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共依存する魔法少女は世界を敵に回す  作者: Red_stone
第3部:子育て編
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第81話 逃避行


 頼る緑もない異邦人の二人は、ゲートが開いたその街から脱出した。敵襲や尾行に気を払いながらも住宅街を抜けてさらに市街の外へ。どんどん人気がなくなっていき、林の中の放棄された工場にまでたどりついた。

 状況的には這々の 体と言った心持ちだが、旅の中で鍛え上げられた彼女たちからすれば戦闘がない分だけ楽だ。鍵を手早く壊してギシギシ鳴る扉を開けて中に入り込む。


「よし、ここまでくれば大丈夫だろう」

「うん、少し疲れてしまったわ。座りましょ」


 二人、適当なところに並んで腰をかける。ボロボロの工場は外から見るとずいぶん前に操業をやめてしまったようだったが、中はまだきれいな状態だ。

 まあ、それでも箱入りお嬢様なら薄く積もった埃を払って座るなどできないだろうけど。


「……これは、工場が閉鎖されてからあまり時間が経ってないのかもね」

「え!? でも朽ちてしまっているところもあるし」


「壊れたから修理せずに廃棄したんだろう。人が居なくなると痛みが激しくなるから、数か月程度でもああなってしまう」

「ふうん。でも、今は使われてないのよね?」


「あの扉の錆び具合は、何日か使われてないくらいになるようなものじゃない」

「そう。なら、安心ね」


 二人、なんとなく寄り添って宙を見上げる。


「ねえ、陽菜。この……世界は、ここは――」


 言いにくそうにする紫苑に、陽菜がはっきりと答える。


「魔法少女が支配しているわ」

「……そうか。魔法と関係ない、よい街だって思ったけど」


 宙を見上げる。実のところ、そういうのは初めてだ。王様気取りの魔法少女など、まあ会ったことはあるがその支配が及んだのはお山の大将レベルだ。

 もっと天候すら歪めてしまうレベルの魔法少女であれば、その性格は人間離れして法則に近くなっていく。それは気まぐれに動く台風そのもので、人間は隠れ潜むしかない。とてもではないが、支配と被支配の関係にはなれない。

 そして予言者が権力を得るのは、古代文明では実例があった。支配というのは、実に人間らしい行為なのだから。


「そこら中に魔力がただよっているくらいだもの。たくさんのアーティファクトが来て、いっぱい魔法少女がいるのだわ。ええ、そう。きっと何度も『インパクト』が起こるくらいに」

「インパクトだって!? そんな馬鹿な、それは世界の滅びだろう!」


 まさに荒唐無稽なことを聞かされた紫苑が、横に座る陽菜の肩を掴んだ。陽菜も少し驚いて、ちょっと照れてしまう。

 とはいえ、少し顔を前に倒せばキスできてしまいそうな距離感がうれしいから引いたりはしないけれど。

 いや、これはこれからする話は色気のあるそれですらないのだけれど。


「でも、そうとしか考えられない。“世界を変えてしまう”ほどの魔法の行使――けれど、ぶつかり合って対消滅することもあるのよ。世界を滅ぼす魔法を使ったからと言って必ず滅びるわけではないの。うまく――そうね、他の魔法少女がなんとかできたら」

「それは、都合が良すぎないか? そんな偶然がある訳がないだろう」


「けれど、アーティファクトは一斉にやってくるわ。そして、世界が終わるまで続々と……いっぱい居るのよ」

「数が多いから互いに滅ぼし合うのは、まあこの目で見てきたけどね。だが、インパクトが行使されたのなら巨大な傷跡が残るはずだ。そこまでは避けられない、魔法は痕跡だけでも絶望をもたらすものなのだから」


 紫苑は苦い表情で言う。それは経験からだ。魔法をきっかけに人間が滅んだ、その実例をいくつも見てきた。


「ねえ、紫苑ちゃん。この工場も、その一つじゃないの? こんなふうに壊れるのって、たぶん地震じゃないわ」

「――なっ!? い、いや……確かにそうか? だが、滅びを乗り越えられるほど人間は強くないとボク達は何度も見てきたじゃないか。あの人たちの態度の説明がつかない」


「だから、ふわりんの魔法が必要だったんじゃないかしら?」

「……は?」


 かくりと紫苑の首が落ちて、顔が陽菜の胸に突っ込んでしまった。納得させられた、が――それは納得していい答えじゃない。


「あらあら」

「――うわ! い、いやわざとじゃないんだ。つい……」


 紫苑はがばりと身を起こす。顔が真っ赤になっていた。


「別に、紫苑ちゃんなら私の胸で休んでくれていいのよ?」

「そ、そんなハレンチな真似はしない!」


「あら、そう……」


 残念そうに、自分の胸をぽんぽんと叩く。まるで感触を思い出そうとするかのように、からかうような笑顔で。


「そうだ」


 紫苑は腰を浮かして少し離れ、慍然とした表情になる。


「でも、もっとショックなことがあるから、その時は遠慮しないでいいのよ」

「断固として遠慮させてもらおう。……いや、なんと言った? ボクでも聞きたくなくなることはあるんだよ」


「そうね……ううん。過去形かしら。でも現在形だと思うのよねアレは。あの、インパクトは」

「えっ――馬鹿な、インパクトが現在進行形で起こり続けていると!? ボクたちの持つ世界を渡るアイテムは、チャージなんて全然終わっていないんだぞ」


「そう、逃げられないわ。けど、まだ均衡は保たれている。覆水の盆が返れば、その時は覚悟する間もなくまっさかさまだと思うけど。……窓の外を見て」

「窓?」


 窓の外を見る。


「『ユグドラシル』というのね、あれは」


 なぜ気が付かなかったと思うほどに巨大な樹が空の彼方に鎮座していた。

 これは東京タワーなんてレベルじゃない、山ですらあれに比べれば平坦に過ぎる、超巨大で悪夢のような非現実的な樹木。――物理法則から逸脱した、幻覚とでも思えるほどのそれに、紫苑は圧倒されて声も出なくなってしまう。


「なぜ名前を? って。ううん、そういうものだもの。それだけの魔法なら、わからないはずがない。アーティファクトが教えてくれる、その名と雄大さを。本来、魔法少女という

のはあれのその先に至るためのもの。乗り越えろと、絶対覚醒を経て魔女の未来へと至れと急かしてくるのが本来のアーティファクトの役目だからね」

「あんな、あんなものを倒せと? あんな力、魔法少女ですらなく――」


「いいえ、真の魔法少女とはそういうものなのよ。ねえ、紫苑ちゃん。私たちが見てきた“世界を征服した”ように見えた魔法少女たちは、魔女の未来へはたどり着いていなかったのよ」

「彼女たちよりも上だというのか? 神様のように崇められ、もはや人としての意思すらも無くしたあれよりも……」


「あるいはね。けれど、私程度では理解できない。そんな領域の話なのよ」

「あの黒十字、そして軛から外れてしまえばすぐにでも世界を飲み込んでしまいそうな巨大樹。まったく頭が痛くなってくる、どうなっているんだこの世界は」


 紫苑がよろよろと窓から離れ、力なく座り込んだ。


「もしかしたら、“優しい王様”なんか居ないのかも。もしかしたら優しい魔法少女が、みんなを幸せにしてくれているのかもしれないわ。――そんな魔法の使い方があったなら、私は」


 そんな紫苑を、陽菜は力なく見つめ夢見るようにつぶやいた。


「冗談じゃない。それじゃ、人間がペットのようじゃないか」


 紫苑はそう言って立ち上がる。人間としての矜持が、それを強烈に拒んでいる。「舐めるな」と、瞳に激情の炎が宿る。


「紫苑ちゃん」

「いや、ボクらには関係のないことだった。ただ、あれだけのものがあるとするなら治療薬も存在するかもしれない――調べる価値はある」


 紫苑は首を振って激情の炎を消す。世界を渡る目的は、気に入らないものを正すためじゃない。正義のヒーローの力も持っていない。ただ、陽菜を治すために共に飛び込んだのだ。


「ええ、そうね。あの魔法の木には、科学ではありえないものが巣食っているのでしょうから」

「それは、無視できないな。ユグドラシルへの侵入は、おそらくたやすいものじゃない。あれだな、その魔法少女とやらは天辺に陣取っているんじゃないか? そして当然、よそ者の侵入は快く思わないはずだ」


「うん、やっぱり準備が大切だわ。いきなり行って、勝手なことを言っては怒らせてしまうもの」

「そうだな。情報収集は基本だ。少し眠って、明るくなる前に街へ行こう」


 ふう、と一息吐く。難題ばかりだが、しかしやるべきことを整理したおかげでなんだかできる気になってきた。

 いや、何も事態は好転していないので気のせいなのだが。しかし、とにもかくにも空元気でも出さなければやっていけない。

 それは明日からは空元気でも入れて頑張るぞと、今は眠ろうとした瞬間だった。


「待って、紫苑ちゃん。誰か来る……!」

「なんだって。どれぐらい?」


「たくさんよ。まずいわ、目的はきっとこの廃工場」

「――最悪だな。少し、読み違えたらしい」


 それは彼女たちには知る由もないことだった。

 その異邦人たちから少し距離にある、人気が皆無の空白地帯。それでいてまだ使える形を残していて、あまり獣が近づかないなど条件をいくつも上げていくと物件の数がかなり限られてしまうのだ。

 しかも、ここは地理的に東京の一部……ゆえにユグドラシルに近い。不良などという素人とは違う“本物”にとってうってつけの前線基地であったのだから。


 ユグドラシルは良くも悪くもこれ以上ない象徴で、それを破壊しなければ反抗などおぼつかない。しかも人々が逃げた後の東京は、不法滞在者にとっては格好のスラムに成り果てたのだから。

 常駐ではなく、中継基地としてうってつけのこの場所にはすでに多くの手あかがついている。しかも、一般人にバレないよう偽装されて。


「ごめんなさい、もう逃げられないと思う」

「いや、油断していたのはボクだって同じだ。なんとか切り抜けよう」


 二人は、近づいてくる暴力の気配に息を呑むのだった。



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