対馬侵攻 【その7】
長い間、お待たせ致しました。
本日一話の更新です。
遠くから、太鼓の音が臨海君の耳にも届いた。
太鼓の調子から、陣触れを即す太鼓である事が知れる。
「……義智、一戦交えるつもりか」
思わず口を突いて出た言葉は、しかし陣を築く喧騒にかき消される。
寡兵を気取られぬように、森の中に距離をおいて戦旗を立てさせた。
そして、自身がきている事を知らしめる為に龍旗もたてている。
それでも一戦交えるつもりだど言う。
面白い……
臨海君の脳裏に考えもしない言葉が走る。
自身の目的が戦闘では無く交渉である事を忘れそうになる。
ふと、先日の記憶が蘇る。
森を抜ける時に眼下に広がる浅芽湾に遠う目からでもそれと分かる船が浮かんでいた。
中型のガレオン船
この時期にガレオン船は日本で建造されてはいなかったはずだから、南蛮船に違いない。
前世では対馬が南蛮貿易をこの時期に行っていた記録は無かったはずだが、歴史には裏がある。
まあ、自分自身がその「前世の歴史」の異端ではあるが……
臨海君は意識を遠目に映る厳原城に移す。
戦国城郭としては小規模で城と言うよりも砦に近い作りではある。
この城を落とす事など現状の朝鮮軍にとっては容易いことではあった。
しかし、それでは臨海君の目的からは大きく外れてしまう。
臨海君の目的は対馬に降伏をせまることでは無く、味方につける事。
最低でも、朝鮮を裏切れば損をする事を分からせなければならない。
さて、どうしたものか……臨海君は再び思考の海に沈んで行くのであった。
居城である金石城から義智によって集められた対馬兵は厳原城に集結していた。
城の造りとしては簡素ではあるが、堅牢な楼門を持っている。
急な招集であった為、家人を中心とした兵ではあったが千名が集まった。
当然に虎の子でもある火縄は全てを持ってきており、玉、火薬も揃っている。
一段高い櫓の登り口に義智が武者姿で現れた。
「皆の者、不届きにも対馬に土足で踏み入れた朝鮮人に目に物を見せてやれ!
遠慮は要らん、手柄を立てた者には褒賞をくれてやろうぞ!」
「「「おう!!」」」
「殿!是非に我に一番槍の誉れを!」
甲高い声が高揚した空気の中に響いた。
「その意気や見事、百名を率いて先陣を務めよ!」
義智にはそう答えるしか術は無かった、ここで躊躇すると士気が下がる。
「「「おう!」」」
特注の鎧を身に纏い、戦国兜を被ったよしと子飼いの連中が槍を掲げて声をあげる。
朝鮮軍の矢を防ぐ盾持ちも含んでいる。
「火縄、先陣に続け!」
「「「おう!」」」
森が大勢を占める島においては騎馬は意味をなさない。
対馬兵は徒士兵が中心となる。
故に突撃隊の役目を担う先陣に続いて、火縄兵を布陣できる。
陣構えを下知した後、義智は一騎の馬を引いて来させた。
「よし、乗ってゆけ」
「兄上、朝鮮相手に騎馬など不要。徒士で十分」
「構わぬ、乗って行け。大将が徒士では格好がつかぬ」
「そう仰られるなら……」
よしは渋々と言う程で騎馬に跨る。
上背があり、手足の長いよしが跨ると小柄な対馬駒が更に小さく見える。
実はこれが嫌だから、よしは騎馬を渋ったのでもあった。
よしが跨がると、馬の脚が六本に見えてしまう。
口の悪い近習がそれを言ってから、よしは騎馬を嫌がるようになった。
それでもこの度、義智がよしに騎馬を当てがったのは、
朝鮮軍に対しての威嚇の意味もあった。
元来、騎馬民族であった朝鮮では騎馬と弓が武の象徴であった。
しかし、対馬海峡を渡って来るのに騎馬は連れては来れない。
その朝鮮軍に騎馬姿を見せることによって、威嚇するためであった。
よしも兄の考えはわかっていたのか、充てがわれた馬に跨った。
「者共、遅れるな。朝鮮軍に対馬武士の意地を見せてやれ!」
「「「おう!!」」」
門が開かれ、よしが率いる水軍と火縄を担いだ兵が出陣して行く。
その先頭に立つよしの目に翻る龍旗が映っていた。
「……朝鮮兵よ、此度も勝てるとは思うなよ」
よしの呟きは誰にも聞き取られない、行軍の喧騒に掻き消えて行った。
今にも駆け出しそうに兵を抑えつつ、自身も並足で馬を進める。
血気に逸りつつもよしの脳裏は冷静でもあった。
重さのある火縄を担いだ兵は駆け足になると遅れる懸念がある。
日頃の鍛錬の中で、よしはその事に気づいている。
足並みの乱れた兵は乱戦ならまだしも、火縄を用いる戦いでは力を出し切れない。
火縄と言う飛び道具を使う以上、兵の統率はより重要になる。
味方に後ろから弾を打ち込まれては堪ったものでは無い。
よしの頭の中では、ここからの戦の流れが繰り返されている。
朝鮮兵の使う長弓は、厄介な事に火縄よりも射程が長い。
実際には弓矢が火縄の弾よりも跳ぶことなどあり得ないのだが、
朝鮮兵の長射程での命中制度を考えるとあり得る。
連射と言う事を捉えても、弓兵の方が火縄よりも素早く、
第二第三の矢を放って来る。
故によしは、自身の抱える兵に弓避けの盾を持たせている。
単純な板を重ねたものだが、十分に役立つ。
よしの作戦はこうだ。
敵に一射目、二射目を放たせその間に敵との距離を詰める。
そして、弓兵に火縄を浴びせる。
そうする事で、敵の超射程の攻撃を奪い乱戦に持ち込む。
乱戦になれば、水軍として鍛えて来た兵の敵では無い。
そうして、兄の狙う「一撃」を加え、朝鮮との交渉を有利に運ぶ。
よしの作戦は隙が無い様に見えた。
少なくとも、対馬の誰もがそう考えていた。
その目論見が、半刻も過ぎないうちに崩れ去るとは、
この時、対馬の誰も考えてはいなかった。
弓兵の射程に近づいたのか、弓を引き絞る姿が目に映る。
やや散開しかけている兵に密集の指示を出しつつ、盾兵に構えを取らせる。
「歩みを止めるな!火縄は種火をつけろ」
逸る気持ちを抑えながら、よしは眼前の敵を睨みつける。
弓のつるが弾ける音が響く。程なく空から雨音に似た音が近づいて来る。
「盾持ち、堪えろ!」
木の板に小石をぶつける様な音が辺り一面に鳴り響く。
兵の怺える声や、気合を入れる雄たけびは聞こえるものの、悲鳴は聞こえない。
盾にした板を貫かれはしなかったようだ。
「進め!もう一射来るぞ」
よしの声に合わせるように、空から矢の雨が降って来る。
再び、盾に矢が突き刺さる音が響く。
その間にも歩みを止めない対馬兵は火縄の射程まであと少しまで迫っていた。
その時だった。
よしの目に信じがたいものが映る。
二射を終えた弓兵が次の矢をつがえる事無く、下がって行く。
そしてその背後から現れた兵によしは一瞬、言葉を失いかけた。
横一列に並んだ朝鮮兵の手には、有る筈の無い火縄が握られていた。
「止まれ!盾持ち前へ!」
よしの判断は早かった。
この距離では、火縄の威力は知れている。
板の盾と言えど、十分に防ぐ事は可能だ。
朝鮮兵が火縄を持っていたのは驚きだったが、
火縄は一撃すると、次弾をこめるのに手間が掛かる。
その隙に前進して、こちらが打ち返せばよい。
所詮は付け焼き刃の火縄だ。
朝鮮軍は、火縄の戦さでの使い所を知らないと見える。
密集陣形に変わっていた対馬兵は歩みを止め、盾持ちが盾を構える。
隙間が無い様に盾が構えられるのを待っていたかの様に朝鮮軍の方から、
火縄を弾く音が響いた。ただ、よしの耳には聞き慣れた火縄の音に比べ、
幾分甲高く、距離の割に小さく聞こえた。
途端、前列の盾持ちが弾き飛ばされた。
合わせて、叫び声がこだまする。
よしは何が起こったのか分からなかった。
ただ、前列の盾持ちが全て弾き飛ばされ、
その背後で撃ち返すべく待機している火縄持ちまでが倒れている。
再び、甲高い火縄の音が響く。
途端、よしの天地が入れ替わった。
と、背中に激痛が走る。
目の前で跨っていた馬がゆっくりと倒れて行くのが見えた。
「ひ、引け!引け!」
やっとの事でよしの口から出た指示に従う者はいなかった。
よしの周りには、骸と化した子飼いの水軍が倒れている。
馬に跨っていたよしは弾の直撃を逃れたが、兵の多くが撃ち抜かれている。
死を免れたものの、無傷の者はいないらしく立っている者は皆無だった。
茫然とするよしを呼び戻したのは、目の前に光る物が見えたからであった。
いつの間にか、朝鮮兵に囲まれていた。
鐺鈀と呼ばれる三又の槍を持った朝鮮兵が倒れた対馬兵を検分している。
瞬間、よしの頭に血が上った。
「オレの兵に手を出すな!」
跳び起きたよしは、腰に帯びた刀を抜くと倒れた対馬兵を検分している朝鮮兵に斬りかかった。
上段から振り下ろした刀が鉄のぶつかり合う音をたてて、受け止められる。
そばにいたのであろう、一人の朝鮮兵が刀を構えて受け止めていた。
「ぐっ……」
鍔迫り合いから、互いに一歩引いたところでよしは相手をしっかりと見据える。
この時には、よしの頭は冷静さを取り戻していた。
対峙している朝鮮兵は、よしよりも頭一つ背が高い偉丈夫。
よしの一撃を受け止めたのは、やはり「刀」であった。
戦さ場で使うには小ぶりな刀を手にしている。
周りの鐺鈀を構えた兵とは違う装束を身につけている事から、
侍大将格以上の兵である事がわかる。
たとえ相討ちになったとしても、この者を切り捨てれば勝ち。
よしは間合いを計りながら隙を伺う。
「邸下、お下がりください!!」
後ろから、壮年の朝鮮兵が対峙する男に大声を発した。
「……チョナ?……」
島主一族の務めとして、よしも朝鮮語は身につけている。
「チョナ」とは特別な者に対して使われる敬語だ。
「……そうか、貴様が王世子か……」
よしの口元がゆっくりと弧を描いていく。
王世子とわかれば、戦さ場で振るうには小ぶりな刀も納得が行く。
どうせ、鍛錬もせずに日陰のモヤシの様に育ったのであろう。
女とは言え、対馬に於いて敵無しのよしの敵では無い。
ゆっくりと八双に構えたよしは、気合い一線に上段から太刀を振り下ろす。
兜と共に頭を割ろうとする、よしの幹竹割は甲高い金属音と共に流される。
「やるな!セジャよ!」
鍛えられたよしの太刀は続け様に上段から振り下ろされる。
しかし、その悉くが受け止めてられるでもなく流される。
刀は受けとめるよりも「流す」方が難しい。
いつの間にか、よしの余裕は奪われ焦りが頭をもたげて来た。
上段から振り下ろす刀も、流された先で切先を返し、
切り上げる下段も全て流される。
何合目かに力任せに振り下ろした太刀が嫌な音を立てた。
途端、振り下ろした太刀の重みが途切れる。
そして地に鉄を打ち付ける音を聞いてよしは負けを悟った。
太刀が折れたのだ。
対峙する王世子は止めを刺す事もせず、柔らかに立っている。
負けた……
よしは手元近くで折れた太刀を投げ捨てた。
「……好きにしろ」
「手荒な事はしない、しばらく陣に留まって貰う」
朝鮮語で呟いたよしに、王世子は丁寧に返して来た。
よしの知る、王族や「高貴な方々」は下々の者とは直接に話しをする事さえないと言う。
この王世子は変わっているな、がその時のよしの感想だった。
縄を打たれることも無く、陣幕に女武者が案内されて行くのを見送った臨海君は、
周りの兵士にトリアージを急ぐ様に指示をする。
臨海君の対馬侵攻での合戦は結果として、この一戦だけであった。
虎の子の火縄を失い、妹まで人質に取られた宗 義智に抵抗を続ける力は無かった。
元々、互いに交渉を前提にしていたこともあり、早々に交渉の席に着くことになる。
結果、攫った朝鮮人一人につき百貫を支払う事で交渉を終えた。
村上素十の残した名簿により、人数を把握していた臨海君は交渉を有利に進めた。
莫大な借金を背負うことになった宗 義智に対して臨海君は、自身との貿易を持ちかけた。
この提案は宗 義智にとっては願っても無い提案であった。
そして、この縁が後に大きく歴史をかえる事になるとは臨海君は気づいていなかった。
朝鮮軍に捕らえられたよしは、対馬の借金が終わるまでの人質として朝鮮に渡る事になった。
合戦で全滅したと思っていた子飼の水軍兵の多くが朝鮮軍に手当を受け命を繋いだ事もよしの心を動かした。
朝鮮へ渡る事になったよしの側回りとして、10人余りの女が付き従う事になった。
女達は皆、夫や親兄弟を失った身寄りの無い者達であった。
その話しを聞いて、臨海君もよしが単なる女猪武者でない事を知る事になる。
漢陽に連れ帰ったよしを見た、王世子嬪のこめかみに青筋が立ったのはお約束通り。
その後、宮廷において「韓流」よろしく、ドロリとした女達の争いが有ったのか否かを
15代王 明祖実録は語ってはいない。
ここまでお読み頂きました皆様に、心より感謝いたします。
※明祖実録……当然に実在しません。本来は「光海君日記」です。




