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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
三章 綻び
54/55

8話


塔の奥にある扉は、

夢界がこれまで一度も開けたことのない場所だった。


記録守としての役目を授かったとき、

最初に言われたのは、ただひとつ。


**「この扉の向こうには入るな」**


理由は教えられなかった。

でも、夢界はそれを守ってきた。

記録守とは、記録する者。

干渉せず、ただ見届け、書き留める者。


けれど今、

その“記録”が追いつかなくなっている。


ふたりの“今”が、

記録されるより早く、変わっていく。


そして、塔のノートにさえ、

**自分の知らない文字が浮かび上がるようになった。**


夢界は、扉に手をかけた。

冷たい金属の感触が、指先に伝わる。


「……ごめん。

 ちょっとだけ、ルールを破るよ」


扉が、静かに開いた。


---


中は、真っ白だった。

空間の端が見えないほど、

どこまでも続く白。


その中心に、

ひとつの“影”が立っていた。


「……君が、記録外の影か」


影は、何も言わなかった。

ただ、そこに立っていた。


夢界は、ノートを開いた。

でも、ページは真っ白のままだった。


「……記録できない、か。

 君は、まだ“物語”になっていないんだな」


影が、ゆっくりと顔を上げた。

その目は、まっすぐ夢界を見ていた。


**「君は、記録守だろう。

 なら、なぜここに来た」**


「ふたりの“今”が、壊れかけてる。

 君のせいだろう?」


**「違う。

 私は、ただ戻ってきただけだ。

 ふたりが、私を忘れたから」**


「……それは、君が“記録されなかった”からだ」


**「記録されなかったのではない。

 記録から、外されたんだ」**


夢界は、言葉を失った。


(外された? 誰が? なぜ?)


影は、夢界に背を向けた。


**「ふたりが選ばなかった“未来”の中に、

 私はいた。

 でも、選ばれなかったから、

 私は“記録”になれなかった」**


「……それでも、君は戻ってきた」


**「ああ。

 ふたりが、私を思い出しかけている。

 それが、私をここに引き戻した」**


夢界は、ノートを見つめた。

ページの端に、うっすらと文字が浮かび上がっていた。


**『記録外個体、名の輪郭を得る』**


「……名前が、戻ってくる」


---


そのころ、ふたりは図書室にいた。

古いアルバムを開いて、

過去のクラス写真を見ていた。


「……この写真、変じゃない?」


瑠衣が指差したのは、

1年生のときの集合写真。


そこに写っている生徒の数が、

**今の記憶と合わなかった。**


「この子、誰……?」


「わからない。

 でも、見覚えがある。

 名前は……出てこない」


「私たち、

 この人と話したこと、あるよね?」


「うん。

 でも、何を話したか、思い出せない」


ふたりは、写真を見つめたまま、

言葉を失った。


---


その夜。

夢界は、塔のふもとに立っていた。

ノートを開くと、

そこには、はっきりとした文字が浮かんでいた。


**『記録外個体、名の一部を回収。

 記録再接続、進行中。』**


「……もう止まらないかもしれないな」


彼は、塔を見上げた。

その先端は、夜の雲を突き抜け、

どこまでも高く伸びていた。


「でも、ふたりが選んだ“今”を、

 俺は信じたい」


夢界は、ノートの余白にこう書いた。


**『記録守、観測を超えて、

 ふたりの“今”に立ち会うことを選ぶ。』**


(続く)

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