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謀(はかりごと)3

 本日、1話投稿させていただきます。

王世子(セジャ)夫妻が襲われた事で、翌日の朝議の様相は一変した。

日ノ本からの書状は捨て置かれ、賊を捕える事を優先せよとの王命が下った。


苛烈な詮議が捕らえた賊に加えられたが誰も彼も金で雇われた者だった。

結果、黒幕にたどり着けずに迷宮入りかと思われた時であった。


賊の中に、落ちぶれた若い両班が混じっている事が明らかになった。

金で雇われた賊の一人が口を割ったのである。

口を割った賊は元々水売りで、元締めだった両班の息子の顔を覚えていたのだった。


没落しても、両班であれば何らかの事情を知っている可能性がある。

「水売り」は、東人トインの多くがその利権を()()()()()

捕らえた両班も、東人トインに与していたに違いない。

仄暗い尋問所に引き立てられた男は相変わらず、頑なに口を閉ざしている。


「……」


「まだ、言う気にはならんか」


刑吏の問いかけに、その男は返事もしない。

しかし、刑吏にとってはそれも計算のうちである。


男に対し、数日前から眠る事も許さずひたすら尋問を続けた。

しかし男は、朦朧とする頭であっても口を開くことをしなかった。


「仕方無い、では別の者に聞くとしよう。連れて来い」


しばらくして、刑吏に両脇を抱えられ引づる様にして連れて来られたのは壮年の女であった。

その女の顔を見た途端、両班の男の顔が驚愕に歪む。


「母上!!」


女は緩慢な動きで男の方を見たが、猿轡を咬まされており言葉は出ない。

しかし、驚きの表情を浮かべ男の方へ向かおうとした。

しかし、女は刑吏に引きづられ部屋に置かれた椅子に縛りつけられる。


「!!貴様ら!母上に何をした!」

「罪人の家族も罪人だ。罪人に相応しい事をしたまでだ」


刑吏が噛み付かんばかりに問いかける男を冷たく遇らう。


「貴様ら、母上を両班と知っていてやっているのか!」

「それがどうした」

「私も母上も両班だ、わかっているのか!」


刑吏の反応に、男は更に激昂して吠える。


「商人の一人や二人、殺そうがどうしようが勝手だろう!!

 貴様ら、あの商人に雇われているのか!」

貴方様(あなたさま)が、両班様か否かを誰が証するのです?」

「なに!!」


時代と共に両班籍を金で買う者や勝手に両班を詐称する者が巷に増えている事は事実。

男は捕らえられた時に号牌ホぺを持たず、名前すら言わなかった。

万が一にでも没落両班であることを隠したかったからである。


男は「仕事」に失敗し捕らえられ庶民の如く拷問を受けた。

今にも「両班に対して!」と吠えそうになったが、我慢をした。


母は両班の矜持を大切にしていた。

母には「強盗」のような事をした事を知られたくは無かった。

何より、自分に「仕事」を持ちかけたやからの言が耳に残っていた事もあった。


「何があっても、すぐに大監テガンが助けて下さる」


助かるなら、両班の身分をあかして母から侮蔑の目を向けられる事をしたくは無かった。


しかし、何かが変であった。

普通であれば「商人」の一人や二人が死んだ所で誰も騒ぎはしない。

それが殺してもいないのに、役人に捕らえられ剰え(あまつさえ)厳しい詮議を受けている。

襲った商人が役人に取り入っている者であったとしても、目の前で起こっている事は異常である。


どうやって調べたのか母までもを捕らえている。

当然に母の身分はわかっているはずだ。それが、捕らえられている。

この国では、絶対にあってはならないことだ。

取りとめも無い思考に浸っていた男の耳朶を母の呻き声が強かに打った。


「貴様ら、やめろ!!母上に何をする!」

「問に答えてくださいよ、「両班様」」

「何!」


刑吏は男を冷やかすように言葉を返してくる。


その時、扉が開き数人の男が入って来た。

服装から入って来たのは()()()()だとわかる。


二人は武官で一人は文官に見える。

しかし件の文官は、来ている官服が他の文官のそれと色合いが違う。

そういえば、冠帽かんむりの形も見た事が無い。

仄暗い中ではっきりしないが、見慣れない色合いだ。

やがて、近づくに連れて男たちの身形がはっきりする。


この国において、官服の色合いは厳しく決められている。

冠帽の形も同じ。

目の前の文官のそれは決して真似をしてはいけない「濃い赤」あった。

何より、肩章を着けることができる男は、この国には二人しかいない。

王とその跡取りたる王世子(セジャ)の二人。

目の前に立つ男は、年頃から言って王世子(セジャ)であろう。


なぜ、王世子(セジャ)がここに来る……

男の疑問はしかし、朦朧とした頭の中で直ぐに消える。


服装からして、従事官であろう男が進み出る。

刑吏は従事官に近付くと何事かを耳打ちした。

すると、その従事官は男に近づき話しかけてきた。


「貴殿は自身を両班だと言っているそうだが?」

「ああ、そうだ。私は両班だ。

 そこに居られる母上も間違いなく両班だ。直ぐに縄を解け!」

「なぜ、縄をほどかねばならぬ?」


訪ねてくる従事官の表情からは真意は読み取れ無いが、男の思考は麻痺していた。


「商人の一人や二人、どうしようが勝手だろう!

 私は両班だ!それともあの商人が両班だとでも言うのか!」


従事官は表情を変えずに、男の問に答える。


「……確かに、あの()()()()では無い」


男の声に、勝ち誇ったような喜色が混じる。


「そうだろう!ならば、直ぐに縄をとけ!母上を内医院(ネオンイン)へお連れしろ!」

「それは出来ぬ」

「何!両班で無いならば()()をどうしようが罪を問われる故は無い」


男のいう事は事実である。

賤業とされる商人はこの国において普通、社会の最底辺である。

朝鮮王国の身分差はそれ程にはっきりしている。

ただし、()()であれば……であるが。


大声を上げる男に、王世子(セジャ)と別の従事官が更に近づく。

仄暗い中でも、徐々に王世子と従事官の顔立ちがはっきりしてくる。

男は口を閉じ、王世子と従事官を見据えた。

程なく、男の顔が驚愕に染まる。


「……なんで、お……貴方様が……」

「ほう、覚えていてくれたか」


男は、寒くも無いのに自然と身体が震え出す。

目の前に立つ、王世子と従事官はあの夜襲った二人の商人だった。


氷雨商団(ヨナ・サンダン)」……

王世子嬪孫氏(セジャピン・ソンシ)が実質支配する商団。

襲ったのは、そこに出入りする商人だったはずだ。


男はここに至って、やっと気づく事ができた。

初めから、男達は捨て駒だったのだ。

(くだん)の大監は助けに来る事など無い。

そもそもが、その大監が()()だと言う保証も無い。

そもそも、男は大監の顔を知らない。


「……謀られた」

「ほう、何を謀られたと言うのだ」


男は呆然とし、臨海君の問に答える事が出来ない。

ただ、譫言のように「謀られた」と呟くばかりだった。


男にすれば、謀られたと言うしか無かった。

何があっても大監(テガン)の力で直ぐに助けてもらえる、そう言う約束だった。

しかし襲った相手が、()()()()()()()()()()が王世子だったとすれば誰も助けてはくれない。

いや、助けるどころか関わりさえ否定するだろう。


襲った相手は王族、それも次の国王を約束された王世子だ。

それを襲ったとなればただの強盗の類では無い「()()」である。

逆賊の罪は三族まで及ぶ。


「……謀った相手は誰だ。庇い立てする必要があるのか?()()()()()()()()()()


臨海君の言葉に、男は現実に返ったようだ。

一瞬、躊躇したが直ぐに口を開く。


「「山海サネ」だ、李山海イ・サネだ。私を謀ったのは東人(トイン)李山海イ・サネだ!!」


男はそう叫ぶと、号泣しだした。

譫言のように「母上、母上」と呟きながら。


号泣する男を尻目に、臨海君達は部屋をでた。

部屋の外でパク・シルに臨海君は怒りを抑えて命じる。


「シル、捕らえよ」

「御意」


その時、落ち着いた声が、王世子……臨海君主従の会話に割り込んだ。


「王世子様、証拠はございますか?」


振り返った主従の前に部下を連れた李珥(イ・イ)が立っていた。

王世子……臨海君は、捕らえ没落両班が生き証人だと答える。


「王世子様、それではいささか弱いかと」


李珥(イ・イ)の言い分にも、道理がある。

(くだん)の両班は所詮、落ちぶれ両班。

高い地位にある、李山海(イ・サネ)を追い詰めるには役不足であった。


昨今の東人(トイン)の凋落を国王が危惧しており、

証拠が弱ければ、たとえ王世子への攻撃であったとしても

王が李山海(イ・サネ)庇うという事。


加えて、以前の金何某とは異なり、李山海(イ・サネ)は用心深い。

国王の覚えもめでたく、落ちぶれ両班の証言だけでは罪に問うのは難しいという事。

王世子……臨海君は、食いしばった口の中に鉄錆の味が拡がるのを感じた。


しかし、と李珥(イ・イ)は付け加える。


「舐められたままでも、よろしくはございませんな……」


このまま手を(こまね)いていても、相手を付け上がらせる事になる。

相手に一度、()()()を刺すくらいが丁度よいと。


王世子……臨海君は腹を括った。

そして、パク・シルに改めて李山海(イ・サネ)の捕縛を命じるのだった。

結果として、不問になり自身の失点になったとしてもこの度は李山海(イ・サネ)を捕える。

王世子……臨海君の覚悟を聞いて、李珥(イ・イ)もそれ以上反対しなかった。


走り去るパク・シルを目で追いながら、臨海君は誰問わなく呟く。


李山海イ・サネ、ヨナを襲ったこと、絶対に許さん」


部屋の内側からは、男の号泣する声がいつまでも響いていた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

少しづつでも前へ進めて参ります。

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