干ばつ 【その3】
本日、一話の投稿となります。
親父……宣祖は一瞬、呆然としていた。
何が起こっているのか、これから何が始まろうとしているのか……
それらの事が頭の中をよぎったのだろう。
「キム・ゲシ、義禁府判事を呼んで参れ!」
親父……宣祖の命令に動こうとしたキム・ゲシを俺は目で止める。
この勢いでは義禁府を動かして大々的に倉改をやりかね無い。それは不味い。
「……国王様、しばらくお待ち下さい」
「臨海君、何故に止める」
「このまま義禁府を動かせば、民の間に動揺が広がります」
俺は義禁府を動かさず、密かに事を進める必要性を説明する。
「このまま、義禁府を動かし倉を改めさせれば、その事で民に動揺が広がります」
「……続けよ」
「今、干ばつが起こっている時に民に大きな動揺が無いのは昨秋の豊作で米が倉にあると信じているからです」
干ばつが起こった今、民が何とか冷静を保っていられるのは倉に米があると信じているからだ。
それを各地に義禁府の兵を派遣して倉改をすれば、米が無い事実が広がり民が動揺する。
その動揺は不安を煽り、一揆につながりかねない。
今、事実を公表する事は悪手に過ぎる。
「では、どの様にすれば良いと言うのだ」
「密かに倉を調べさせます」
俺はそう言うと、キム・ゲシに目を向けた。
親父……宣祖も気づいた様だ。
「体探人を使えと言うのか」
「左様です、体探人を使い密かに倉を調べさせます」
「その後はどうする。米が無ければ飢饉は免れぬぞ」
「米は私が集めます」
親父……宣祖の顔が怪訝な風を浮かべる。それはそうだろう。
例え王子とは言え、10歳の子供が米など集めれるはずが無い。普通ならば、の話だが。
俺には氷雨商団と言う手段と莫大な資産がある。
「氷雨商団の力を使って買い集めます」
「……王族が商人の真似事をするのか」
親父……宣祖は何とも遣る瀬無い顔をしている。
この国。この時代では商業は賤業として見下されている。
それを王族が行うと堂々と宣言しているのだから……
親父……宣祖の気持ちも分からなくは無い。
しかし、今はそんな事を言っている場合では無い。
大袈裟かも知れないが国の命運がかかっている。
体面や王族の矜持に拘っている時では無い。
親父……宣祖もそれが分かっているのか、遣る瀬無い顔はしても止めようとはしなかった。
「……王様には朝議の席で倉を改める事を仰って頂きたいと存じます」
「先程は内密にと言ったのでは無いか??」
「倉から米を掠めたネズミを炙り出す為でございます」
俺はここで作戦を説明する。
米を横領して横流ししている奴は間違い無く王宮の役付きにいる。
ただし、かなり焦っているのか素人なのか……処分の仕方が甘い。だから、罠を張る。
朝議の席で親父……宣祖が倉を改めると宣言すれば、犯人は必ず焦る。
そうすれば、何処かで尻尾を出す。そこを抑えるのだ。
罠はいくつか仕掛けて置く。そして、必ず動かぬ証拠を掴む。
こう言う連中はどこかで息の根を止めておかないと何度でも繰り返す。
親父……宣祖は俺の作戦に乗ってくれる様だ。
米の買い集めは俺が独自に進める事とした。
王宮の金を動かせば、どこかで情報が漏れてしまう。
倉に米が無い事はギリギリまで伏せる必要があるからだ。
キム・ゲシは体探人の頭領に親父……宣祖の命令を伝える為に先に便殿をでる。
俺も続いて便殿を後にした。俺は内殿へ一旦帰り、直ぐに氷雨商団へ向かった。
氷雨商団の店舗ではソン・ヨナが数人の元妓生達と仕事をしている。
「ソン・ヨナ、少し話がある。構わないか」
「はい、何でございますか」
俺とソン・ヨナは席を外して、小部屋へ移動する。
「……ソン・ヨナ、米を集めてくれ」
「承知いたしました」
「……理由は聞かぬのか」
「臨海君様を信じておりますので」
ソン・ヨナの微笑みに媚びる様な雰囲気は無い。本当に信じてくれている。
「余の財産を全て使って良い、買えるだけ集めてくれ」
「分かりました……しかし、かなりの量になりますね」
「ああ……かなりの量になる」
ソン・ヨナは楽しそうに話している、本当に癒される。
「しかし、買い付けに行くにしてもかなりの金子を持ち歩く事になりますね」
思案顔のソン・ヨナに俺は解決策を提案する。
「余の金子は王室の換に替えておく、それで問題無いであろう」
「……王様の御裁可が下りるのですか??」
「問題無い、御裁可はもう頂いている」
「そうですか……それでは買付けに向かう者を選びましょう」
そう言うとソン・ヨナは立ち上がって部屋を出て言った。
俺はソン・ヨナが立ち去った席を見つめながら、先ほどの親父……宣祖とのやり取りを思い出していた。
そして親父……宣祖から了解を取り付けた、換の事を。
換は言わば約束手形の様な物だ。王室の発行した換は信頼が高い上に安全だ。
強盗や泥棒に奪われたとしても滅多な事で換金は出来ない。換は持つ人間をも選ぶのだ。
換の発行には国王の裁可が必要になる。
俺は今ある資産を殆ど換に変える事にした。
親父……宣祖と相談して、とある毒をたっぷりと染み込ませた換だ。
さあ、準備は出来た。泥棒ネズミを炙り出すとしよう。
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