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第82話 ミズホとキャッツの宝石警護の依頼

誤解が解けたあと、私はクロと一緒に改めてナタリーから事情を聞くことになった。


ちなみに、クロはさっき私を置いてさっさと姿をくらました件について、まだ私はしっかり根に持っている。だから今、私は膝の上に乗せたクロのほっぺをむにむに引っ張りながら話を聞いていた。


「や、やめるニャ……ほっぺが伸びるニャ……」


「自業自得でしょ」


「怪盗ローズというのは、アタシがずっと追い続けている盗賊の名前よ」


向かいに座ったナタリーは、さっきまでの勢いそのままに、びしっと人差し指を立てながら言った。


「今や多くの異界で犯行を重ねていて、特に宝石を狙った盗みを繰り返しているの。大胆不敵、神出鬼没、しかも予告状まで送りつけてくる……最低最悪の怪盗よ!」


怪盗。

そういうのって、小説や劇の中だけの話だと思っていた。まさか本当にそんな呼び名で活動している人物がいるなんて、ちょっとびっくりだ。


でも、ナタリーの口ぶりからすると、ただの噂や誇張じゃなさそうだった。

彼女の目には本気の悔しさと意地がにじんでいて、そこに長い執念みたいなものが見えた。


「奴は、いくつもの異界で何度も犯行を成功させてる……でも、今度こそ捕まえてやるんだから!」


握りしめた拳に力が入る。

ああ、この人にとって相当因縁のある相手なんだな、というのがひしひしと伝わってきた。


すると、私の膝の上でほっぺを引っ張られていたクロが、遠慮のない声でぽつりと言った。


「何度も犯行を繰り返してるってことは、何度も逃げられてるってことニャ?」


「……!」


空気が凍った。

いや、本当に音がした気がした。ぐさっ、って。

今、確実にナタリーの心に何かが深く刺さった。


私は思わずクロの口を押さえそうになったけど、もう遅い。

真実は時に人を傷つけるっていうけど、こんなにダイレクトな傷つけ方あるんだ……。


「え、ええ……そうよ……」


ナタリーはうつむいたまま、か細い声で答えた。


「奴とはこれまで四回遭遇して、その四回とも……きっちり盗まれて逃げられてるわ……」


うわあ。

それはもう、想像してたよりずっと重かった。


「だ、だって! 毎回ちゃんと考えてるのよ!? ありとあらゆる手で犯行を防ぐ方法を考えて、警備の配置も、導線も、タイミングも見直してるの! なのに、あいつの手口はいつもその上を行くのよ!」


悔しさを誤魔化すみたいに早口になるナタリー。

ここまでくると、ちょっと可哀想になってくる。犯罪者相手に何度も負け続けたら、そりゃ心だって折れかけるよね。


私は何となく周りにいた警官たちの方を見た。


「というか、警察も警察よね。映画や小説じゃあるまいし、“探偵”なんて頼らなくても……」


そう言いかけた私に、一人の警官さんがやんわり訂正を入れてきた。


「いえ、ミズホ殿。ナタリー殿は自称探偵ではありますが、所属自体は我々と同じく警察ですぞ」


「えっ、そうなの!?」


思わずナタリーの方を見る。


「ま、まあ……怪盗相手なら探偵が登場するのが定番でしょ!」


胸を張って言い切るあたり、この人は完全に格好から入るタイプだ。

帽子といいコートといい、どうりで雰囲気が出来上がりすぎてると思った。


「とにかく! アタシたちはあの怪盗ローズを、あの手この手で追い続けているってわけよ」


「ふうん……その怪盗ローズって、今日ここに盗みに来るの?」


私がそう聞くと、ナタリーはすぐに頷いた。


「ええ。奴は必ず予告状を出してから犯行に及ぶのが定番なの。今回も、ちゃんと届いてるわ」


そう言ってナタリーが一枚の紙を差し出してくる。

受け取って読んでみると、そこには癖のある筆記体で、こう書かれていた。


『今夜、宝石グリーンミントを盗みに参上する。怪盗ローズ』


なるほど。

確かにこれなら、立派な犯行予告だ。

本当にミステリー小説に出てくる怪盗みたいなやり方をするんだなあ……なんて感心しかけて、私は途中でぴたりと止まった。


今夜?


「……ちょっと待って」


「え?」


「今夜って書いてあるじゃん。私、関係なくない?」


だってそうだ。

今はまだ午前中。もし予告通りに動くなら、犯行は夜のはずだ。なのに私はその何時間も前に、展示車両を見に行っただけで怪盗扱いされて捕まったことになる。


完全におかしい。


「そ、それは、その……犯行前に下見に来るかもしれないでしょ?」


「あ?」


「すいませんでした! 完全に時間を間違えてました!」


本日二回目の土下座だった。

しかも今回もやたら綺麗。フォームが安定している。もうここまでくると芸術点が高い。


でも、呆れつつも、私は少しだけ考え込んだ。

怪盗ローズ。予告状。宝石を狙う犯行。何度も警察を出し抜いてきた相手。

そして今、その事件の舞台は、この列車の中にある。


……ちょっと、面白そうかも。


「ねえ」


私が声をかけると、ナタリーが顔を上げた。


「その怪盗を相手にするの、手伝わせてよ」


「え……いいのですか?」


驚いたように目をぱちぱちさせるナタリー。

私は肩をすくめて笑った。


「ここまで話を聞いちゃったしね。それに、放っておくのも気になるし」


するとクロが、私の膝の上からじとっとした目を向けてくる。


(ウソニャ。本音は暇つぶしニャ)


(うるさいな。それに、ダークキャッツの名前を売るにはちょうどいい機会でしょ)


それは実際、本音でもあった。

私たちダークキャッツは、まだ結成されたばかり。これまでは学園の近くで受けられる小さな依頼が中心だった。もちろんそれも大事だけど、こういう少し大きな案件に関わって名前を覚えてもらうのも悪くない。


ちゃんと、リーダーとして動かなきゃいけない場面だ。


(まあ、その怪盗とやらにどこまで通じるのか、お手並み拝見ニャ)


クロは面白そうにひげを揺らした。

私は軽く鼻を鳴らしてから、ナタリーに向き直る。


「だから、協力させて。どうせ乗りかかった船だし」


ナタリーは一瞬きょとんとしたあと、ぱっと表情を明るくした。


「わかりました! ぜひ、力を貸してください!」


「うん。よろしく」


――というわけで、思わぬ形で依頼をひとつゲットしてしまった。

こうなったら、まずはみんなに相談だ。


私はクロを連れて客室に戻り、さっきまでの出来事を三人に一通り話した。

怪盗ローズのこと。ナタリーのこと。宝石グリーンミントを狙った予告状。そして、私が協力を申し出たことも。


話を聞き終えたエリーが、少し興味深そうに目を細める。


「へえ……怪盗ローズ。怪盗なんて、物語の中だけの存在だと思っていたけれど、本当にいるのね」


ルアナは腕を組んだまま、にやっと口元をつり上げた。


「警察が手を焼いてる相手なんだろ? 面白そうじゃねえか」


フライヤは少し冷静な顔で頷く。


「面白いかどうかはともかく、ダークキャッツとして名を売るには悪くない話ね。警察が絡む案件なら、実績としても大きいわ」


うん。

だいたい想像していた通りの反応だ。

誰かが強く反対することもなく、むしろみんな少し乗り気ですらある。


私は改めて三人を見回した。


「じゃあみんな。依頼を受ける方向で進めていい?」


「もちろん。いいわよ」


と、エリー。


「巷を騒がせてる怪盗か。燃えてくるな!」


と、ルアナ。


「警察も絡むなら、なおさら気は抜けないわね」


と、フライヤ。


満場一致。

それを聞いて、私は小さく頷いた。


こうして私たちダークキャッツは、寝台列車の中で起きる怪盗事件に首を突っ込むことになった。

長い旅の退屈しのぎのつもりで外に出たはずなのに、気がつけばとんでもない話になっている。


でも――

こういう予想外の展開こそ、きっと冒険っていうんだろう。

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