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大同契 【その8】

本日、一話の投稿になります。

 あの青年、朝鮮の王世子セジャと言ったか……

「温室の華」のはずの王世子セジャが冷徹な目をしていた。

まるで日の本の「一廉の武将」の様な雰囲気を纏っている。

そして何より、主家の「秘密」に気づいている様だ。


南蛮の人買いが主家を訪れたのが数年前、その時は死罪にする罪人数人を売り渡した。

その買値に我が主人は魅入られてしまった。

島民を売る訳にはいかない、そして思いつかれたのが朝鮮の民をさらって売り渡す事だった。

多くの家臣が反対したが主人は聞き入れなかった。


太閤の軍が九州を平定に掛かると聞いて主人は焦っていた。

次は我らの番だと。

家臣の一部は城を枕に討ち死にすれば良いと言ったが、

その点は主人がまだ冷静であった。


主人は「戦国の世は終わったのじゃ」と皆に告げた。

ここからは宗家を如何に守るかが肝要。

その主人の考えには異論は無い、しかし手法が道理を外れている。


朝鮮の民を売った銭を元に太閤に早々に恭順した。

そして宗家を守ったのだった。

家を守った事は賞賛に値するし、流石は主人とも思った。


だが、外道の策に魅入られた主人は朝鮮人を攫い売ることをやめなかった。

通信使の件で朝鮮との関係が難しくなった事も主人に拍車をかけた。

我を含め、更に多くの家臣が諌めたが主人は聞き入れなかった。

我は所詮、家臣の一人、最後は主人の言には逆らえぬ。


今までは上手く行っていた。

朝鮮の村を襲った後、水軍の相手をしている隙にさらった朝鮮人を乗せた船を逃す。

その船を南蛮の人買いを連れて来た明国の仲買人との待ち合わせ場所へ向かわせれば良かった。

全羅道水軍は手強いが慶尚道水軍は弱兵だ。

適当に相手をして逃げればそれで良かった。


そしてこの度は人買いの船が複数くる事もあり、

多量に「商品」を手に入れよとの仰せであった。

ゆえに巽竹島ソンジュクトを抑え、ここを起点に集めるつもりであった。


水軍であれ何であれ、朝鮮軍の攻撃はいつも単調にせめて来るだけであった。

大同契テドンゲと言う義兵も手強くはあったが代わり映えはしなかった。

それが今回は待ち伏せを受けた、見事に騙された。

薩摩の島津が使うと噂に聞く「釣り野伏」と言う兵法のようだ。

結果、我を含め、全員が死ぬか捕縛された。


第一、朝鮮軍は鉄砲を使っていなかったはずだ。

それがどうだ、待ち伏せをしていた兵は我らの鉄砲より優れた鉄砲を持っていた。

それも足軽の如き兵全員がだ。

まるでかの、織田上総介おだ かずさのすけの軍勢の様では無いか。


信じられぬ、だが事実だ。兵法でも鉄砲でも今までの朝鮮軍とは違う。

早くこのことを主人へ伝えねば……だが、我は囚われの身。

その上、何に気づいたが知らぬが我一人が別にされている。

あの王世子セジャ、侮れぬ。決して侮ってはならぬ相手だ。






俺は戦の戦勝祝いを認めなかった。

何故ならば、まだ戦は続いているからだ。

俺の当初の目論見と言うか作戦は倭寇を上陸戦で殲滅する予定だった。

砦に篭った軍を責めるのは手強いが、寄せる敵を打つのは容易い。


作戦通りに巽竹島ソンジュクトの倭寇を麗水ヨスまで誘き出し、

殲滅戦に持ち込む事には成功した。

王命に従うなら、俺の仕事はここで終わりだ。


だが、予定変更だ。


俺は野史などの資料が示す様に倭寇の多くは朝鮮人、

明国人で倭人は少なく出撃地も朝鮮国内の離島だと想定していた。


今回の巽竹島ソンジュクト占領も単なる倭寇だと考えていた。

だが、対峙した相手は大名の正規軍の様相を帯びていた。


倭寇の中に朝鮮人、明国人が混ざっているのは間違い無かった。

だが指揮をとっていたのは倭人……日本人、それも対馬島主が後ろで糸を引いてる匂いがする。

俺は予定を変更して対馬本島を目標に切り替えた。


俺が親父……宣祖ソンジョから下賜された「命令書」には倭寇および倭寇に関する者を討伐せよとある。

対馬本島を攻めたところで命令書を逸脱はしていない……よな。

ここで大本を叩いておかないと元の木阿弥だ。


捉えた倭寇の武器を調べると、火縄銃を持っていた。

連中の火縄銃は型式が似通っており、同時期に導入された事が伺える。

複数の火縄銃を導入する財力を倭寇が持っているとはとても考えられない。

間違い無く、後ろには大物が付いている。


それと、村上素十と名乗った自称侍崩れの存在だ。

頭領だと言う人物は賊の頭に相応しい人物であったが、村上は違う。

侍崩れと言いながら上級武士の作法と矜持を忘れていない。


この村上が対馬島主、宗義智配下の侍であることは間違いない。

倭寇の目付役程度ならまだ事はましだが、

倭寇自体が宗義智の指示だったとすると問題は大きくなる。

朝鮮王国への侵略行為となる倭寇である、

宗義智の指示ならば本人に責任を問わねばならない。


俺は対馬侵攻の準備を進めながら、村上を密かに観察していた。

他の倭寇連中が日中をダラダラと過ごしているのに比べ村上は規則正し生活を乱そうとはしなかった。

武器やそれに変わるものは与えていなかったので、支給した「箸」を使って素振りをする。


そして、それが終わると坐禅を組んでいる。

倭寇や対馬に関する話題には一切答えないが、

達者な朝鮮語で日本の昔噺や風景を若い朝鮮兵に語って聞かせていることもあった。


その村上と朝鮮人や明国人の倭寇をもっとも複雑な感情で見ているのが、パク・シルだった。

理由は分かっている。

俺はそんな日々の中で、パク・シルを俺一人となった作戦室として使っている幕屋に呼び出した。


「シル、率直に聞こう。今、お前は何に悩んでいる」

「……」


沈黙が時を支配している、しかしここで「この件」を解決しておかないと次の機会は訪れないと俺は考えていた。

パク・シルは父を倭寇に殺され、両班として産まれながら艱難辛苦を味わってきた。


倭寇……いや「倭人」を恨む事をエネルギーとしてここまでやってきたはずだ。

それが根底から覆されようとしている。

倭寇は捕らえて見れば、大半は倭人では無かった。

その上、数少ない倭人の一人は朝鮮の儒者に匹敵するような人格者だった。

彼のエネルギーの元が根底からひっくり返されたのだ。困惑して当然だ。


朝鮮独特の精神文化として根付いた「ハン」をパク・シルは持て余しているに違いない。


「……シル、お前のハンを解けとは言わない。

王であってもハンを解けとは命じぬであろう。

まして、王世子セジャでしか無い余が言う事では無い。

ただ、これだけは言って置く。

自身の心の命じるままにせよ、曇りの無い目で倭人を見てみるが良い。

余がお前に言えるのはこれだけだ」


「…御意」


パク・シルはそれだけを絞り出して答えると、席をたった。

俺のこの言葉がパク・シルの人生を大きく変える事になる。

それはしばらく先の事であった。


ここまでお読み頂けた事に感謝いたします。

皆様から頂ける、ご感想、ご評価、そしてブックマークが励みになっております。

今後ともよろしくお願い致します。

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