対馬侵攻 【その5】
この回より、しばらく三人称で話しを進めます。
臨海君達、朝鮮軍が大浦に上陸し侵攻を始めて半月以上が過ぎようとしている。
軍を少数の部隊に分け、森林の中を抜けて行く朝鮮軍に対馬の監視の目は行き届かなかった。
加えて、臨海君は村上素十の残した書付を基に集落ごとに朝鮮へ寝返る様に交渉した。
一部の村長は当初、戸惑いと反発を隠さなかったが村上素十の残した書付と、
臨海君が提案した、六公四民と言う破格の租税……宗家は八公二民であった……
加えて当座の下賜米を前にして、朝鮮に寝返る事を承諾した。
それ程までに対馬の島民は疲弊していたとも言える。
臨海君は改めて、戦国末期と言う日本の時代を知る事になった。
その頃、島主 宗 義智の膝下で騒ぎが起こっていた。
大浦衆に付けた目付を筆頭に看過ごす事の出来ない数の目付……
集落に置いている「監視役」からの連絡が途絶えたのである。
「殿、余りにも日が空きすぎております。如何致しますか」
評定の席で舅の立石盛治が声を出した。
言わずも無く分かっている!そう言いたかったが義智は堪えた。
ここで声を荒げても意味がない、心の中のもう一人の自分がそう言っている。
「舅殿の進言、誠にもっとも。誰か、物見に行って参れ」
「「おう!」」
二つの声が重なった。一つは野太く今一つは甲高い。
野太い声は、先代の頃より分家である津奈家を通じてつかえる柳川何某であり、
甲高いそれは、自身の妹の声であった。
「よし、お前は水軍を統べると申したのでは無いのか。物見は水軍の役目ではないぞ」
「物見は水軍でも出来まする、何卒お役目を賜りたく」
義智は眉の間が痛くなるのを感じた。
同じ母から生まれた妹ではあるがなんとも扱いづらい。
幼い頃から父が甘かった事もあり、女だてらに武術に強い興味を示し、
いつの間にか島内でも指折りの腕になっていた。
特に水練と太刀に長けており、指南役だった村上素十以外に勝てる者が殆ど無くなってもいた。
戦国の世、武勇に優れた者は喉から手が出るほど欲しかった時に女も男も無かった。
よしは瞬く間に水軍を統べる頭として重責を担って行く。
事実、壱岐の松浦党との小競り合いでは一度ならず相手を叩きのめしている。
思わず、義智の口からため息が漏れた。
「よし、お前は水軍を率いて海沿いの村を回れ。柳川、お前は街道を進み村を回れ。よいな」
「「おう!」」
再び、野太い声と甲高い声が重なり二つの影が立ち上がる。
柳川より頭一つ大きいよしがその彫りの深い顔の唇の端を釣り上げる。
この、よしの「姿形」も義智の頭痛の種であった。
「醜女の大女」が大方の者のよしの評価である。
優れた武人であっても、大名の娘であればいつかは嫁に行かねばならない。
まあ、醜女を乞うて嫁にした者も無くは無い。
毛利家の吉川少輔次郎然り、関白殿下の……
目の前に跪く人影で義智は思考を打ち切った。
「よし、どうした」
「兄う……殿、お願いしたい事がございます」
「どうした、改って。遠慮はいらん、申してみよ」
「はい、ではお言葉に甘えて」
よしは姿勢を正すと顔を上げて義智の顔を見た。
よしの唇は薄く三日月を描き、端に舌の先が見え隠れしている。
良からぬ事を企んでいる時のよしの癖である。
義智は警戒心を上げたが、時既に遅し。「遠慮はいらん」と言質を取られている。
「関白殿下より賜った、安宅を使いとうございます」
「何!」
よしの言う「関白下賜の安宅」とは関白より送られた、
およそ安宅とは思えない大型船の事であった。
それでも関白殿下、下賜の船である。
何かあっては一大事と、港の奥に係留してある。
よしはその船を使わせろと言うのである。
「ならん! 関白殿下下賜の船に万が一の事でもあったら何とする」
「兄上、書状には「しかと動かし、調子を知らせるべし」と書いてあるではございませんか」
「ならん!」
「兄上、そこを是非」
睨み合う兄妹に割って入ったのは、舅の立石盛治であった。
「殿、この件に限って言えばよし姫様に分がございますぞ」
「舅殿」
「書状だけではござらん、殿下より送られた目付や船頭からも船を動かして欲しいと言われておりまする」
「……」
この事は義智も聞いてはいた。しかし、万が一を考え許可をしていなかった。
確かに船の調子を確認する事も大切ではある。
再び義智の口からため息が漏れた。
「よし、水軍を率いて安宅を守れ。傷一つ付けるで無いぞ」
「分かっております、お任せ下さい」
お前のそのやる気が怖いのだが、とは言うことの出来ぬ義智であった。
矢弾や兵糧の手配を配下に命じ、義智はその場から立ち上がった。
義智は評定の場を後にすると人目を避けるように裏へ向かった。
はたして、裏には先程席を立った、柳川が数名の家人と共に控えている。
そして、地面には質素な格好をした一人の男が平伏している。
「お前が怪しい集団を見かけたと言う猟師か」
義智の問いかけに男は平伏したまま、声を出した。
「……北の森のモノでございます」
「面を上げて構わん、見た事を話してみよ」
「……はい、じつは……」
下克上の時代と言え、身分差は歴然として存在する。
山に籠る猟師は侍の支配を受ける事がすくないとは言え、
島主と言えば、神仏に等しい存在でもある。
その島主からの問いに、男は萎縮しているようであった。
しかし、筋道を立てて物事を語る事は出来るようで、
話しの内容はわかりやすいものであった。
男が縄張りとする森で獣を探している時、森の中を進む一団を見かけた。
遠目ではあったが、ハッキリと見たと言い切る。
一団は刀などで武装しており、服装は見た事の無いなりであった。
男はその日、移動する事をやめその場に留まった。
そして翌日、獲物を探して移動を始めると、
また、同じような一団を見かけた。
怖くなった男は翌日、森を抜け里へ戻った。
そして、里長に事のあらましを話すと城へ報告に行けと命ぜられた。
そして二日の距離を歩いて、城にやって来たと言う事であった。
「大義であった、下がってよい」
「……へ、へい」
「誰か、その者に褒美をとらせよ。メシも食わせてやれ」
家人に連れられて下がって行く猟師が見えなくなると、柳川何某が義智の前に控えた。
「何処の者でございましょうか」
「……」
義智は一旦、言葉を貯めるとゆっくりと切り出した。
「あの者の言う通りであれば、間違いなく朝鮮人だな」
「朝鮮人?」
「ああ、そして揃いの衣装となると只の賊では無い」
「と申しますと」
「朝鮮の正規軍に相違あるまい」
「朝鮮軍、と言う事でございますか」
「そうだ、朝鮮の正規軍が先触れも無しにやって来たと言う事だ」
柳川何某は流石に言葉の意味が分からない者では無いようだ。
まあ、そんな者ではたった二代で家人から評定の席にはべる侍にまで出世は出来ない。
……不味い事になった……
ここにいる者、全員の思い出もあろう。
押し黙る一同を柱の影から観察する者の存在を義智は気付いてはいなかった。
観察者はその唇を三日月に曲げると唇の端から小さく舌をだす。
義智を更なる不幸が襲おうとしていた。
拙作をお読み頂き、心より感謝致します。
また、こうして皆様にご挨拶出来ることが本当にありがたいです。
少しづつ、お話しを続けて参ります。
今後共、よろしくお願い致します。
また、ご感想等々本当にありがとうございます。
返信が遅れておりますが全て拝読しております。
重ねて、心より感謝致します、ありがとうございます。




