第81話 ミズホと探偵ナタリーと怪盗ローズ
真ん中あたりの車両までやって来た私は、思わず足を止めた。
「……え、すご……」
そこはもう、私が想像していた“列車の中”とはまるで別物だった。
ただ座席が並んでいて、長い通路が続いているだけ――そんな景色を勝手に思い浮かべていたのに、目の前に広がっていたのは、小さな街みたいな空間だった。
レストランにカフェ、お土産を扱う店まである。照明もやわらかくて、通路には品よく絨毯が敷かれていて、歩いているだけで少し特別な場所に来たみたいな気分になる。行き交う人たちも、ただ移動のために乗っているというより、この列車そのものを楽しんでいるように見えた。
「列車の中に、ここまで色々詰め込めるんだ……」
感心しながら辺りを見回す。
異界をまたいで一週間も走る列車なんだから、こういう設備が充実しているのは当然なのかもしれない。でも、実際に目の当たりにするとやっぱり驚く。私の知っている“電車”の概念が、またひとつ音を立てて崩れていく気がした。
「で、どこから見るニャ?」
隣を歩くクロが、しっぽを揺らしながら言う。
「とりあえず、ぶらぶらして決める。面白そうな場所があったら入る感じで」
「計画性ゼロだニャ……」
呆れたような声を出しているくせに、クロも案外こういう探検は嫌いじゃない。私は少し笑いながら、店先や案内板を見て回った。甘い香りの漂うカフェ、豪華な食事が並ぶレストラン、見たこともない異界のお菓子が並ぶ売店。見ているだけでも退屈しなさそうで、さっきまで客室でうだうだしていた自分がちょっと馬鹿らしくなる。
そんな中、不意に目を引かれる表示を見つけた。
「展示用車両……?」
聞き慣れない言葉に、私は小さく首をかしげる。
何を展示しているんだろう。美術品とか、異界の歴史資料とか、そういうものかなと思いながら中をのぞくと、そこにあったのはひとつの宝石だった。
展示台の上に、厳かに置かれたミントグリーンの宝石。
光を受けて透き通るように輝くその色は、思わず見とれてしまうほど綺麗で――同時に、妙に親しみも感じた。私の装備に埋め込まれた宝石や、髪の毛先のメッシュとよく似た色だったからだ。
「きれい……」
思わず、そんな言葉が漏れる。
宝石の種類とか価値とか、そういうのは正直よく分からない。でも、こうして専用の展示台に置かれているんだから、かなり貴重なものなんだろう。それにしても、こんなものを列車の中で展示するなんて大胆すぎる気もする。普通ならもっと厳重な場所に保管するんじゃないだろうか。
展示台のそばには、警備員らしき人が一人立っていた。
その時点で少しものものしい空気はあったけれど、私は「まあ、貴重品だしなあ」くらいにしか思っていなかった。
――次の瞬間までは。
「ふふふ……現れたわね、怪盗ローズ!」
「え?」
突然、そんな芝居がかった声が飛んできて、私はびくっと肩を揺らした。
声のした方を見ると、そこに立っていたのは、私と同じくらいの年頃の女の子だった。鹿内帽子をかぶり、ジャケットスーツにコートという、やたら決まった格好をしている。いかにも“名探偵”ですと言わんばかりの出で立ちで、片手をびしっと私に突きつけていた。
「宝石と似た色の服を着て、周囲に紛れて盗み出そうとしたんでしょう! 残念だったわね! この名探偵ナタリー・ホームズの目はごまかせないわよ!」
「……いやいやいや、ちょっと待って!?」
何を言われたのか、一瞬理解が追いつかなかった。
え、怪盗? 私が? なんでそうなるの?
「違うし! ただ見てただけなんだけど!?」
「問答無用! 警察の皆さん、捕まえてください!」
「早っ!?」
私が否定する間もなく、周囲にいた警備員や警官らしき人たちが一斉にこちらへ寄ってくる。
ちょっと待って、どうするのこれ。意味が分からない。いや本当に意味が分からない。
ここで抵抗したら、余計に怪しく見られる気しかしない。
このナタリーって子を説得するしかない――そう思って私は隣にいるはずのクロに視線を向けた。
……いない。
「え?」
さっきまで確かにいたはずなのに、黒い姿がどこにも見当たらない。
あの猫、絶対危険を察して精霊界に逃げた。こういう時だけ判断が早すぎるでしょ!
「かかれ!」
「わ、ちょっ――!」
あっという間だった。
反論する間もなく腕を押さえられ、そのまま連行される。うそでしょ。何これ。私、ただ暇つぶしに車内を歩いてただけなんだけど?
妙な既視感があった。
こういう、なんかよく分からない誤解で面倒ごとに巻き込まれる流れ。……ルアナと初めて会った時も、こんな感じじゃなかったっけ。どうして私の周りでは、こうも話がややこしくなるんだろう。
連れて行かれたのは、車両内にある小さな一室だった。
取調室というほど本格的ではないけど、逃げ道のない空気だけはしっかりある。
「……トホホ……なんでこんなことに……」
さすがに気が滅入る。
でも、落ち込んでいる場合じゃない。とにかく無実を伝えなきゃ。
「だから! 私はその怪盗ローズとかいうのとは何の関係もないの! ただ展示を見てただけ!」
「犯罪者はみんなそう言うのです。観念なさい!」
ぴしゃりと言い返すナタリー。
だめだ、この人、全然話を聞いてくれない。目が本気すぎる。完全に“怪盗を追い詰めた名探偵”の顔をしている。たぶん今の私、何を言っても逆効果だ。
せめてエリーたちに連絡を――そう思ってポケットを探ろうとして、私ははっとした。
スマホ、取り上げられてる。
「うそでしょ……」
いよいよ本格的にまずい。
このままじゃ本当にどうしようもない。最後の手段として力ずくで抜け出すことも頭をよぎる。でも、列車の中で騒ぎを起こしたら、それこそ大ごとだ。どうする、私。
するとその時、扉が勢いよく開いた。
「な、ナタリー殿……!」
飛び込んできた警官の一人が、ひどく慌てた様子でナタリーに駆け寄る。
そして、私の方をちらちら見ながら、何かを耳打ちした。
最初は自信満々だったナタリーの顔が、みるみる青ざめていく。
え、何。今度は何なの。
「え……ま、マジ? この子が……?」
次の瞬間だった。
ナタリーが、勢いよく私の前で土下座した。
しかも、びっくりするくらい綺麗な土下座。
無駄のない動きで、完璧に床へ額をつけている。あまりにも見事すぎて、逆に言葉が出なかった。
「も、申し訳ございませんでした! まさかあなたが、セントラル・ノヴァ学園の上位ランカー……“猫姫”の篠崎ミズホさんだとは……!」
「……ぶっ」
思わず変な息が漏れた。
いや、そこ!?
確かに私はセントラル・ノヴァ学園では上位ランカー扱いだけど、何その二つ名。猫姫って何。誰がつけたの。全然知らないんだけど。
呆然とする私の前で、ナタリーはなおも平身低頭のまま震えている。
さっきまであんなに自信たっぷりだったのに、落差が激しすぎる。
……でも、まあ。
「と、とりあえず……誤解は解けた、ってことでいいんだよね……?」
そう口にしながらも、私はまだ少しだけ嫌な予感を覚えていた。
だって、ただの誤認逮捕で終わるなら、こんなにも大げさな騒ぎにはならない気がする。
それに、“怪盗ローズ”なんて名前が出てきた以上、本物がこの列車のどこかにいるってことなんじゃ――
そんな考えが頭をよぎった瞬間、さっきまでの退屈なんて、きれいさっぱり吹き飛んでいた。




