対馬侵攻 【その6】
本日、一話の投稿となります
木陰から様子を伺うよしに義智、柳川やその他の家人達は誰も気付いていないようだ。
始め、釣り上がっていたよしの口元は徐々に真一文字に引き結ばれる。
丁度、義智の口から「朝鮮軍」と漏れ出したあたりからだ。
「……朝鮮軍」
よしの口から、呟くように溢れる言葉。
対馬に生まれた者にとっては、忘れる事の出来ない名であった。
特に島主の家に生まれた者にとっては複雑な思いが駆け巡る。
文永と弘安……凡そ三百年前には、元の走狗として高麗が対馬、壱岐そして九州を攻めた。
その際に、島主の宗一族は殆どが討ち死にし、島民は殺されるか連れ去られた。
また、それから百年余りが過ぎた頃には倭寇討伐を名目として、国号を朝鮮と改めた軍が対馬を焼いた。
その後、紆余曲折はあったものの朝鮮との繋がりは続いている。
時には悪鬼のごとく島民を殺し、また時には下賜米を与えてくれる存在である。
為政者であれば、過去の事は飲み込んで朝鮮との関係を重視するのが当然である。
事実、兄の島主 宗 義智は朝鮮との貿易に腐心している。
義智は裏で朝鮮人を攫い、南蛮人に売り渡していたのだが、
よしはその事実を知らされてはいなかった。
朝鮮人達が「倭寇」と呼ぶ海賊、ここでは海の追剥ぎをさす……は、
確かに昔は日本人が多かったが今では朝鮮人や清国人が殆どである。
水軍を束ねる者として、よしは幾度か倭寇を討伐したが捕らえてみれば、
倭寇と言いながら、大半が日本人ではなかった。
若さもありやや短気な性格なよしには、
朝鮮軍が倭寇討伐を口実に対馬に攻め入って来たとしか思えなかった。
「物見など要らぬ、殺してしまえば良い事」
よしの中のもう一人の自分が語りかけてくる、よしもその声に賛成であった。
程なく、義智達が立ち去ったのを見計らってよしはその場を立ち去ろうとした。
木陰から出て、数歩進んだ時によしの後ろから声をかける者があった。
「よし姫様、何を為されておいでですか」
振り返ったよしの目に映ったのは、立ち去った筈の柳川何某と兄、義智であった。
「……オレが城内を歩いて何が悪い」
正直に言って、よしはこの柳川何某が余り好きでは無かった。
むしろ、嫌いな部類に入っている。
有能な家臣であり、御家の為には良く働いているのは聞いている。
しかし、よしにはこの柳川何某と言う男が胡散臭く感じられて仕方なかった。
よしは先程、立聞きした事を気取られない様にした。
しかし、それは無駄な足掻きに過ぎなかったようだ。
「……聞いていたな」
「……」
射抜くような義智の視線をそらす事なく睨み返す。
無言のよしの姿に義智は肯定ととらえたようだ。
「柳川、評定衆を集めろ。評定を執り行う」
「……殿?」
柳川何某にとっても以外であったらしく、疑問を言葉にしている。
普段は嫌みなぐらいに冷静な男にしては珍しいと、妙な所で溜飲を下げるよしであった。
「……人の口に戸は立てられん、たとえ下賎な猟師と言えど口は付いている」
「しかし……」
「お前の言う口封じは無駄だ、里長が尋ねたら何とする」
「……」
柳川何某は先程の猟師の口を塞ぐつもりであったようだ。
しかし、朝鮮軍が進軍している今、猟師の口を塞いだくらいでどうしようと言うのだ。
「兄上、いかがなさるおつもりですか」
「評定に計る」
「兄上のお考えは」
「評定まで待て」
珍しく、義智も悩んでいるようだ。
しかし、よしにはとんと理解できなかった。
朝鮮軍が何をしに来たのかは知らないが、攻めて来たのなら迎え撃てば良い。
所詮、堂々と進軍せずこそこそと森を抜けて来るぐらいだから大した事は無い。
幸い、朝鮮ではまだ使われていないと言う火縄も数を揃えている。
関白の軍勢が攻めて来る事を見越して数を集めていたが、
戦火を交える事なく時代は変わろうとしている。
九州の多くの大名は関白と一戦を交えた事で大きく領地を減らし、
或いは城を枕に討ち死にしている。
どちらにしても、多くの矢玉や兵糧、兵員が失われた。
その点、早くに恭順を認められた対馬はそれらを温存している。
時代遅れの槍や弓矢で攻めて来る朝鮮軍を返り討ちにするくらいは容易い。
それを慎重なようで決断の早い義智が悩んでいる事を不審に思うよしだった。
程なく、評定を告げる太鼓が打たれ城に再び評定衆が参集する。
義智の座る上座に近い処によしも腰をおろす。
評定衆が揃ったところを見計らって家臣筆頭である義智の舅、立石盛治が声を出した。
「殿、この度の評定は如何なる事でございましょう」
普段であれば、評定の題目……議題は先に立石盛治へと告げられている。
それが、急な招集に加えて何も聞かされてはいない。
言葉の端にそんな不満が漏れ出たのか、義智がすまなそうに答えた。
「舅殿の申される事、誠にもっとも。この度は火急の事にて詳細をこの場で伝えたい。柳川、申せ」
「はっ」
それぞれが対座に座った末席に近いところから、柳川何某が一尺ほど前に出る。
そして、姿勢を上座に向けると頭を下げて語り出した。
柳川の語る内容に評定衆がざわつき始める。
「……殿、何故に朝鮮軍が参ったのですか。御心辺りでも」
末席に座る新参の評定衆の発言に、義智と他数人が押し黙る。
何故に兄や立石盛治が押し黙るのかよしには分からなかった。
そして、先ほどまで饒舌だった柳川までが押し黙っている。
柳川が台頭して来てから、お家の金周りが良くなった事はよしも知っている。
この戦国の時代に銭はいくらあっても足らない。
そんな時に柳川がお家の台所事情を好転させたことだけは事実であった。
ただ、よしは如何にして好転させたかを知りはしなかった。
「殿、隠し立てする時ではありますまい。皆にお話しくだされ」
口を閉ざしていた立石盛治が何かを決心した様に義智を促す。
程なく、義智が重い口を開きこれまでの経緯……金策の裏事情を語り出す。
朝鮮人を倭寇に紛れて攫い、南蛮人に売り渡していた。
人身売買……戦国の世にあっては当然でもある事柄ではあった。
但し、売られたのが戦に敗れた側の人間では無く、
無関係の異国の民である点を除けばであるが……
無法とも言える時代ではあったが、最低限の決まり事はあった。
戦に敗れた者は全てを失い、勝った方は全てを得る。
但し、戦を仕掛けるのも「理由」は必要であった。
それらを破る者は、当然にそれらを「破られる」事もあるわけで、
為政者として民を率いるには全くの無法者では筋が通らない。
時にはそれは神仏を畏れる(おそれる)事でもあった。
起請文に牛王宝印を用いたのはその現れとも言える。
しかし、義智の成した事は無法者のそれ、そのままであった。
評定に集う者からすれば義智がやった事は、即ち「神仏をも畏れ無い」行いに等しかった。
評定衆一同が押し黙る中、口を開いたのはよしであった。
「……殿のなされた事、鬼畜にも劣る行いである事に違いは無い」
「よし姫様、それは余りにも無体、無礼でも御座います!」
口を挟んだ柳川をよしは、睨みつけた。
「黙れ!オレの話しを最後まで聞け」
「……」
柳川が口を閉じると、よしは更に話しを続ける。
「されど、鬼畜にも劣る銭で腹を満たし、衣を纏い、雨風をしのぐ屋敷に住んだのはオレだ」
評定衆の目がよしに集まった。
「故に殿が鬼畜にも劣るなら、オレはそれ以下だ。オレは殿に従う。殿が神仏に逆らうなら、オレが先駆けとなり神仏を切る」
評定衆、それぞれの目に再び光が戻って来た。
立石盛治が口を開く。
「よし姫様のお覚悟、誠にご立派。異論のある者は無いな」
「……」
沈黙が答えであった。
ここに至り、義智は覚悟を決める。
朝鮮軍と一戦を交える。
それが後々に不利益を生んでも致し方無し。
有耶無耶に終わらせることは後々に家内に不和を招く。
義智にとっては、それの方が遥かに不味い事である事はわかった。
評定衆にも義智の決意が伝わったのか、それぞれが小さく頷き拳を握る。
そんな時、廊下を駆ける音が近づいてくる。
やがて戸の向こうから、若い家人が息を継ぎながら声を発する。
「殿!一大事にございます!」
「何事だ、騒々しい。評定の最中ぞ」
立石盛治が嗜めるが、若い家人は言葉を続ける。
「誠に一大事にございます。」
「構わん、もうしてみよ」
義智が言葉を引き取った。
「厳原の向こうに突如として、軍勢が現れました!」
評定衆の間に緊張が走る。
「続けよ」
義智が先を促くす。
「は!物見の言によれば森の中から突如として軍勢が湧き出るように現れ、布陣を始めたとの事。
異様な見た目、旗の紋様から朝鮮軍と思われます。」
「……そうか、ご苦労」
「は!また、物見から龍を描いた一際大きな旗が掲げられているとの事、また森の中にも多くの旗がはためき軍勢の数を確認するに至らず、との事です」
「……殿、龍の描かれた旗とはまさか」
義智は舅、立石盛治の問いには答えずに、若い家人に問い掛けた。
「龍の……龍の爪の数は何本か、物見から報告は参って無いのか!」
「…は、爪の数は……三本、三本!と認めてございます!」
「……殿、殿!」
愕然とする義智に再度、立石盛治が声をかける。
「……朝鮮軍の大将は王族だ。朝鮮の王族、それも龍旗を持つ者。三本爪であれば王の後継、王世子が来たと言う事だ」
「朝鮮王の跡取りが大将ですと」
立石盛治の驚きの言葉が、評定衆全員の気持ちを表している。
評定衆の間に先程まであった決意の空気が霧散したような重苦しい気配が漂う。
朝鮮王の跡取りが大将を務める軍と一戦交えると言うことは、朝鮮との全面対決を意味する。
幾度となく対立と和睦を繰り返して来たが、全面対決の後の和睦には時間と苦労が必要となる。
戦国の世が終わりを告げようとしている今、対外関係に余力を割く力は対馬には無かった。
一国安堵を受けたものの、賽の目はどこへ転がるか分からない。
力を浪費する訳には行かなかった。
「……殿、今更後戻りは出来ないのではありませんか」
重苦しい空気を割って響いたのは、甲高い一人の声であった。
「よし、どういう意味だ」
「朝鮮軍、それも王世子が率いて来たという事は敵もタダでは帰れますまい。交渉をするにしてもこのままでは我が方が端から不利な事は自明の理、交渉で有利に立つ為の術を為さねばならないのでは」
よしは暗に一戦交えろと言っているのだ。
確かに数は分からぬにしても、火縄を持つ我が方が軍備は上。
一戦交えたとしても、負ける事は無い。
こちらの力を示した上で、交渉に当たるのも手ではある。
評定衆の中にもよしの言葉の意味を理解する者がいる。
「……殿、御覚悟の程を」
立石盛治がこの場を纏めにかかる。
「陣触れを出せ、朝鮮軍に対馬武士の意地を見せてやれ!」
「「「おう」」」
評定衆が一斉に立ち上がる。
やがて、陣触れの太鼓が打ち鳴らされた。
朝鮮軍と対馬との戦いの火蓋がここに切って落とされた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今後共、よろしくお願いします。
※朝鮮王の補……衣装の刺繍……の龍の爪は四本説と五本説とがあるようです。
本作では、皇帝では無く王と称する事から四本説を採用しています。




