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誅(はかりごと) 2

本日、1話投稿させていただきます。

よしは、覚悟を決めて(たたず)んでいた。

口では、これまでか……とつぶやきながら、

心の中では微塵もそんな事は考えてもいない。

対馬を離れてから以後、よしは朝鮮王国の認識を改めている。


「朝鮮とは、口先ばかりの軟弱な国主の国」

それが、対馬にいたころのよしの感想であった。

しかし、漢城ハニョンに連れて来られて以後、

よしは、驚きの連続であった。


道は真っ直ぐに整えられ、小石が固く敷き詰められている。

馬や荷車と、人の歩く場所は分けられていた。

町家に至るまで、厠は整えられ糞尿が周りを汚す事がない。

排水や雨は水路を流れ、都を出て大河に放流される。


深井戸が町屋のそばに設けられ、

常にきれいな水が簡単に手に入る。

都の人々の姿も、対馬とは異なり小奇麗で肉付きも良い。

国が豊かな証だと、よしは得心した。


そして、何よりもよしを驚かせたのは、朝鮮王国の兵であった。

詳しくを知ることは出来なかったが、日ノ本では関白が進めたと言われる、

百姓では無い、戦専門の兵を朝鮮王国は多数抱えていた。


また、高価な火薬を使い、毎日の様に鉄砲の訓練もしている。

朝鮮王国の兵は決して弱兵などでは無く、

厳しく訓練された強兵で間違い無かった。


下剋上の世にあって、人質となったよしは全てをあきらめていた。

しかし、王世子……臨海君や王世子嬪……ソン・ヨナはよしを賓客として遇した。

いや、彼らのそれは賓客ですら無く「友」と呼べるものですらあった。


その「友」が今当に命を奪われようとしている。

よしの矜持として、簡単に奪わせる訳にはいかなかった。

幸い、刺客は素人同然の連中。

命を捨ててでも守り切る。よしは全身に力が漲るのを感じた。


それは、久しく忘れていた「戦」前の感覚に似ている。

壱岐の松浦党の連中から「鬼姫」と呼ばれたよしである。

「戦」はよしの生き様そのもであった。


身体が熱くなってきた。玄関から駆けて来る足音に、

よしは知らずの内に「早く来い」とつぶやいていた。


廊下を駆ける音が近づいてくる。

よしは、剣を握る手に力が入るのを感じていた。

と、同時に「力を抑えろ」と自身に言い聞かせる。


戦場で、変に力めば動きが硬くなる事をよしは経験から知っている。

ダラりと剣を握る腕を下げ、剣は掌と小指で握る。


部屋の外に二つの影が現れた。

左右の口角が吊り上がっている事を、よしは気づいていなかった。

と、部屋の外から、聞き慣れた声が呼びかけた。


「ヨナ、無事か!」


その声に安心したかのように、王世子嬪(セジャピン)……ソン・ヨナが返事を返す。


「……王世子様、私は無事でございます」


その声に弾かれるように扉が開かれる。

はたして、そこに立っていたのは、王世子(セジャ)……臨海君と

護衛のパク・シルであった。


よしは、全身に気持ちの悪い汗が流れている事に、今更ながらに気づいた。

最初の刺客を屠った時の返り血を顔に浴びてもいた。


臨海君と共に部屋に飛び込んだパク・シルが手にした灯りを向ける。

廊下の燭台をパク・シルは手にしていた。


そして、部屋の片側に打ち捨てられた骸の数に言葉を飲み込む。

そこには、五つの骸が打ち捨てられていた。


気を取り直したパク・シルが部屋の奥に灯りを向ける。

はたして、そこには安堵の表情を浮かべた、ソン・ヨナが座っていた。


臨海君は、パク・シルが灯りを向け姿を認めるとソン・ヨナに駆け寄った。

主人の無警戒な姿に、自身だけでも警戒をとパク・シルは考えた。


骸の山を警戒しつつ部屋の燭台に灯りを灯そうとして、

骸とは逆の部屋の片隅に立ち尽くす人影に思わず身構える。

灯りに映し出されたのは、髪を振り乱し、剣を握った幽鬼のような女であった。


「!」


改めて、その女を見ると、それは対馬から連れて来た島主の娘、よしであった。


「……よし殿は、私を守って下さったのです」


ソン・ヨナの台詞で、パク・シルは全てを察した。

武器の携帯を認められぬ資善堂(ザソンダン)の中で、

無手のよしは何らかの術で敵の剣を奪い、王世子嬪(セジャピン)……ソン・ヨナを守ったのだ。

鍛えられた護衛でも、咄嗟にそんな事は出来ない。


幾多の戦場を潜ってきた、対馬の「よし姫」だからできた事であろう。

そして、それが如何に「覚悟」が必要である事かもパク・シルにはわかる。

「よし姫」は真に命を掛けて、王世子嬪を守ったのだ。


「これを、顔に血がついている」


パク・シルは自然と懐から、布を取り出しよしに渡していた。

よしの顔が返り血で汚れていたからだ。


「……かたじけない」


よしは、素直に布を受け取り、顔を拭った。

そうしている間に、パク・シルが部屋に灯りを灯して回っていた。


よしが、顔を拭い手に張り付いていた剣を剥がすように離した時、

自身の前に王世子と王世子嬪が立っている事に、よしは気づいた。


「よし殿、王世子嬪を、ヨナを守ってくれた事、感謝する」


そう言うと、目の前に王世子は頭を下げ、片膝をついたのだ。


「!!」


王世子嬪……ソン・ヨナまでが腰を下げた所で、よしは慌てて剣を投げ捨て、腰を下げた。


「王世子様、王世子嬪様も顔を上げて下さい。私はただ「友」を守っただけなので」


「「……友」」


臨海君とヨナは、顔を見合わせて微笑んだ。

部屋の中の張り詰めた気配が少しばかり和らぐ。


「これは、失礼を。王世子嬪様を友だなどと」


慌てるよしをヨナは、目で制した。


「嬉しいのです、私を友とよんで下さることが……」


王世子嬪(セジャピン )の言葉に、よしの強張った顔も、

柔らかみを取り戻していた。


そして、静かに立ち上がった臨海君はすでに表情を引き締めていた。

今回の危機は、僅かな気の緩みを突かれた事による。

国外に日ノ本をはじめとすの危機を抱えているこの時にさえ、

党派に拘泥し、争いの種を蒔こうとする者達が居る。


臨海君は、いいしれない怒りが込み上げていた。

「愚か者」

それしか言いようの無い者達でもある。


しかし、彼らは自身の愚かさには微塵も気づいてはいない。

前史で朝鮮王国が壬辰倭乱の後に、国を建て直せず辛酸の限りを舐めたのも、

この「愚か者」達の存在が遠因でもあった。


今世では「愚か者」達を自由にはさせない。

臨海君はこの思いを新たにするのだった。


















ここまでお読みいただきありがとうございます。

また、応援や励ましのお言葉、心から感謝いたします。

本来であれば、個々に返信させていただくところですが、

今は控えさせていただいております。

詳しくは、活動報告にて。

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