干ばつ 【その4】
本日、一話の投稿となります。
今回は残酷な描写だ出てきます。苦手な方はご遠慮ください。
ソン・ヨナの選んだ買付人は優秀だったようで、各地で着実に米を買い付けている。
俺は王宮での日課をこなしながら、ソン・ヨナに届く報告を受けている。
昼餉を終えて、俺が氷雨商団に顔を出していると慌てた使用人が駆け込んで来た。
ソン・ヨナが呼ばれて、その使用人の話を聞きに行った。
程無く、そのソン・ヨナが慌てて俺の元にやって来る。
「大変でございます、水争いが起こりました!」
あの使用人が持って来た急報が水争いが発生したと言う知らせだった。
水争いとは農民同士が水の取り合いをして争う事件だ。
集落単位や小さい規模では個人同士で争いが起こる。
米作りは水が命の農業だ。水争いは単なる喧嘩に終わらず、殺し合いに発展する。
特に今回の様な干ばつが派生している時には、その争いは激しさを増す。
「パク・シル、使いをやってリュ・ソンニョンを呼んで来い。必ず本人に来る様に伝えてくれ」
「御意」
パク・シルは俺の護衛の一人を使いにやる様だ。書簡を書く間が惜しいので一言書いた紙を持たせる。
持たせた紙には、『この者我の使い也 イ・ジン』とだけ書いた。
リュ・ソンニョンならこれだけで意味が分かるだろう。
あの村はリュ・ソンニョンの影響が大きい。
水争いを収めるには、リュ・ソンニョンの力がいる。
俺はパク・シルに馬に乗せてもらい、氷雨商団の畓のある村へ急いだ。
あの村のかんがい施設はかなり痛みが激しかった。
かんがい施設の中心となるため池も堤の老朽化が進み、取水施設も無理やり使っている状態だった。
俺が農業を始めるにあたり、俺の私財を使って改修を進めた。生活用水も改善した。
当然に村の者たちには無償で利用しても良いと伝えてある。
村長にすれば、自分達は本農であり有力者のリュ・ソンニョンの一族の農地を作っているから当然だと言う態度だったが……
連中にすれば、俺は金は持っているがたかが「商人」でしか無い。
この干ばつの中で水争いが起こっていれば、その的は氷雨商団の持つ農地、
そしてその農地を作っている小作人達に向かう。
ジリジリとした気持ちの中、馬は村に到着した。
人の争う様な喧騒は聞こえていないが、村全体から痛い様な雰囲気が漂っている。
殺気とでも言うのだろうか、体中の毛が逆立つ様な感覚に苛まれる。
馬を止めた俺たちの前に村長と数人の男達が立ちふさがった。
手に手に鍬や鎌などを武器の様に持っている。
俺は自分自身に冷静になれと言い聞かせて、馬から降り立つ。
「……これはどう言う事だ」
「お前達には関係ない、ワシらの言う通りにしてればいい」
完全に臨戦態勢に入っている。パク・シルの腕なら問題ないが……
「通してもらうぞ」
「!!」
道を塞ごうとした村長達だったが、パク・シルの眼力に気圧されて道を開ける。
しばらく歩くと氷雨商団の畓が見えて来た。
案の定、畓は全て荒らされていた。畔も潰されている。
後ろから村長達が付いて来ているが放っておいた。
俺は急ぎ足で小作人達の住居へ向かう。何かおかしい。
これだけの事をされていながら、小作人が一人も顔を出さなのだ。
小作人達の粗末な住居が見えて来た。しかし雰囲気が変だ。
元々粗末ではあったが、住居が完全に潰れているのだ。
周りに何かがいくつも横たわっている。
俺は駆け出そうとした。しかし、俺をパク・シルが押しとどめる。
「離せ!パク・シル!」
「どうか、お待ちを」
俺の小さな身体など、鍛え抜かれたパク・シルに抗う事など出来ない。
そんな俺の脇をすり抜けて、数人の護衛が駆けていく。
護衛達は潰された家だったモノの周りに散らばる何かを次々に確認してゆく。
そして、パク・シルの方を見ると小さく首を振った。
潰された家の周りに散らばっていると感じたのは「人」だ。
粗末な衣服をつけた人が倒れているのだ。
男も女も……小さな身体もあった。
倒れている周りには黒いシミが広がっている。
俺は後ろをついて来ている村長達に振り返った。
「……何をした」
俺の詰問に村長は悪びれる事も無く口を開く。
「ワシらに逆らったから懲らしめただけだ」
「……何……」
村長は俺の顔色が変わって行くのも気にせずに続ける。
「奴らは所詮は小作人だ。ワシらはリュ・ソンニョン様の農地を作る本農だ。逆らえば懲らしめるのは当然だ」
「……そんな決まりが何処にある」
「金は持っているが、道理は知らない様だな。身分の低い者は高い者に逆らってはならん。それが道理だ」
「……そんな道理が何処にあるのだ」
「国王様がお造りになった道理だ。餓鬼の癖に偉そうな口を聞くとお前も懲らしめるぞ。所詮は商人など賤業だろ」
「ほう、私を懲らしめると言うのか」
「なに……餓鬼だと思って甘い顔をしていればいい気になりやがって」
村長の捨て台詞と共に付いていて来ていた村人達が手にした得物を構える。
パク・シルが鯉口を切ろうとした時に村の方から黒笠を被った数人が駆けて来るのが見えた。
村長達も気づいたのか、そちらに意識を移している。
「何があったのだ」
村長に声をかけたのはリュ・ソンニョン本人だった。
村長は媚びる様な顔を貼り付けて話し出した。
「そのもの達に道理を教えようと致してまして」
村長はリュ・ソンニョンに問われるままに、水を独占しようとした時に氷雨商団の畓を作っている小作人達に抵抗されたので懲らしめたと訴えた。
俺が危惧していた通りの内容だった。
リュ・ソンニョンは複雑な表情をしている。確かにそうだろう。
この国の庶民の命は軽い。そして身分差は厳格に規定されている。
前世で民主主義の元で命は重いと教えられた俺が単に怒りを覚えているだけだ。
リュ・ソンニョンの複雑な顔を見ているうちに俺は少し冷静さを取り戻している。
しかし、このままでは終われない。小作人とは言え、俺の財産を守る為に殺された者達の仇をとってやりたい。
「……リュ・ソンニョンよ、余の名を言ってみよ」
「!?」
「聞こえなかったか、リュ・ソンニョン。余の名を言ってみよと問うている、答えよ、リュ・ソンニョン!」
突然に変わった俺の態度に村長達は呆気にとられている。
そして、リュ・ソンニョン当人は当惑した表情を浮かべていた。
しかし、何かを悟った様に表情を改めると、リュ・ソンニョンはその場に跪いた。
「朝鮮王国 第一王子 臨海君様にリュ・ソンニョンがご挨拶致します」
リュ・ソンニョンはその場で俺に拝礼したのだった。
それを見たリュ・ソンニョンの護衛達が跪き、村長達は腰を抜かす様に崩れ落ちた。
「リュ・ソンニョンに問う。この者達は道理と言ったが、道理に従えばこの場をどの様に収めれば良い」
「……それは……」
「では、こう問えば良いか。王族の財産を荒らし、王族の畓(タプ)を作る者達を殺した者達はどうすれば良い。道理に従って答えてくれ」
リュ・ソンニョンは答えを言う事が出来ない。
それはそうだろう、連中はリュ・ソンニョンの財産の為にやったと言っているからだ。
道理で言えば、責はリュ・ソンニョンに及ぶ。
「ではこうすれば良いか、この者達がした事と同じ事を余がすれば良いか。村人全員を打ち殺せば良いのか」
俺の台詞を聞いて、村長達が震え上がっている。
「……臨海君様、どうぞお許し下さい。お願い致します」
リュ・ソンニョンが頭を地面に擦り付けて許しを乞うてきた。
リュ・ソンニョンの立場なら知らなかった事と言って、村長以下を処罰すればすむ。
それを自身が許しを乞うている。ここらが落とし所だろう。
「死んだ者達を手厚く葬ってやれ、良いな」
「必ず、このリュ・ソンニョンが葬ります」
「……この者達の事は大監に任せる、良いな」
「わかりました」
俺が怒りに任せて村長以下の村人を皆殺しにしても罪に問われる事はないだろう。
この国はそう言う国だ。
リュ・ソンニョンに普通なら打ち捨てられてしまう小作人達の亡骸を葬る事を命じた。
両班にとっては屈辱だろう。
俺はこれで矛を収めた。これでリュ・ソンニョンに貸しを一つ作った事になる。
この干ばつを乗り切る為に、今は不要な敵は作る事は出来ない。
俺は煮えたぎる怒りを収めて村を後にした。
言い知れぬ不快感だけが俺の中に残る事になった。
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