表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

第九章 危機と、八つ目の神殿

八つ目の神殿に向かう道中で、事件が起きた。

 それは突然のことだった。

 強盗だ。

 人間の街道に、盗賊の一団が出た。

 ルージュが狙われた。

「この娘、荷物を全部置いていけ!!」

 盗賊は五人。全員が武器を持ち、明らかに訓練された動きをしている。

「……嫌です。通してください」

「断ったら痛い目を見るぞ!!!」

 ルージュが剣を抜いた。

 だが五人相手は厳しい。

 俺は判断した。

(このくらいなら俺が直接……いや、待て)

 俺は自分の力を確認した。

 翼が五枚になっていた。

 力は半分以下だ。

 以前なら、盗賊五人くらい指一本で吹き飛ばせた。

 今は……できるかもしれないが、かなり魔力を使う。

(使いすぎると、ルージュに気づかれる可能性がある)

 しかし、ルージュが危ない。

(……仕方ない。使う)

 俺は魔力を集中させた。

 と、その時。

 ルージュが動いた。

「ふっ!!!」

 ルージュは素早く動き、盗賊の一人の剣を蹴り上げ、二人目の腕を捻り上げ、三人目の足を払った。

 三人が一瞬で動けなくなった。

 残る二人が怯んだ隙に、ルージュはさらに踏み込んだ。

「えいっ!! やっ!!!」

 二人も倒れた。

 五人全員が地面に転がっていた。

 俺は魔力を使う必要がなかった。

「……ふぅ」

 ルージュが剣を収めた。

 俺は見ていた。

(……ルージュが、俺の助け無しで五人を倒した)

 それは喜ぶべきことだった。

 ルージュが強くなった証拠だ。

 でも俺は少し、また変な感覚があった。

(俺がいなくても、ルージュは大丈夫なんだな)

 その感覚が何なのかを、俺は考えた。

(……寂しいというのとも違う。安心しているようでいて……なんだろう)

「ベービィちゃん!!大丈夫だった!?怖かった?」

「ぅ……」

(怖くなかった。お前の戦いを見ていた)

「良かった!!強くなったかも私!!!」

(そうだ。強くなった。俺も見ていた)

「ベービィちゃんのおかげかな。一緒にいると頑張れる気がして」

(俺のおかげでは……まあ、一緒にいたからと言えば、一緒にいたが)

 俺はルージュの腕の中で、黙っていた。

 強くなったルージュを見て、俺は何を感じているのか、自分でもよくわからなかった。

 誇らしい、とは少し違う。

 嬉しい、とも少し違う。

(……なんだろう、この感覚)

 俺はしばらく考えたが、答えは出なかった。

 赤ちゃんの感情というのは、魔神王の頭脳を持ってしても解析が難しかった。

 

 八つ目の神殿は荒れ地にあった。

 時空王クロノスの神殿だ。

 時を司る魔王の神殿は、時間の流れが歪んでいる場所にある。

 荒れ地の中心に、古びた石造りの神殿がぽつんと立っていた。

「なんか……ここ、時間の流れが変じゃない?」

(そうだ。時間が歪んでいる)

「歩いても歩いても進んでない気がする」

(時空王の領域に入ると、時間が遅くなる。急がないとどんどん時間を無駄にする)

「ぁあ!!ぁあ!!」

「え!?走るの!?」

(走れ!!!!!!!!!!!!)

「わかった!!!!走る!!!!!!」

 ルージュは全力で走り始めた。

 時空歪みの中を走ることで、逆に時間の流れに乗れる。

 クロノスの計算では、敵は時間の遅さに気づかずのろのろ歩いて疲弊するはずなのだ。

 だが俺は知っている。走ることで突破できることを。

「たっ、たどり着いた!!!」

 神殿の入り口に着いた。

 中にいた時空王クロノスは、驚いた顔をしていた。

「……来るのが早い。なぜ走ったのだ?」

「ベービィちゃんが走れって言いました!!!」

(言っていない!!!指で示しただけだ!!!!でも本質的には合っている!!!!)

「……赤ちゃんが指示を……妙な話じゃな」

 クロノスは長い白髭を持つ老人の姿だった。

 穏やかな目をしている。

 だがその目は、俺を見た瞬間に、かすかに細くなった。

(この目は……気づいているな)

 時空王は時間の流れを見ることができる。

 過去も未来も、その目には見えているはずだ。

 つまり、俺が何者かも、わかっているかもしれない。

「勇者よ、我と戦う前に一つ聞いてよいか?」

「なんですか?」

「そこにいる赤ちゃんのことじゃ。お前は気にならないか?普通の赤ちゃんではないと、感じたことはないか?」

(!!!!!!!!!!!!!)

 俺は全身が固まった。

(クロノス!!余計なことを言うな!!!)

「感じますよ!いつも方向教えてくれたり、敵の弱点わかってたり」

「それでも、普通の赤ちゃんだと?」

「……普通の赤ちゃんじゃないかもしれないけど、私の大事な旅の仲間ですよ」

(ルージュ……)

「それ以上の詮索はしない。それがベービィちゃんへの敬意だと思うから」

(……こいつは、本当に変な人間だな。好きだ)

 俺は思ってから、「好きだ」という言葉が自然に出てきたことに少し驚いた。

 魔神王がそんなことを思うとは。

(……赤ちゃん思考め)

 クロノスが微笑んだ。

「なるほど。良い勇者じゃな。では、戦おう」

 時空王との戦いは厄介だった。

 クロノスは時間を局所的に操ることができる。

 自分の周囲の時間を速めて攻撃したり、逆に遅くして防御したりする。

 ルージュの攻撃が当たる前に、クロノスは時間を操って回避する。

「当たらない!!!なんで!!!?」

(時間を操っているからだ。厄介な相手だ)

 俺はひっそりと時間魔法の相殺を試みた。

 五枚の翼では、以前ほど強力な時間干渉はできないが、クロノスの時間操作を部分的に乱すことくらいはできる。

(少し乱してやれば、ルージュが入れる)

 俺はごくわずかに時間の流れを揺らした。

 クロノスが一瞬、動きを乱した。

「ぬっ!?時間が……?」

「今だ!!!!!!」

 ルージュが飛び込み、聖剣の光でクロノスを捉えた。

「ぐあっ……!!!」

 クロノスが膝をついた。

「……やるな。時間の干渉まで……」

 クロノスの目が俺に向いた。

(黙っていてくれ)

「……わかった。負けじゃ」

 八つ目の宝珠が砕けた。

 四枚。

 力が、さらに大きく落ちた。

(……四枚。これは、かなり落ちた)

 俺は明確に、力の低下を感じた。

 これまでとは段違いだ。

 魔力の量が、以前の四分の一以下になっている。

(……まだ四枚ある。まだやれる)

 だが正直に言えば、今のルージュを大きく助けることは、もうほぼできない。

 微細な補助くらいが限度だ。

(……それが望みだったはずだ。俺が助けなくても、ルージュが自分でやれるようになれば)

 クロノスが倒れた姿で、俺を見た。

「……魔神王よ、お前が望む通りになってきておる。あとわずかじゃ」

(!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

 俺は固まった。

「……え?クロノスさん、何か言いました?」

「独り言じゃ、気にするな。……勇者よ、その赤ちゃんを、大切にしてやれ」

「はい!もちろんです!!」

 クロノスが俺に向かって、小さく頷いた。

(……お前も知っていたのか。まあ、時空王なら当然か。時間の流れを見れば、何が起きているかわかる)

 俺はクロノスに向かって、短く頷き返した。

 もちろん、ルージュからは普通の赤ちゃんが頷いているように見えるだけだ。

「ベービィちゃん、クロノスさんに頷いてる!かわいい!」

(かわいいじゃない!!!意思の疎通をしているんだ!!!)

 ルージュは笑いながら俺を抱き上げた。

「八つ目!!あと四つだよ!!」

(……そうだ。あと四つだ)

 俺は四枚の翼を感じながら、ルージュの腕の中でその言葉を噛み締めた。

 あと四つ。

 この旅が終わる。

 力が全部なくなる。

 ただの赤ちゃんになる。

(……それでいい)

 今度は、迷わずそう思えた。

 ルージュが隣にいるなら、それでいい。

(……あれ)

 俺はそこまで考えて、止まった。

(今、俺は何を思った?)

 もう一度、考え直した。

 力が全部なくなって、ただの赤ちゃんになる。

 それでいい、と思えたのは。

(……ルージュが隣にいるから、か)

 俺はゆっくりと、その答えを飲み込んだ。

 赤ちゃんの小さな体で、深く息を吸った。

(……そうか。そういうことか)

 空は高く、青かった。

 四枚の翼が、風に揺れた。

 ルージュはもう次の目的地を調べながら歩いていたが、俺はしばらく空を見上げたままでいた。

「ベービィちゃん、どうしたの?空が気になる?」

「ぅ……」

(気になる。ずっと気になっていたことが、今やっとわかった気がする)

「なんかいい顔してる」

(そうか。俺はいい顔をしているか)

「うん。なんかすごく、穏やかな顔」

(……そうかもしれない)

 俺は目を閉じた。

 穏やかだった。

 本当に、穏やかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ