第83話 ミズホと負けられないプライド
「――というわけで、私たちダークキャッツは、怪盗ローズの犯行を防ぐために協力するわ」
改めてそう宣言すると、私たちは順番に自己紹介をした。
すると、ナタリーは目をきらきらさせながら勢いよく私の前に歩み寄ってきた。
「おおお! 本当にありがとうございます!」
そう言って差し出された手を反射的に握った瞬間、ものすごい勢いでぶんぶん上下に振られる。
ちょ、ちょっと待って、強い強い!
「あ、う、うん……よろしく……」
握手が終わった時には、軽く腕が疲れていた。
この人、見た目だけじゃなく勢いも全力なんだな……。
「ではまず、今回守っていただきたい宝石について説明しますね」
気を取り直したナタリーは、ぴしっと背筋を伸ばして説明を始めた。
「皆さんに守ってほしいのは、“グリーンミント”という宝石です。噂によれば、この種類の宝石はあと六つ存在していて、七つ集めると願いを叶えてくれる龍が現れるらしいのです」
「……ん?」
私は思わず変な声を漏らした。
「ですから、七つ集めると願いを叶えてくれる龍が現れると」
……いや、ちゃんと聞こえてはいた。
聞こえてはいたけど、なんだろう。ものすごくどこかで聞いたことがあるような設定だった。ここでツッコミを入れたら負けな気がする。うん、やめておこう。
「ちなみに、怪盗ローズが今まで盗んだものも、その七つに関係する宝石なの?」
気を取り直してそう尋ねると、ナタリーは首を横に振った。
「いえ、過去に盗まれた物との関連性はありません。高価な宝石や絵画など、資産価値の高いものが中心ですね」
なるほど。
つまり怪盗ローズは、別に伝説の宝玉だけを狙っているわけじゃなくて、単純に“価値のあるもの”を鮮やかに盗むタイプってことか。本当に、物語の中に出てくる怪盗そのものだ。
「でもさ、怪盗ローズは色んな手で犯行をしてくるんでしょ? 見張りだけ増やしてどうにかなる相手なのかな……」
私が首をかしげると、エリーも静かに続けた。
「それより、倉庫の金庫みたいな場所に厳重に保管するという選択肢はないのかしら?」
「はい、エリンさんのおっしゃる通りなのですが――」
ナタリーが困ったように口ごもった、その時だった。
「やあやあやあ! チミたちが新しく警備に加わった者かい?」
妙に声の大きい、きらきらしたテンションのおじさんがずかずかとこちらにやって来た。
うわ……何この、全身から“成金です!”って看板を出してるみたいな人。
「ワタクシの名前は星井金賀。この宝石の持ち主である」
名前を聞いた瞬間、私は危うく吹きそうになった。
欲しい金が、って。いやもう、いかにもすぎるでしょ。そのまんますぎるでしょ。
「ナタリー君。宝石はきちんと守れそうかな?」
「相手は怪盗ローズです! せめて金庫のような、厳重に保管できる設備があれば……!」
ナタリーが食い気味に訴える。
でも、金賀さんは人差し指を左右に振って、大げさなくらい芝居がかった仕草で首を振った。
「ノンノン。バッド!」
……なんか、ちょっと腹立つ言い方だな。
「宝石の美しさというものは、他者と共有してこそ価値があるのだよ。倉庫にしまってしまっては、その輝きが見えないではないか。ガラスケースなども論外!」
「そんなんだから盗まれるんでしょ……。警備する側のことも少しは考えてよ……」
ナタリーががっくり肩を落としながら呟く。
うん、分かる。すごく分かる。
このやり取りを見ているだけで、ナタリーが今までどれだけ苦労してきたのか、ちょっとだけ実感できた気がした。
私はそっとナタリーに近づいて、小声で尋ねる。
「この金賀さんって、何者なの?」
「この人は、ちょっとした投資家よ。金賀グループって言ったら、様々な異界でビジネスをしている大企業。その会長なの。過去に盗まれたお宝も、だいたいこの人の所有物よ」
なるほど。
……いや、なるほどじゃない。そんなに何度も盗まれてるなら、なおさら本気で警備を見直すべきじゃないのかな。警備が甘いっていうか、もはや“どうぞ盗んでください”って言ってるようなものじゃない?
すると金賀さんは、急に私の方を見てにやりと笑った。
「宝石と同じ雰囲気を持つチミ。なぜワタクシが怪盗ローズにこだわるのか、分かるかね?」
「い、いえ……?」
何その振り。怖いんだけど。
「ワタクシは会社を大きくするために、あらゆる努力をしてきた。あらゆるビジネスで常にトップを取り続けてきたのだよ。だが怪盗ローズは、そんなワタクシの誇るトップクラスのセキュリティを、いとも簡単に超えてきた」
そこで金賀さんは胸を張り、やたら堂々と言い放った。
「ワタクシは、ワタクシの考えるシナリオで奴を捕まえたい。その時こそ、ワタクシは真のトップになるということだ。ユー、アンダースタン?」
「は、はあ……」
なるほど。
……なるほど、なのかな。
つまりこれは、単なる被害者としての怒りというより、“絶対に自分が一番でありたい”っていうプライドの問題なんだろう。分かるような、分からないような。でもまあ、この人なりの執着なんだってことだけは伝わってきた。
やれやれ。
この依頼、早くも前途多難な気配しかしないんだけど。
そう思いながら、私はふとエリーの方を見た。
すると、エリーは少し離れた位置から展示台や通路の構造を見つめながら、何かを考え込んでいるようだった。
「……あそこで、こうすれば……」
小さく何かを呟いている。
その横顔は、さっきまでの会話を聞き流していたわけじゃなくて、ちゃんとこの場全体を見ていた人の顔だった。
私は私で、予告時刻までに何ができるか考えてみた。
展示台の近くに立つ? 見張りを増やす? 宝石の周囲に罠を仕掛ける?
でも、どれも決め手に欠ける。怪盗ローズは警察を何度も出し抜いてきた相手だ。思いつきみたいな対策じゃ、たぶん簡単に突破される。
結局、私の頭の中にはこれといった案が浮かばなかった。
そんな時だった。
「ミズホ。一つ、試したいことがあるの」
エリーが、静かな声でそう言った。
その表情を見た瞬間、私は少しだけ背筋を伸ばす。
――どうやら、ただ見ていただけじゃなかったらしい。




