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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
三章 綻び
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9話


昼休みの教室。

唯斗は、ぼんやりと窓の外を見ていた。

春の光が、校庭の桜を照らしている。

でも、その景色はどこか遠く感じられた。


「……唯斗」


瑠衣の声に、彼は振り返った。

彼女の手には、昨日のアルバムのコピーがあった。


「この写真、やっぱり変だよ。

 先生に聞いても、“最初からこうだった”って言うし、

 他の子たちも、誰も違和感を覚えてない」


「でも、俺たちは覚えてる。

 この写真の“空気”が、違うって」


「うん。

 それに……この人の顔、

 ぼやけてるのに、名前の音だけが、

 頭の中に残ってる気がする」


「音……?」


「うん。

 “ゆ”……だったかな。

 それとも、“あ”?」


唯斗は、目を閉じた。

耳の奥に、誰かの声が響いた気がした。


**「……ユウ……」**


(今の……誰の声だ?)


「私、たぶん……

 その人の名前、呼んだことがある。

 何度も、何度も」


「俺も。

 でも、思い出せない。

 名前の“形”だけが、頭の中に残ってる」


ふたりは、しばらく黙っていた。

その沈黙は、

**記憶の奥に手を伸ばすための静けさ**だった。


---


放課後。

ふたりは、塔のふもとにいた。

黒いしずく花が、二輪、完全に咲いていた。


「……昨日より、増えてる」


「うん。

 でも、怖くはない。

 むしろ、少しだけ……懐かしい」


「この花、あの人の記憶とつながってるのかな」


「きっと、そうだと思う。

 咲くたびに、少しずつ思い出す。

 でも、全部は戻らない。

 まだ、“名前”がないから」


唯斗は、咲いた黒い花に手を伸ばした。

指先が、花びらに触れる。

その瞬間――


**「……ユ……」**


声にならない声が、

風の中から聞こえた気がした。


「今、聞こえた?」


「うん。

 “ユ”って……誰かが呼んだ」


「やっぱり、“ユ”なんだ……」


ふたりは、顔を見合わせた。

その目に浮かんでいたのは、

**確信に近い、でもまだ届かない焦燥**だった。


---


その夜、夢界はノートを開いていた。

ページの上に、

今日の記録が淡々と綴られていく。


**『ふたりの記憶に、音の断片が浮上。

 “ユ”の音、複数回確認。

 記録外個体の名、輪郭を得つつある。』**


彼は、ページの隅に浮かび上がる文字を見つめた。


**『記録外個体:仮称「ユ」

 記録再接続率:37%』**


「……もう、時間の問題か」


夢界は、ノートを閉じた。

そして、塔の奥にある扉を見つめた。


「名前が戻れば、

 あの人は“影”じゃなくなる。

 でも、それって――

 ふたりの“今”が、変わるってことだ」


彼は、ポケットから“余白の紙片”を取り出した。

そこに、こう書いた。


**『ふたりの記憶が、名前の輪郭に触れた。

 それは、選ばれなかった未来の名残。

 でも、今のふたりがそれを呼んだとき、

 物語は、もう一度始まる。』**


---


翌朝。

教室に入ると、

名前のない転校生が、

ふたりに向かって微笑んだ。


「おはよう」


その声に、

ふたりの心が、わずかに揺れた。


「……おはよう」


返した声は、自然だった。

でも、その奥にあるものは、

**懐かしさと、痛みと、少しの罪悪感**だった。


(この人は、

 俺たちが“選ばなかった未来”にいた人だ)


(でも、今ここにいる。

 名前も、記録もないまま)


ふたりは、そっと目を合わせた。

その目に浮かんでいたのは、

**「思い出したい」という願いと、

「思い出してはいけない」という恐れ**だった。


(続く)

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