大同契 【その7】
本日、一話の投稿になります。
区切りが悪かったので今回は少々長いお話になります。
港と言うには烏滸がましい程の小さな漁村。
それが、俺の麗水の偽らざる感想だ。
「民の避難は完了したか」
「御意、全て避難致しました」
戦場に一般人を巻き込むのは下策中の下策だ。
しかし、この時代は自主的に逃げない限り、避難誘導と言う概念が無い。
だから、幾許かの食料を持たせて避難をさせた。
戦さ場では邪魔になると言う理由をつけてだ。
変な話、戦国時代の日本もそうだがこの国もまだ戦争をイベント的に捉えている節がある。
まだ民に直接被害の多いこの国の方がマシなくらいだが。
だが、民衆にとって戦争はどこか向こうの方でやっている感覚だ。
民を避難させた村に篝火をいくつか炊く。
これで、倭寇の連中の目印は出来た。
後は見張りに付けている連中から報告が入るのを待つだけだ。
程なく倭寇が出撃したと第一報が入った。さあ「祭」の始まりだ。
俺は軽量化した鎧をつけ、兜を被って小太刀を握った。
氷雨商団の護衛団が身に付けている物と同じだ。
親父……宣祖から下賜された鎧は重くて動きにくい。
握った手に汗が浮かんでくる。柄にも無く興奮している自分がおかしかった。
俺の護衛はパク・シル一人だ。あとは全員、それぞれの持ち場で仕事をしてくれている。
倭寇の「皆様」を手厚く歓待する準備は着々と進んでいる。
俺とパク・シルの様子を探っている「蝿」がいる。
まあ、邪魔はしないだろうから放置しておいたが、
ここからは少し釘をさして置く必要があるだろう。
俺はパクシルを連れて、離れた松林の手前まで移動する。
俺は足を止め「蝿」が現れるのをまった。
「付いてきているのは分かっている、出て来て臣下の礼ぐらいしろ」
俺の声が聞こえたのだろう、息を呑む音が小さく聞こえた。
一人の男が俺達の手前で片膝を付いて頭を垂れた。
「どこの「蝿」……聞くまでもないか。将軍に伝えろ「後片付け」があるから準備をしておけとな」
「御意」
男はそれだけを答えると、踵を返し松林の奥に繋いだ馬にまたがって走り去った。
「……臨海君様、良かったのですか?」
「戦はこれからだ、わざわざ敵を増やす必要もあるまい」
パク・シルは逃して良かったのかと訪ねてきたが、
俺にはどこの「蝿」かは察しは付いている。
それより、今日の倭寇を潰した後の準備をさせておく方が余程値打ちがある。
噂通りの人物だったら「後片付け」で理解できるはず。
それより、目の前の敵だ。
村の山側に、すなわち「海」からは見え難い位置に陣を作るように指示してある。
その陣で作戦の指示を改めて確認する。
護衛団は甲、乙、丙の三隊に分けてある。
「第1陣地、甲」
「「おう」」
兵士達の勇ましい声が帰ってくる。陣地の配置は「ハの字型」陣地。
戦国時代の鶴翼の陣に似ているが、大きく違うのは敵に迫るのは兵士では無く鉛の玉だ。
各部隊、14丁ずつの鳥銃が敵を狙う。向こうも鉄砲を持っているが威力、飛距離共にこちらが上だ。
敵が上陸して来たら光を当てて、目をくらますと共に的を照らす。
そして、打ち倒すのが基本の作戦だ。
前世の第一次大戦の頃の作戦だが、今世では未だに実践された事は無い。
程なく、偵察隊から倭寇が近づいて来ている報告が入る。
俺は各部隊を配置につかせ、静寂を守るように厳命する。
相手の隙を突く作戦で相手に悟られる訳には行かない。
どこかで見ているであろう「蝿」も大人しくしてくれているだろう。
沖合から波音に混じって艪を漕ぐ音が聞こえてくる。
俺は緊張を解すために手を閉じたり開いたりを繰り返した。
これは訓練では無い、実践だ。
俺の指揮に私兵50人と護衛団の命が掛かっている。
日はすでに沈み切っている。漆黒の闇の中に波音を乱す音が聞こえてくる。
倭寇が上陸を始めたようだ。意外に統制が取れているのか、無駄口一つ聞こえない。砂を踏む足音が聞こえてくる。目標地点まで後数十歩と言うところだ。
倭寇は完全に油断しているようだ。武器を手にしているが構えてはいない。
これが連中のいつのもやり方なのだろう。静かに上陸して村を囲んでから襲う。
そして奪い尽くすのだ。だが、今回は違う。お前達を待っているのは食料でも財産でもましてや人質でも無い。無機質な鉛の玉だ。
一団になった連中が目標地点に到達した。
俺は枯れかけた喉を張り上げて合図を出した。
「照らせ!」
一斉にろうそくを立てただけの箱のふたが開けられる。しかし、漆黒の闇にはろうそくの光でも太陽のように感じるだろう。
「「なんだ、一体なんだ!」」
倭寇の連中が騒めいている。俺は小太刀を握りしめ、次の命令を下す。
「撃て!」
地響きの様に銃声が響く。何がなんだか分からぬ内に撃ち抜かれた数人が倒れ、それ以上の数が転げ回っている。
「各部隊、個別に撃て!」
この命令のあとは、各部隊に個別に十射する様に支持してある。
地響きの様な銃声が次々に響く。敵も気づいたのか火縄銃で応戦して来たが、初めから射程距離が違う。加えてこちらは塹壕と土嚢で防御してある。
私兵部隊に被害は無い。
十射終えた所で各部隊には構えを解かず、待機を命じてある。
倭寇達のいたところにまともに立っている者はほとんどいなかった。
俺は事前にそばに呼んでおいた日本語のできる護衛に俺の言葉を通訳させた。
「朝鮮軍だ。武器を捨てて、手を頭の後ろに回せ。もう一度言う武器を捨てて手を頭の後ろに回せ」
「チョウセングンダ ブキステテ テヲアタマノウシロ。 ブキステテ テヲアタマノウシロ」
まあ、こんな物だろう。俺が日本語を喋れるのは秘密にしてある。
何人かの敵兵が刀や銃を捨てて、手を頭の後ろに回した。
「そのまま、こちらへ来い。抵抗すれば撃ち殺す」
「コチラヘコイ サカラウトシヌ」
「甲、丙部隊はそのまま。乙部隊は連中を囲め」
乙部隊と呼ばれた部隊が塹壕を出て、投降兵を囲む。それを確認すると次の命令を出した。
「護衛隊、二人一組で死体と怪我人を改めろ。武器を握って死んでる奴や怪我人は偽物だ。構わぬから切って捨てろ」
人間は瞬間に激痛に襲われると一瞬、力が抜ける。そんな状態で武器を握っていられるはずが無い。武器を握って死んでいるのは、死んだ振りをして隙を伺っている奴だ。
俺の朝鮮語の命令が出た途端、数人の死体が立ち上がって武器を捨てた。
「ちっ……バレてたか」
やはりな。俺達が日本語が分からないと思って正直なものだ。
死んだ振りをしていた連中も投降兵の中に加える。
但し、顔はしっかりと覚えた。
今回、上陸して来た倭寇は百人弱の集団だった。船の見張りに残っていた数人も捕縛した。
護衛団は光に照らされた倭寇の遺骸と怪我人を確認している。
俺の指示に従い、確認の後に数字を書いた紙を置いていく。
この時代、染料は貴重なので数字でトリアージを行っていく。
致命傷を負った怪我人には「情けの一太刀」を与え、怪我の重い者から陣へ運んで治療をさせた。戦いが終われば「敵兵」では無く「捕虜」だ。
ハーグ陸戦協定が無くても、俺はそこに線を引くことを徹底させた。
首領と思わしき男は、先程の「死んだ振り」の中にいた。
俺の前に膝まずかせた男に俺はいくつかの質問をしてみた。
しかし、なに一つ答えようとはしない。まあ、こんなもんだろう。
逆にさっさと殺せと言う始末だ。
「殺しはしない、骸は何も役に立たぬからな」
「コロサナイ シタイ ハタラカナイ」
「次は我らの番だ、お前にも一緒に行ってもらう」
「ワレラノジュンバンダ オマエ ツレテイク」
男の顔色が急に変わった。まさかカウンターを受けるとは思ってもいなかったのだろう。余程、カウンターが嫌なのか「殺せ、さっさと殺せ」と喚き続けている。
俺は男を連れて行かせると、次に先程死んだ振りをした連中を連れてこさせた。
「お前達は倭人では無いな、正直に言え。お前達の内、朝鮮人は誰だ」
俺はわざと早口で捲し立てた。すると一人をのぞいて全員の顔色が変わった。
なるほど、こいつら殆どが朝鮮人か……
「なぜ、朝鮮人が倭寇にいるかは問わぬ。しかし、朝鮮人である以上朝鮮の法に従って貰う。連れて行け」
俺は顔色を変えなかった一人を除いて、他の者を退出させた。
ただ一人残されたにしては、落ち着いた人物だ。
「お前に問おう。お前達倭寇の真の首領は誰だ」
「意味が分からん。首領はもう捕まえただろう」
綺麗な朝鮮語だった。
「意味の無い問答はする気は無い、お前達だけでどうやって「奴隷」を売りさばけるのだ」
初めて男の顔色が変わった。直ぐに表情を消したのはさすがだがもう遅い。
ここ数年の倭寇の行動は以前と大きく変わっている。目的が変化しているのだ。
強盗貿易や食料強奪から「奴隷狩り」に変化している。
西欧の奴隷商人と取引するのにただの強盗集団では無理だ。
それ相応の組織が取引を主導しているのだろう。
朝鮮語を自在に操る事、この胆力。
こいつが「当たり」に一番近い男なのかもしれない。
「答える気がなければそれでもいい。聞く方法はいくらでもある」
「……拷問でもなんでもするがいい」
「そんな無駄な事はしない。本人に直接会って答えて貰うさ」
「なに!」
ついに表情を消す事を止めたのか、男の顔が驚愕に包まれていた。
「……どう言うつもりだ」
絞り出すように男が訪ねて来た。
「問うているのは、余のはずだがな。まあいい、お前達の「首領」に会いに行くと言ったのだ」
「……対馬を……攻めるつもりか」
「さあな、答える必要はなかろう」
男はそのまま押し黙った。
俺はその男だけ別の場所に隔離するように指示をした。
男は余程焦ったのか、自分から正体をバラしてくれた。
間違いなく男は倭寇の目付役だ、対馬藩の関係者に違いない。
倭国……日本は戦国末期で勝組と負組がはっきりと別れた時代に入っている。
当時の対馬領主、宗家はどちらかと言えば負組に近かったはずだ。
しかし、正史にも野史にすら記載は無いが意外と経済的に潤っていた。
歴史家は朝鮮との密貿易や倭寇の収入と主張しているが、それにしては潤い方が違う。生活は質素だが、武器、弾薬を多量に保有していたと言われている。
その「金」はどこから手に入れたのか?
俺の答えは朝鮮以外との密貿易だ。
そして輸出品は「人」そのモノと踏んでいる。
まともな換金商品の無い対馬にそれ以外に何があったと言うのだ。
わずかに野史等に記載が残されている部分に罪人などを奴隷として売ったという記録が残されている。行き先は当然に西欧奴隷商人だろう。
奴隷貿易は旨味が大きい。極論を言えば仕入れは無償に近いからだ。
宗家がそれに気づかないはずは無い、そしてその仕入先を倭寇にやらせれば言う事は無い。商品が届けば御の字、失敗してもリスクはゼロに近い。
どうやら俺の推測は正鵠を射た様だ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
皆様から頂く、ご感想、ご評価そしてブックマークが励みになっております。
今後ともよろしくお願い致します。




