干ばつ 【その5】
本日、一話の投稿となります。
氷雨商団の畓がある村での事件から数日が過ぎた。
漢陽ではリュ・ソンニョンの村で盛大な両班の葬礼が出たと噂になった。
誰が死んだかは、誰も知らないが大きな葬礼であった事から話題になっている。
リュ・ソンニョンは約束を守ったと言う事だろう。
そんな噂も数日すれば消え失せてた。人の噂などあっと言うまに消えて行く。
そうこうする内に各地に散らばった氷雨商団の買付人の元に米が集まって来た。
集まった米をどの様に保管するかが課題だったが、親父……宣祖の強い意思もあり、再び倉に収めた。
古くなった米との入れ替えや護衛の役人を信用おける者に置き換えると同時に倉に収めて行った。
そんなやり取りを氷雨商団の店でやっている時に王宮から俺に使いが来た。
「リュ・ソンニョンが余に面会を願い出ていると言うのか」
「御意。臨海君様のお帰りを王宮でお待ちです」
「分かった。なるべく早く帰ろう」
王宮からの使いは、リュ・ソンニョンの先触れがあった事の知らせだ。
すれ違えば、挨拶ぐらいは交わすが畓の一件までは言葉すらまともに交わした事は無い。
それが、先触れを寄越し俺の内殿まで来るという。
何の用事か位は考えなくても分かる。
余り会いたいとは思わないが、会わずに置くわけにも行かない。
俺はソン・ヨナを連れて王宮への帰路に着いた。
来客がある時に俺付きの女官であるソン・ヨナが居ないのは問題になる。
普通は女官は頻繁に王宮から外出は出来ない。
内殿に帰り着いて、一休みした後にリュ・ソンニョンを呼びにやった。
程なくリュ・ソンニョンがやって来た。お供や取り巻きも連れずに一人でやって来た様だ。
官服姿のリュ・ソンニョンは俺への拝礼を済ますと薄い冊子といくつかの書付を出してきた。
「臨海君様、どうかこれらをお納め下さい」
「……なんだこれは」
薄い冊子をめくってみる。まだ真新しい名簿だった。
中身を見ると、俺は思わず目を見開いてしまった。
それは、奴婢の名簿だった。
真新しい所を見るに奴婢に落とされたばかりの者達の名が記された名簿だ。
名簿に載せられた奴婢は老若男女、様々な者達がいる。
家族単位で奴婢にされた者も多い様だ。
リュ・ソンニョンはこれを俺に収めろと言う。
ここまで来れば、少々察しの悪い者でもこれが何なのかは分かる。
「……何が目的だ」
「目的など御座いません、ただお詫びの印としてお持ち致しました」
「……詫び?」
俺は今一度、冊子に目を通す。
その中にあの村の村長の名前があった。
「どう言う意味だ」
「そのままの意味で御座います」
リュ・ソンニョンは説明しようとしない、俺に察せよと言っているのか。
「あの村の者達を奴婢落ちにしたのか」
「……王族の財産を荒らした者達です、命があっただけでも良かったかと」
リュ・ソンニョンの言う事は間違ってはいない。
名義は氷雨商団であったとしても俺はあの場で王族の財産と言い切っている。
であれば、厳しく罰するのがこの国の道理ではある。
加えていくつかの書付はリュ・ソンニョンの財産の様だ。
俺は何か引っ掛かる物があって素直に受け取る気になれない。
思考を巡らしていると一つの懸念に引っ掛かった。
俺に奴婢達を引き渡すと言う事、即ち官奴婢にしようと言う事か……
例え私奴婢でも俺の元なら酷い扱いは受けないとでも考えたのか。
このまま、いい様にあしらわれるのも癪だ。
正直、リュ・ソンニョンには悪い印象は無いが、手の内が見え透いている。
あのまま、村を放置すれば俺の怒りをいつ買うか分からない。
加えて、畓を荒らした事や水路、ため池を乗っ取った事の保証を言われるかもしれない。
それを防ぐなら、先に奴婢に落としてしまえば良いと考えたのだろう。
土地持ちの農民であっても、王族の怒りを買ったとなれば生活に影響する。
加えて、大商人の氷雨商団の怒りも買っている。
農民の生活は崩れやすい。崩れた農民の生活は下手な奴婢よりも悲惨な生活になる。
まあ、リュ・ソンニョンの考えならこんな所だろう。
ついでに俺の貸しも清算しておこうと言う所か。
誰がその手に乗るか。
「……分かった、大監の好意を受け取るとしよう」
「有難き幸せ」
リュ・ソンニョンは俺に頭を深く下げた。
「ソン・ヨナ……奴婢の相場はどうなっている」
「奴婢の相場で御座いますか……」
俺とソン・ヨナの会話を聞いたリュ・ソンニョンの顔色が一瞬で変わった。
「い……臨海君様……」
「どうした、大監、顔色が悪いぞ」
「いえ……」
「大監から託された、この奴婢だが余の元では仕事が無い。故に売ろうと思うのだが、何かあるか」
リュ・ソンニョンが呆気に取られている。
俺が連中を手厚くもてなすとでも思ったのか。
殺しはしないが地獄は見て貰う、家族も同罪だ。
気の毒だと感じるかも知れないが、チョヌ達小作人は家族共々殴り殺されたのだ。
だから、奴婢に落ちた連中を身分が落ちただけで元の生活を送らせるつもりは無い。
家族も親族も全員、バラバラに売ってやる。それ位の苦しみは受けて貰おう。
俺のそんな思惑に気付いたのか、リュ・ソンニョンが一つの提案をして来た。
「臨海君様……その奴婢達を私が買い取る事は出来ますでしょうか」
「ほう……大監が買い取ってくれるのか」
「はい、是非に」
リュ・ソンニョンはハッキリと買い取ると答えた。
値段等の話しは氷雨商団に一任だと答えると、リュ・ソンニョンは内殿を後にした。
普通の奴なら、少しばかりの抗議はしても自ら買い取るとは言わないだろう。
リュ・ソンニョンが人徳者だと言われる所以かも知れない。
俺は席を辞しようとするリュ・ソンニョンに書付……資産目録を返した。
貰う理由が無いからだと言っておいた。
ここで、リュ・ソンニョンの恨みを買うのは得策では無い。
無念の死を遂げたチョヌ達はこれで少しは恨みが晴れただろうか。
奴婢落ちした村人達に奴婢としての苦しみを与える事は出来なかった。
しかし、これからジワジワと苦しんで行く事になるだろう。
リュ・ソンニョンが人徳者だと言っても奴婢は奴婢だ。
そんな事を考えながら、ソン・ヨナの淹れてくれた茶を飲んでいると一人の女官が知らせを持ってきた。
尚衣院に多量の換を持ち込んだ者がいると言う情報だ。
「知らせ、大義だった。ところで持ち込んだ換はどの様な換だ」
「それは……」
女官が語ったそれは、俺が毒を染み込ませた換に違いは無かった。
換を持ち込んだ人物。それは仁嬪の弟、キム・ゴンニャン(金公諒)だった。
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