第71話 ミズホとキャッツの予定
私たちは拠点に戻ってきた。
玄関のドアを閉めた瞬間、ようやく肩の力が抜ける。学園長室の空気って、なんであんなに重いんだろう。悪い人じゃないのに、目が鋭すぎるんだよね。背筋が勝手に伸びる。
「とりあえず、塔の情報が手に入ったのは大きいニャ」
リビングのソファの背に、いつの間にか黒い影――クロがちょこんと座っていた。
「クロ、戻ってたんだ」
「戻ってたニャ。……まあ、戻らざるを得なかったとも言うニャ」
クロは、自分の力の戻し方を調べるために精霊界へ行っていたはず。戻ってきたってことは、何か掴んだのかと思ったんだけど。
「何か分かったの?」
「分からないニャ。我の力を使った“魔王”の事は、何故か何も分からないニャ」
……魔王。
聖魔戦争の話だ。クロの闇の力を使って、他の異界にまで戦火を広げた魔導士が“魔王”と呼ばれている、ってところまでは知ってる。でもそれ以上は、精霊界でも掘れないらしい。
「精霊界にも情報がないんだ……」
「意図的に消されてる匂いがするニャ。気持ち悪いニャ」
クロが珍しく不機嫌そうに尻尾を揺らす。
確かに、闇の精霊の力を使って異界を壊した存在がいたなら、精霊界でも騒ぎになっていいはず。なのに、何も出てこないって変だ。
(……まあ、魔王が何のためにクロの力を使ったのかは、どこかで必ず知る機会が来るはず)
いま焦っても、答えは出ない。私は切り替えた。
「それは後で追うとして……私たちのこれからだね」
学園長から届いた「塔の情報」。端末にマップが落ちてきたとき、胸が一気に熱くなった。
火の塔の場所は分かってる。でも、そこはホーリーライトが占拠しているうえ、ベジタブルマウンテンの危険地帯。しかもギルドレベル4が必要。だから、今は後回し。
じゃあ、次に近い塔は――。
「この水の塔が次に近いわね。ミズホ、どうするの?」
エリーが端末の地図を広げて、私に見せる。地図の線が、異界と異界を繋ぐ“経路”として描かれていて、見てるだけで頭が遠くなる。
「近いって言っても……二つくらい異界を通らないといけない距離ね」
「そうね。移動だけでも日数はかかる」
異界渡りの厄介なところはこれだ。
行きたい場所にパッと飛べない。隣の異界を経由して、さらに隣……って、国境を越えるみたいに手続きも必要で、時間もかかる。学園に来る時だって、一つ別の異界を通ってきた。地図上の距離が近くても、実際の“手間”は別物。
「水の塔に行くなら、最低でも一週間は見積もった方がよさそう」
私が言うと、エリーが頷く。
「学園にも長期休暇がある。夏休みみたいな。そこを狙うのが現実的ね」
確かに。授業をサボって塔へ、はさすがに無理がある。今の私たちは学生でもある。
……学生。私が言うのも変だけど。
「じゃあ、とりあえず次の大きな休暇の時に行ってみようか。まずは学園生活を乗り切ろう」
私が言うと、エリーがすぐに補足してくれる。
「うん。だとしたら、しっかり計画を立てないとね。しばらくはギルドの仕事をこなしつつ、少しでもランクを上げる努力をしましょう」
「まあ、それでいいんじゃねえか。その間に力をつけてやるぜ」
ルアナが拳を握ってニヤッとする。いつだって頼もしい。
……でも。
「ルアナ、アンタは勉強の方も頑張りなさい!赤点なんて取ったら許さないわよ」
フライヤが即座に釘を刺した。
「大丈夫だって。心配すんなよ、フライヤ」
「その言い方が一番信用できないのよ!」
……はい、いつもの。
このやりとりがあるだけで、拠点が“家”になったみたいで、私はちょっと笑ってしまった。
(よし。方針は決まった)
学業とギルド。休暇で塔へ。火の塔はそれまで保留。水の塔が次の現実的な目的地。
大変そう。でも、ワクワクする。怖いだけじゃない。進んでる感じがする。
その時だった。
ピロン、と軽い電子音。
私のスマホ――ギルド支給の端末に連絡が入った。
「もしもし〜、ミズホちゃん?」
コグリちゃんの声。明るいけど、どこか急いでる。
「どうしたの?」
「マヨイ先生から“集まれないか”って連絡来てるみたいで。ミズホちゃん来れる?」
嫌な予感。
私は端末のメールを開く。
……本当だ。ついさっき届いてる。
しかも――二時間後に集合。
「……え、すぐじゃん」
思わず声が漏れる。時計を見る。夜の十時。
二時間後って、深夜だよ? え、学園、夜更かし推奨なの? それともZ……いやAZクラスだから特別とか?
「OK。一段落したし、行くよ」
返事しながら、私は自分の声がちょっと乾いてるのに気づいた。
エリーが首を傾げる。
「ミズホ、どうしたの?」
「担任のマヨイ先生から、クラスのメンバーに集まりがあるって」
「え?今から!?」
ルアナが目を丸くする。フライヤも眉を寄せた。クロは「嫌な匂いがするニャ」みたいに尻尾を揺らす。
私はもう一度時計を見る。
夜の十時。確かに今から。確実に今から。
「うえー……」
口から出たのは、そんな情けない声だった。
でも胸の奥がざわついてるのも本当だ。
だって“普通じゃないZクラス”って言われたばかりで、その担任が深夜に集合をかけてくるんだよ?
……絶対、何か起きる。
私は端末を握り直して、みんなを見回した。
「行ってくる。……なんかあったら、すぐ連絡する」
言いながら、心の中で小さく覚悟を決めた。
(学園生活、いきなりハードモードかもしれない)




