7話
「……このプリント、見たことある?」
放課後の教室。
唯斗は手にしたプリントを瑠衣に見せた。
それは、今日の数学の小テスト。
でも、どこかおかしかった。
「この問題、前にも解いた気がする。
でも、先生は“初めて出す”って言ってた」
「私も、見覚えある。
しかも、答えまで覚えてた。
でも、そんなはずないのに……」
ふたりは顔を見合わせた。
その目に浮かんでいたのは、
**確信のない不安**だった。
「……記憶が、ズレてるのかな」
「それとも、世界のほうが、
少しずつ書き換えられてるのかも」
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名前のない転校生は、
すっかりクラスに馴染んでいた。
誰も彼の名前を疑わない。
先生も、クラスメイトも、
まるで“最初からそこにいた”かのように接している。
でも、ふたりだけは違った。
「……あの人、
昨日まであんなに話すタイプだったっけ?」
「ううん。
昨日は、ほとんど誰とも話してなかった。
でも今日は、翔太と笑ってた」
「記憶が、変わってる……?」
「それとも、私たちのほうが、
“正しい今”から外れてるのかも」
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夢界は、ノートを開いていた。
ページの上には、今日の記録が綴られていた。
**『ふたりの記憶に、連続的な齟齬発生。
記録外個体の影響、拡大中。
記録守の観測範囲を超える変化が進行中。』**
彼は、ページの隅に浮かぶ文字を見つめた。
**『記録守、選択の時近し。』**
「……選択、ね」
夢界は、ノートを閉じた。
そして、塔のふもとに向かって歩き出した。
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その夜、ふたりは夢を見た。
同じ夢。
塔の中。
白い廊下。
そして、開いた扉の向こうに立つ“誰か”。
「……君は、誰?」
問いかけると、
その“誰か”は、静かに振り返った。
**「君たちが忘れたもの。
でも、本当は――
君たちが選ばなかったもの」**
目が覚めたとき、
ふたりは同時にスマホを手に取った。
「……同じ夢、見たかも」
「うん。
“選ばなかったもの”って、どういう意味だろう」
「わからない。
でも、あの人の声……
やっぱり、知ってる気がする」
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翌朝。
教室の座席表が、また変わっていた。
今度は、**ふたりの名前の位置が入れ替わっていた。**
「……これ、間違いだよね?」
「先生に聞いてみよう」
でも、先生はこう言った。
「え? 最初からそうだったよ。
何か問題ある?」
ふたりは、何も言えなかった。
**“今”が、少しずつ書き換えられている。**
それを、誰も気づいていない。
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放課後。
塔のふもと。
黒いしずく花の蕾が、
ついにひとつ、**完全に開いていた。**
「……咲いた」
「うん。
でも、何も起きてないように見える」
「いや、起きてる。
私たちの“今”が、
少しずつ、変わってる」
「……このまま、全部変わっちゃったら、
私たち、どうなるんだろう」
「わからない。
でも、君のことだけは、忘れたくない」
「私も。
たとえ、世界が変わっても、
あなたのことだけは、覚えていたい」
ふたりは、咲いた黒い花の前で、
そっと手をつないだ。
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その夜、夢界は塔の中で立ち尽くしていた。
ノートを開いても、
ページには何も書かれていなかった。
「……記録が、追いつかない」
彼は、初めて“恐れ”を感じていた。
記録守としての自分が、
**世界の変化に置いていかれている。**
「ふたりを守るには、
もう、記録するだけじゃ足りないのかもしれない」
彼は、ノートを閉じた。
そして、塔の奥へと歩き出した。
「……なら、俺が“記録の外”に出るしかない」
塔の奥。
そこには、**記録守が決して踏み入れてはならない扉**があった。
夢界は、その扉の前に立ち、
そっと手を伸ばした。
「ふたりの“今”を守るために。
俺は、記録を超える」
扉が、静かに開いた。
(続く)




