、体が痺れながらも、ルージュは動いた。
転んでも起き上がり、吹き飛ばされても戻ってきた。
(……お前は本当に、止まらないな)
俺はそれを見ながら思った。
これが勇者というものか。
強さではなく、立ち上がり続けることが。
「サンダロス!!!!まだ立てる!!!!」
ルージュが叫んだ。
体中が雷で焦げて、髪がボサボサになって、それでもルージュは剣を構えていた。
サンダロスの目が、かすかに揺れた。
(……サンダロス。お前も、こいつのことが好きになったか)
俺はなんとなく、そう感じた。
魔王というのは、強いものを愛でる性質がある。
何度も立ち上がるルージュを、サンダロスは認めているのだ。
「……最後じゃ、勇者よ」
サンダロスが全ての雷を一点に集中させた。
神殿全体が光った。
轟音。
ルージュが聖剣に全ての力を込めて、その雷の中に飛び込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
聖剣から放たれた光が、雷を割り、サンダロスを貫いた。
「ぐおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
サンダロスが倒れた。
轟音が消え、嵐が静まった。
しばらくして、サンダロスがゆっくりと起き上がった。
鎧が砕け、その下に普通の大きな人間の姿が現れた。
「……お前は強い。本当に強い」
「ありがとうございます!!」
「強さではなく……立ち向かう心が、じゃ」
ルージュが目を丸くした。
「……それ、私が目指してたやつです」
「わかっておる。だから言った」
九つ目の宝珠が砕けた。
三枚。
(……三枚になった)
俺は自分の変化を感じた。
魔力が、かなり少なくなっている。
本当に、普通の生き物に近づいてきた感覚がある。
さっきまで感じていた雷の匂い。
ルージュの荒い息遣い。
サンダロスの地を踏む重い足音。
全部が、以前よりずっとはっきりと感じられた。
(……これが、力を失うということか)
失う、という言葉が正しいのかどうか、俺にはわからなかった。
むしろ何かを得ているような気がした。
サンダロスが起き上がり、俺を見た。
「……元気そうじゃな」
(そうだ)
「ブータのこと、まだ気にしているか?」
(……少しだけ)
「そうか。だが、お前は新しい友人ができたようじゃな」
(……そうかもしれない)
「よかった。それでいい。ブータは……また作ってやる。いつかな」
(……いや、もういい。ブータは一つだった。別のものを作ったとしても、それはブータじゃない)
俺はそう思ったが、言えなかった。
ただ、サンダロスを見つめた。
「……達者でな、魔神王よ」
(お前もな、サンダロス)
ルージュが俺を抱き上げた。
「九つ目!!!あと三つだよ!!!」
(そうだ。あと三つだ)
「最後まで頑張ろうね、ベービィちゃん」
「ぅあ」
(……ああ。頑張ろう)
神殿を出ると、嵐が完全に晴れていた。
青空が広がり、夕陽が雲を染めていた。
ルージュは疲れ果てた体で、それでも前を向いて歩いていた。
俺はその腕の中で、空を見上げた。
三枚の翼が、夕陽の中に静かに輝いていた。
(……あと三つ)
それが終わる時、俺はどんな存在になっているのだろう。
力のない、ただの赤ちゃん。
でも。
(……それでいい)
今度こそ、迷いなくそう思えた。
ルージュの腕が温かかった。
それだけで、十分だった。
「ねえ、ベービィちゃん」
「ぅ?」
「旅が終わったら、一緒に暮らそうよ」
(!!!!!!!!!!!!!!!)
「親が見つからなかったら、私が育てる。親が見つかったとしても……まあ、相談するけど」
(ルージュ……)
「ベービィちゃんと一緒にいたいな、って思って。ずっと」
俺は何も言えなかった。
「ぅ……」
それだけ言った。
ルージュは笑った。
「じゃあ決まりね!」
(決まってない!!!まだ何も言っていない!!!……でも、まあ)
俺は空を見上げた。
三枚の翼が、風に揺れた。
(……悪くない)
夕陽の中を、二人は歩き続けた。
あと三つ。
旅の終わりが、もう見えていた。




