第82話 抗争
異邦人の二人は街から脱出して廃工場へとたどり着いた。そしてここはもはや人の世界から外れた魔法少女の国と知ったのだが、状況は彼女たちを待ってはくれない。不良とは違う”反乱軍”の手が迫っていた。
「仕方がないな。こちらから尋ねよう」
「ええ、そうね」
相手の方、ジープはまだ良いとして。軽トラにおんぼろの車、ここら辺ならまだいいが更に山奥に入っていくには心もとない装備である。
剣呑な気配と点在する重火器は、なるほど不良の枠には収まりきらない。そんなものとは一線を画す――国家の敵であるのだが、しかしやはりどこか格落ち感は否めない。
武装蜂起した農民、とでも題名を付けようか。戦争どころか内戦どまりで、おそらく魔法少女たちも彼らを無視しているのだろうとわかる。
「何用だ?」
紫苑は一歩踏み出し、毅然として問い替えた。
――そいつだけ豪勢な車、紫苑には車など分からないが中古のベンツかなにかから中年の男が出てくる。じゃらりと金のアクセサリーを付けた、まあヤクザかマフィアであろう男。
そいつが偉そうな調子でガンを付けてくる。
「××△△○○?」
「……何?」
紫苑は困惑する。何語かもわからない、英語でしゃべりかけてもみるのだが、やはり通じない。紫苑にわかるのはその二か国語くらいだ。
「――」
「……ああ――」
男はにらみつけてくるのだが、紫苑としては気勢がそがれるばかりだ。話も通じないケダモノならば、適当に追い返してしまおうかとさえ思うが。
「あ……ああ、すみません。ボスは、あなたと話す、したがってます」
後ろの方から飛び出してきたボロボロのスーツを着たやせぎすの男が日本語で話しかけてきた。
いや、聞き取るのに不都合はなくとも母語ではないのは丸わかりだが。日本語は難しい、というよりも世界屈指の”面倒な”言語なのだからおぼつかなくても不思議はない。むしろ、奴らの背景が分かるというものだ。
「いいだろう。君たちは何のためにここに来たのかな?」
紫苑はさっと彼らを観察する。いや、じっと見つめていたら噛みついてくる習性がある奴らだとわかっている。そういうのは、どこの国、世界でも似たようなものだ。
日本に取り残された質の悪い外国人。街を作れるほど数はなく、しかし学がある訳でもなければ取り入ることができるほどの愛想も持っていない。仲間でつるんでどうにか生きていこうとするだけのゴミクズ程度の価値しかないギャングだ。
「……紫苑ちゃん」
「――」
不安そうにする陽菜に、紫苑は余裕たっぷりに頷いて見せる。異邦人として旅するうちに暴力というのを身に着けたと、自慢できることではないが自負はある。
だが一方で、ギャングというのは実は戦闘のプロなどではない。なにせ本当に戦ったら国が本気を出してくる。軍隊に敵うわけがあるはずもない。だからこそ、彼らは「戦わずに脅す」プロなのだ。
本能的に恐怖を嗅ぎ付けて突け込む性質を持つが、本当に強い相手にはむしろ逃げて隠れるしかない野生動物じみたものなのだ。ゆえに勝てると自覚する紫苑を相手にしては、安易には手を出せない。賢くはないかもしれないが、愚かではないのだから。
「ここ――は、私たち整備しました場所です。私たちに使用料を渡す、必要です」
「……使用料?」
紫苑は思わず笑ってしまう。ボスの方が何やら切れて叫ぶが、意に介すことはない。
「道義、あります。あなたに。無視すること、許しません」
「いや、悪いね。笑ってしまった。くくっ。では、いくら払えばよいのだね」
「賃貸契約は一晩100万です。元に戻すまで、続きます。あなた、理解したしますか?」
「……もとに? ああ、なるほど。原状回復義務のことだね。あとで難癖をつけて返してもらってないとか言うやつだ。ハハ」
「……! 払えないなら」
「払えないなら?」
「こちらにも考えがあります」
「ふふっ。それだけは流暢に話すね。誰かに教えてもらった言葉かい?」
「――」
通訳の男は異国語でボスに話しかける。他の男たちが殺気だってくる。
「紫苑ちゃん」
「いいや――この程度ならボク一人で大丈夫さ」
かばおうとする陽菜を紫苑が手で止める。それを怯えと受け取ったのか、男たちが雄叫びをあげた。
態度からそいつが“ヤバイ”奴だとはわかっている。逆切れした奴をボコボコにするのとは訳が違う。そういう野生の嗅覚は備えている。
だが、素直に本能に従って逃げられるかといえば話は別だった。ギャングとして、背中を見せて逃げ惑うのはプライドが許さないのだから。
「あ……ごめんなさい」
「いや、遅かれ早かれだ。問題ない。――貴様ら!」
紫苑が凛と叫ぶ。その気迫に押されたのか、視線が集中する。
「ヤンキー、ゴー……ホーム。命が惜しくなければな」
それくらいは聞いたことがあるだろうと、ゆっくりしゃべり、そして首を刈るジェスチャーで殺意を伝える。
いや、おそらく彼らはかわいそうな者たちなのだろうとわかっている。外国人である彼らは、日本を支配する魔法少女達には不要な存在なのだ。なんとでもできるのになにもしていないというのは、単にゴミ掃除をするほどの手間すらかけてはない、ということを示す。
だからといって日本人に混ざれるかというと無理だろう。人はそう簡単に割り切れるものじゃない。おままごとじみた反乱も、所詮は手持無沙汰のやった感で何かを成せるとは思っていない。
彼らはそんな……“弱者”だ。いや、だからこそ。
「――」
「――」
「――」
彼らは口々に汚い言葉をわめきながら襲い掛かってくる。鉄のバールに包丁、さっきの不良よりはマシかもしれないけれど。しかしやはり平和な日本のギャングなど、こんなものだ。
「お前たちごときにやられるほど、ボクたちの旅路は甘くなかったさ」
拳と奥歯を噛みしめる。魔法という異常に関わってきたのだから、身体も普通とはかけ離れていく。
壊れかけたストッパーから無理やり脳内麻薬をあふれさせる。男と女の筋力差など、それは表の世界のコトワリでしかない。裏にどっぷり使ったこの身からすれば、ドーピングによる強化ですら浅瀬の水遊びでしかない。
「――ふっ」
無駄な動きをする彼らの一人に最短距離で近づき、その頬を殴ってゴキャリと潰す。腕と一体化した殺戮のための暗器を使った。人間の身体の限界を容易に振り切って、最短距離で叩きこむ。
「――っくそ!」
その言葉だけは知っているのか、と紫苑はくすりと笑う。鉄パールを額で受ける。体を一本の鉄に変える古武術の再現、彼は腕が痺れて鉄パールを取り落としてしまった。
「……ッ!?」
意味の分からない光景に息を呑みつつも釘バットをフルスイングする三人目。
しかしそれがとらえたのはバール男の背中だ。紫苑が腕を引っ張って体勢を崩させた。めきっと水袋を殴りつけたような音が響く。骨までイっていた。再起不能な当たり方だ。
「どうせ、君たちは本当の意味で戦ったことなどないのだろう? 学ぶといい、人を殺すとはこういうことだと」
呆けた彼の胸を殴る。それは衝撃をあますことなく叩き込む心臓破りの一撃だ。こぼりと口の端から血を流し、彼は前のめりに倒れて動かなくなる。
「な――何ね!? お前、何? こんな――私知らないよ、こんなやつ!」
通訳の男がしりもちをつき慌てふためき出した。そして、怯えながら懐からそれを取り出す。
「お前は銃か。だけど、それってどうせ相悪品だろう? それじゃまともに当たらないし、そもそもお前たちには狙って撃った経験もまともにないだろうが」
残りは他に5人ほど。そして彼らの持っている銃はよく見ると錆びが浮いている始末だった。まともに整備された品ではない。
「撃ってみろ!」
「――!」
ボスが口火を切って雄叫びを上げた。だが、その前に紫苑は袖に仕込んでいた鉄針を投げている。
「ぐぼうっ!」
喉にあたって体勢が崩れ、放たれた銃弾は上空へと消えていく。きっちり致命傷を与えていた。
「君のだけは新品だったからね――」
「――」「チィッ! ぎゃっ!」
二人の男がたまらず撃った。が、その銃身が爆ぜた。それこそ手りゅう弾となって、撃った本人に襲い掛かって悲鳴があがる。
「自分のは大丈夫だと、現場で確認する暇はないよ」
持っている銃は大丈夫なやつかとためつすがめつしている二人を、紫苑は鉄針で始末する。
「さて、君も……ここで始末してしまった方がよいだろうか」
しりもちをつき、ションベンすら漏らしてしまった男の顔を上から覗き込む。
「つ、ひ! ひい! こ、わ、わたし何も知らない! 何も言わないよ! だから命だけは!」
「――まあ、こうなってしまってはどちらにしても別に変わらないかな」
紫苑は踵を返して陽菜を連れて廃工場へと歩を進める。怯える彼のことを一顧だにせず。
「ひゃあああ!」
そして、彼は紫苑が扉の先に消えるのを見届けると一目散に逃げていく。
「やはり、逆襲する意気地もなかったな」
その扉の向こうで、そうつぶやいたのだった。次の日、まだ周辺は暗い時間、廃工場の中で紫苑が目を覚ます。
「……」
静かに眠っている陽菜のことを見る。特にこれといった感情は湧いてこない、別に廃工場を見ても意味がないから視線を向けているだけだ。
「――もう、熱い視線ね? あまり寝顔を見つめられると照れてしまうわ」
「おっと、すまない。許してくれ」
「別にいいけれど……ううん、ちょうどいいくらいの時間なのかしら?」
「そうだね。あまり明るくなる前に街についておきたい」
「情報収集ね? この国は、とても変な国だものね」
「変ね。そんな言葉で済ませてしまえばよいのだが」
陽菜も起き出した。議論の体制に入る。
「そうよね。魔法少女が支配する国――荒唐無稽なそれが現実味を帯びてきた」
「だが、考えておくべきだった。世界を壊すことができる魔法少女というものは、国を支配したっておかしくない」
「いえ、それが違うのよ。紫苑ちゃんにはわからないかもしれないけど……」
「ふむ? どういうことかな」
「その――ただ利用する、“使う”分にあたっては問題ないの。殴って好きなタイミングで魔法を使わせればよいだけだから」
「ああ、そのようにして魔法少女を利用した者たちを見てきたな。強大な力を支配したことによる増長、もしくは魔法の茫漠なまでの影響力の巨大さに恐怖したか、もしくはその両方で。いずれ精神の均衡が崩れる運命にあるのだけどね」
「そこはそうなんだけど。魔法少女の方でも無理なの。支配する、されるっていうのは同じレベルじゃないとダメなのね。ほら、植民地にするにしても、最低限スマホくらい持たせないと話が通じないでしょ?」
「ふむ。植民地化のコストの話か。たしかに宗主国は植民地にした国に対してインフラ支援をする。その政治家たちは感謝されないという歴史のあるあるを想定できなかった馬鹿者ではなく――前提条件としてせざるをえなかっただけという話だね」
「まあ、うん。その通り。その通りだけど、それなら魔法少女にとってのスマホって何? 人間たちに、何を与えればいいの?」
「……魔法を使う元になるもの、それは魔力と仮称されているけどね」
「分かり合えないわ、魔力すら認識できない”人間”なんてものとは。だから魔法少女の国なんて存在するはずがないのよ。あったとしても、力で無理やり支配しているだけの奴隷でしかないわ」
「だが、あの洗脳魔法があれば。いや、しかし街の人々の様子は――」
「ま、ここで考えてもわからないわね。私たちはふわりんと話をできたわけではないもの」
「そうだね。一見して平和に見える場所ほど後ろ暗い何かが眠っているものだ。あの程度の障害とも呼べない奴らを倒したからといって、油断しないように気を引き締め直そう」
「ふふっ。そうね。紫苑ちゃんはいつもそう」
「陽菜。いつも、とは?」
「だって、紫苑ちゃんたらいつも自分に厳しくて、二言目には自分を戒めるのよ。あ、これは正しい表現ではないわね。結言に自分への戒めを持ってくる人、って感じね」
「人に期待をかけて、後で裏切られたと嘆くことほど馬鹿なことはない。世界も人も、そう簡単に変わるほど安くはない。変えられるものがあるとすれば、それは自分を置いて他にないだろう?」
「そうね。紫苑ちゃんを見習って、がんばらないと」
「……頑張るのは当然だろ?}
「ひどいんだから」
「陽菜にしか言わないよ。こんな言葉じゃつぶれないって知ってるからね」
「そうね。行きましょう!」
「ああ、行こう」
そうして、二人は工場を出て街に舞い戻る。目の前に何かが現れようと足を止めないと誓っているから。




