兆し ~その頃の日ノ本~
長い間、ご無沙汰しております。
最終章へ向けての説明回のような感じになってしまいました。
お読みいただけたなら、幸いです。
男は目前に腰を下ろした父が口早に伝えた事を「相変わらずだ」、
と思いこそすれ驚く事は無かった。
「では、殿下は関白の職を辞されたという事でございますね」
「……殿下では無い、おみゃにとってはただの父に過ぎん」
「失礼いたしました……では、父上。何故にで御座いますか」
昔から変わらぬ父の迫力のある笑みが現れる。
この笑顔が現れる時は大体にして碌な事が無かった。
父の勘気を被った家臣を庇ったり、父の逆鱗に触れた弟妹を庇ったり……
思えば元服後、自身の仕事の大半は気の短い父親のなだめ役で有った気がする。
まあ、大概は最後に義母が現れて美味しい所を掻っ攫って行くのだが。
「何が可笑しい?わしの顔が可笑しいのきゃ」
「いえ、滅相も御座いません。ただ、父上はまだ仰っていらっしゃらない事がお有りかと」
「ふん、面白ない。あとで驚かせてやろうと思うたぎゃあに」
「申し訳御座いません」
やはり何か「悪巧み」をしている様だ。
だいたい父の言葉に訛りが混じる時は、私人に戻っている時だ。
昔から、この父は子供の様に無邪気に悪戯を仕掛ける癖がある。
まあそれも、自身や弟妹、母や側室に対してぐらいではあるが。
「征夷大将軍を受ける事にしたでね」
「……何故でございますか」
「わしではねえ、おみゃあさんだ」
「は?」
してやったりの表情をした父が少々憎らしかった。
相変わらず、突拍子もない事をさらりとやってくる。
「わしは既に隠居の身だで。家督は早うにおみゃあに譲ったでの」
「確かにそうでは御座いますが」
「だで、おみゃあが征夷大将軍だに」
父は過去に朝廷から征夷大将軍を打診されたが断っている。
そして、武家でありながら官職を登り詰め関白までになった。
摂家のみとされた「関白」への昇進を朝廷の方から打診させ、
摂家の猶子となる事も無く、関白の地位に就いた。
その辺のところは実は男が画を書いて、父が実行した。
まあ、早くから父の目線は国内では無く世界に向かっている。
故に国内の些事には気を使ってもいない。
父が、いよいよ国外へ打って出る。
その布石として関白を辞したのだろう。
切っ掛けは先日の密偵からの報告に違いない。
「……対馬が朝鮮と一戦交えただと」
密偵からの報告を聞く父の目が鋭さを増して行く。
秘匿されている密偵の報告は当初は父のみが、
家督を継いでからは父と自身が聞く事になった。
ここ数年、経済成長が著しい朝鮮が対馬を攻めた。
初め、経済的な安定を背景にした膨脹政策かと感じたが違っていた。
人身売買で蓄財していた対馬が商品の供給元としていたのが朝鮮であり、
それらがバレて反撃されたという自業自得以外何物でもない事件であった。
しかし、密偵の報告には聞き捨てならない事柄が含まれている。
「朝鮮軍は見た事もない火縄を使い、大筒まで用意しておりました」
密偵の報告は間違いではないだろう。しかし、朝鮮は火縄……鉄砲は使っていなかったはず。
加えて宗主国の明に厳しく取り締まられ、火薬は殆ど持ってはいない。
それが何故に日本でも最新技術の筈の大筒まで……
男の思考は父の言葉で遮られる。
「朝鮮軍はそれ程に強いのか」
「はっ、対馬に攻め入った兵に限って言えば厳しく統率されており、加えて練度も高いかと」
朝鮮兵は弱兵で通っている、それが練度が高く統率も行き届いている?
そしてもう一点、とんでも無い事実が含まれていた。
「また、怪我人を捨ておかず、何やら数字を書いた紙を使い仕分けして治療しておりました」
「トリアージ!?」
「どうした、奇妙。鳥がどうしたと言うのだ」
「いえ、父上、申し訳御座いません。勘違いで御座います」
「そうで、あるか」
その後の密偵の報告も驚愕の一言でしか無かった。
父は気付いていないが、あり得ない事が行われている。
軍の規律も対馬兵に施された治療法も「この時代」には無いものだ。
「今世」の朝鮮は、余りにも謎が多い。
貧しく、明国の支配に苦しんでいるはずが豊かになっている事。
それらの事を明国に悟られる事なく、密かに国力を蓄えている事。
こちらからの密偵は悉く刈り取られ、肝心の情報が入ってこない。
相手方の密偵も刈り取ってはいるが巧みに入り込んでくる。
相手方は高度な防諜対策が民衆レベルにまで施されており、
情報収集が困難を極めていた。
宗主国の明はその点がザルで情報は面白いように入ってくる。
加えて、朝鮮の発展は外からでは無く「内」からの技術を中心に進んでいる事。
これらすべてを俯瞰してみれば、見えてくる事は一つ。
朝鮮には自身と同じ「前世」の記憶を持つものが存在するという事。
密偵の報告を聞きながら、時の関白の第一子は考えを巡らしていた。
そして、一つの考えに至る。
朝鮮は敵に回してはいけない。味方につけるべし。
自身の野望に不確定要素を組み込む訳には行かないが、
間違いなく今の朝鮮は役に立つ。
であるならば、先ずはお手並み拝見としようか……
いや、「朝鮮」には持て余し気味の駒の処理をお願いするとしよう。
密偵が退いた後、男は父に一つの策を持ちかけた。
「……ほう、物の怪退治とな」
「はい、昨今この日の本には二匹の大きな物の怪が跋扈しております」
「……東の狸に西の猿か」
「いえ、狸に猿は所詮は獣。東の狢に西の猿でございます」
「どちらでも良い、どうやって退治する」
「……対馬を退けた者共に「物の怪調伏」の任を与えようかと」
「朝鮮が「はい、賜りました」と従うと申すか」
「いえ、それは有りますまい」
「ならば、どうする」
「……如何に朝鮮と言えど、物の怪の方から押入れば調伏するしか有りますまい」
「続けよ」
「……朝鮮には明国までの先導を命じます。当然に朝鮮は拒否致しましょう、そこで朝鮮の態度、不届き千万として攻めれば良いかと」
「ほう、あの狸と猿がそれに飛びつくとでも」
「いえ、共に理由をでっち上げ出陣せぬでしょう。故に此方も策を講じます」
「……策、とな」
「はい。朝鮮を落とした暁には双方に半国づつを分け与える」
「……それで釣れるとでも思うのか」
「我らは後金に加勢し、朝鮮の北側を素通りして明国を攻めると言えば乗って来ましょう」
「なるほど。そして我らの後金への加勢は足止め程度という事か」
「御意」
「何故に飛びつくと思う」
「……狢も猿も共に恩賞に窮しております」
「続けよ」
「天下布武の折、銭や名物で恩賞を払った我らと異なり、あの者たちは領地を恩賞にしておりました。
そして、西国、九州平定では殆どの領地を安堵した為に恩賞とする領地が御座いません。
故に家臣をつなぎとめる為にあの者たちは領地を必要としております」
「その為か、島津を除いて殆どの領地を安堵せよとワシに進言したのは」
「たまたまで御座います。ましてや、西国には我が正室の里もあります故」
「ふん、端から西国は我らの味方ではないか。小賢しい事を申すで無いわ」
「お褒めの言葉と受け取っても」
「好きにせい」
この後、朝廷では瞬く間に朝鮮成敗論が広がる事なる。
過去からの対馬の主張も相まって、日の本では朝鮮を「領国」とみる節が強かった。
故に朝廷の代理である、関白の申し付けを断る事は朝敵と同義である。
程なく時の関白は、主上より「朝鮮討つべし」の勅を賜った。
勅書がもたらされると関白は自ら職を退き、無役となる。
建て前の辞職の理由は、朝鮮を御せなかった責を負ってである。
新たな関白は、先代関白の義理の息子、二条昭実であった。
また、朝鮮成敗のため長らく空席であった「征夷大将軍」に先の関白の実子がつく事となる。
程なく、九州に先陣が作られ兵が次々に集められる。
また、敦賀港にも先陣が作られ征夷大将軍が着任する。
朝廷に伝えられた陣立では、九州から東と西の大大名が朝鮮の南から攻め入り、
征夷大将軍が率いる本隊は、北から後金を従えて攻め入ると言う。
国中から集められた兵は30万とも40万とも言われている。
敵地までの距離が短い九州には、従来の安宅や小早があつめられている。
対して、距離のある敦賀には最新の安宅が集められていた。
特に将軍の乗る「御座船」は正室の実家でもある水軍が運用する、最新の安宅船である。
将軍と呼ばれる事となった男は、高台から港に集められた船を眺めていた。
とやにわに後ろの方から甲高い声が言い争いながら近づいてくる。
「お方様、お待ちください。お方様!」
「構わぬ、上様は心広き方。問題無い!」
男が振り向くと、ふもとから続く道からすらりとした長身に、
若侍のような身なりの彫の深い目鼻立ちの女とそば仕えの女が現れる。
男の正室「能島殿」と侍女であった。
「夕か、どうした」
「おれ……わらわも海に浮かぶ安宅が見とうなった」
「ふ、見とうなったでは無く乗りとうなったの間違いであろう」
「流石上様じゃ、ではおれも付いて行って良いのじゃな!」
「此度はだめだ」
「なぜじゃ!おれも行きたいぞ!」
すねた妻の顔は相変わらず、子供の様だと思う。
自身より一つ年上だが、未だに大人になってはいない。
ある面では遥かに冷静沈着でもあるが、船と戦の事となるとこのざまだ。
嫁取りの時の騒動が走馬灯のように浮かぶが、自ら振り切る。
「……月のものが三か月無いと聞いた、ややを抱いた身体で戦も無い」
「うっ……どうしてそれを……」
忽ち妻の顔が朱に染まる。自身の頬まで熱くなる。
第一、互いに原因におおいに心当たりがあった。
「……それにだ、此度は長の戦になる。かか様を連れて行くなと子供たちに泣かれてしまう」
「うっ……それは、だめだな」
見るからに妻がうなだれている。子煩悩である事も妻の良いところではある。
一呼吸置いたのち、港に浮かぶ御座船に目をやった妻の口からつぶやきとも取れぬ言葉が漏れる。
「天下布武は終わったと思っていたのだがな」
「日ノ本は一つになった、しかし海の向こうに禍根の種が残っている」
「……難しい事は、お……わらわにはわからん。生きて帰って来るのだろう?」
「当たり前だ、俺は死なん。まだまだ死ぬわけにもいかんしな」
「そうか、なら子供の一人や二人連れて帰って来てもよいぞ、お……わらわが育ててやる」
「それはありがたいな。そして俺は鮫の餌か」
「上様を喰らうと能島の主でも腹を壊すぞ」
「そうか、腹をこわすか? うわっはははははは」
互いに大声で笑う主夫妻の笑いのツボが未だに理解できない家臣たちである。
時に天正19年の秋、小春日和の日であった。
ここまでお読み頂き感謝致します。
少し、メジャーどころを取り込んだような感じになりましたが、戦国時代に
海外に広く目を向けていたのはこの御仁が筆頭だと感じます。
転生者が一人では、余りにも日ノ本のハンデが大きいので補正をいたしました。
次回から、最終章へ向かいたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします




