誅(はかりごと) 1
1話、投稿させて頂きます。
その夜も、資善堂に、よしが呼ばれていた。
気をおかない友として、王世子嬪……ソン・ヨナは、
よし……対馬宗家のよし姫を迎えた。
生まれ育った、国や地位は違えど、
庶民に等しい生活を送っていたヨナと、戦国大名の姫としては、
規格外の生活を送って来たよしとは話しが合う。
互いの生活の事から始まって、食べるもの着るもの、
そして民草への思い。
言うなれば、人間性の根本的な部分で二人は意気投合していた。
その夜も、途中からは王世子……臨海君を軽く貶す事で笑いあっている。
と、突然によしが表情を改め、人差し指を唇にあてる。
ヨナも口を閉じて、耳を澄ます。
宮付の尚宮の誰何する声が聞こえたかと思うと続けて彼の者の悲鳴、叫び声。
宦官たちの声、賊と思しき(おぼしき)者達の声が響く。
剣戟の音がしたかと思うと、急に静かになった。
廊下に荒々しい足音がする。
よしは静かに目を閉じて耳を澄ませている。
「……一人、二人……五人はいるか」
よしが小さくつぶやいた。
そして、自身の頭に飾られている簪を静かに引き抜く。
よしの手入れされた髪が、解けて垂れる。
「……よし殿」
「王世子嬪様、お静かに」
ヨナは、よしの言葉に小さくうなずく事で返事を返す。
よしは、扉の方に向き直り、片膝を立ててうずくまる。
そして、チョゴリの裾を広げ、足を隠した。
併せて、簪を逆手に握りチマの袖に手も隠す。
見た目には、髪を下した女がしゃがみ込んでいるようにしか見えない。
足音が部屋の前で止まると、同時に荒々しく扉が押し広げられる。
「……女官崩れだけでは無く、倭人の女も一緒か。これは好都合」
賊の手には剣が握られている。
剣からは、赤いものが滴り落ちていた。
部屋の灯りに映し出された賊の顔は、嗜虐に満ちている。
手分けして探しているのか、賊は一人であった。
賊の姿を見た、よしは冷静になる。
よしは、心の中で深く安堵していた。
賊が全くの素人だと判断したからだ。
なんの警戒もせずに扉を開けた事。
ペラペラとよくしゃべる事。
何より、剣に血をしたたらせている事。
剣にしろ、刀にしろ血糊をつけていては切れ味が鈍る。
乱戦の場ならばまだしも、この場で剣から血を滴らせている時点で素人。
壱岐「松浦党」のヘタレ足軽でさえ、もう少しましである。
戦国乱世に生まれ、自身で兵を率いて幾度となく戦ってきた。
島主の娘と言えど、戦の場は命がけには違い無い。
相手の力量を見誤ると自身の死に直結する。
そんな戦場を、よしは幾度となく渡ってきたのだ。
よしの経験値が、賊を素人と判断し死地を脱する術を思い出させる。
「まずは倭人の女、お前からだ!」
大股で近づいて来た賊が、剣を上段に振りかぶった。
瞬間、よしは賊に向かって飛び掛かる。
「!」
一瞬、のけぞった賊の懐に飛び込んだよしは、
逆手に握った簪を賊の顔面に叩き付ける。
簪は、まるで測ったように、賊の顔面を滑り眼球に達した。
よしはその途端、もう一方の手で簪の後を強く押し込んだ。
そのまま、後ろ向けに倒れる賊に覆いかぶさるようによしは更に力を籠める。
「ぎゃぁ」
思わず悲鳴を上げた賊にかまわず、賊に覆いかぶさったよしは簪を押し込む。
初め柔らかだった感触が、硬い物に当たった途端、よしは更に簪の尻を叩く様に押した。
硬い部分を過ぎると、簪は奥へと簡単に入って行く。
と、それと同時に手足をバタつかせていた賊の動きが止まった。
そして小さく痙攣すると動かなくなる。
よしは賊の動きが止まると、休む事無く賊の剣を手にした。
自身のチマの袖で血をぬぐうと、王世子嬪……ヨナに合図をして、
部屋の灯りを吹き消し両足の足袋を脱いだ。
そして扉を閉めその前で仁王立ちになる。
灯りを消した事により、障子を透かして廊下の様子が影絵のように映る。
反面、廊下からは部屋の様子がわからない。
どれくらいの時間がたったのだろうか。
一瞬であったのか、それとも一刻か。
やがて、足音と共に扉に人影が映る。
しかし、よしは動かない。
外の人影は、小さく声をかけた。
「おい、ここにいるのか、おい」
聞きなれない男の声だった。
資善堂に断りも無く、男が立ち入ることは無い。
外の人影が、扉を開けようと近づいた途端、
よしは迷いなく剣を突き立てた。
外の賊は、いきなり剣を突き刺されるとは思わなかったのか、
声を出す事も出来ずにいる。
突き立てた剣を少し引き、改めて勢いよく突き出す。
剣に押されて、賊が倒れるのが見えた。
よしは、扉を蹴って部屋の外に出る。
賊はよしの顔を見ると驚愕に包まれた。
「……倭人の女……なぜお前が……」
「問答無用」
よしは低い声で呟くと、剣を逆手に握り賊の胸に突き立てた。
廊下の向こうからはまだ、複数の賊の誰何する声が聞こえる。
よしは、賊の骸を引き摺り部屋に引き込む。
自身のチマを剣で拭き、廊下の血を拭いとった。
そして、賊の剣を奪い部屋の扉を閉める。
数回、同じ事を繰り返し、賊を始末していく。
よしの見立て通り、素人同然の賊は唯も彼もが、
警戒もせずに近づき、よしに始末されて行った。
五人目を始末したところで、
宮殿の入り口付近から喧騒が聞こえてきた。
程なく、宮殿内に喧騒が入り込んでくる。
真っ直ぐに躊躇せぬ足音が近づいて来た。
よしは、剣を握ると深く息を吐き出す。
新手がやって来たようだ。
「……これまでか……」
呟きと裏腹に、よしの口元は小さく三日月を描いていた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
区切りの良いところまで、続けて投稿させて頂きます。
しばらく時間をいただき、書き溜めをいたします。
書き溜めができたところで、再度投稿させていただく、と言うサイクルで
進めていきたいと思います。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。




