干ばつ 【その2】
本日、一話の投稿となります。
大きなトラブルも無く、俺は日程を終えて漢陽へ帰ってきた。
親父……宣祖への報告を済まし、数日を雑用に費やしてから、
俺は氷雨商団へ顔を出した。当然にソン・ヨナも付いて来る。
「ソン・ヨナ、米の取引の記録を見せて欲しい」
「分かりました」
ソン・ヨナはそう言うと、棚から数冊の冊子を抜き出して来てくれた。
そこには、米の取引を行った記録が時系列で記録されてあった。
「臨海君様これを」
「これは……」
ソン・ヨナが差し出した冊子には、米の単価が取引のたび毎に記録されていた。
一目で単価の動きが分かる様に工夫されている。流石、ソン・ヨナだ。
「ソン・ヨナ、助かる」
「いいえ」
ソン・ヨナは俺の賛辞に笑顔で答えてくれた。
米の取引価格を見て行くと、価格が低価格で動いている事が分かった。
この低価格が数年続いている。去年の大豊作の後は更に値が崩れている。
要は市場に米が常に供給されている事が見て取れる。
世間は常に飢餓状態にも関わらずだ。
生産者である農民が食料に困窮している中で、市場には米が過多気味に米が供給されている。
これは俺が以前から疑問に感じていた事を裏付けている。
何処かから、米が安価で供給されていると言う事実だ。
俺はこれについて、いくつかの仮説を立てていたが結果には至っていなかった。
それが、先日の行幸で答えを見つけた様に感じたので確認をしたのだ。
結果、間違いなく市場に米が供給されている。
では、その米は何処から供給されたのか?
朝鮮王国は明国の柵封国だ。しかし、明国から供給される事などあり得ない。
そこまでの商圏は確立されていない。朝鮮王国は基本、鎖国状態だ。
明国であっても広く交易をしている訳では無い。まして、経済の根幹の米を簡単にやり取りはしない。
倭国……日本からという事もあり得ない。日本の窓口たる対馬に余剰米は無い。
では、何処からか。
答えは簡単だ、朝鮮王国。すなわち国内と言うことだ。
俺は当初、投機目的で米を溜め込んでいる商人がいると見込んでいた。
しかし、今、米価の動きを確認したら投機対象になる価格では無かった。
値が崩れているのだ。しかし、売っている奴は構わずに大量に売っている。
こんな売り方は商人の売り方では無い。素人もいい所だ。
ハッキリ言おうか。明らかに売り急いでいる価格でしかない。
手持ちの米を早々に金に変えたい奴の売り方だ。
昨秋の豊作がそれに拍車をかけている。
俺はこれらの資料を整理して報告する事にした。
ここから先は俺の手には余る。あまりに事が大きすぎるのだ。
俺は親父……宣祖の元へ使いを出し、面会を申し入れた。
この話は朝の挨拶の席で簡単に出来る話では無い。
程なく帰って来た使いは、親父……宣祖が直ぐに会うとの返事を持ち帰った。
事の重大さを親父……宣祖も分かっていると言う事だ。
俺は支度を整えると、親父……宣祖の便殿へ向かった。
便殿には親父……宣祖とキム・ゲシだけが待っていた。
「王様、先ずはこれらの資料をご覧ください」
俺はキム・ゲシに資料一式を渡す。
「これは??」
「ここ数年の米の価格の動きです」
親父……宣祖は資料を広げて目を通す。やがて怪訝そうに顔を上げた。
「……この様な値で米が買えると言うのか」
「間違いはございません」
「……余りに安いのでは無いか」
「昨秋は豊作でした故に安いと思われます。しかし、それ以前にも安い値で取引されております」
親父……宣祖は難しい顔をして黙り込んでしまった。
当然だろう。
米価は単なる「米」と言う作物の値段では無い。言わば物価の基準なのだ。
前世で言えば米ドルの価格といえば分かりやすいか。
例えばドルが暴落すれば、世界的な経済恐慌が発生する。
今世の朝鮮王国では米価は国の経済の基幹になる。
それが安価で取引されていれば、国の財政は破綻する。
親父……宣祖は馬鹿では無い、この事に気づいたのだろう。
そしてもう一つの疑問にも辿りつくだろう。
『何処から多量の米が供給されたのか』と言うことに。
米の流通量は完全では無いが、ある程度コントロールされている。
生産量の半分以上が税として徴収される以上、国がコントロール出来るのは間違い無い。
それが、価格が下落する程の供給過多になっている。
組織的に多量に供給されていると言うことだ。
「王様、もう一点申し上げたき議がございます」
「構わぬ、申してみよ」
「ありがとうございます、それでは……」
俺は先日の行幸の際の倉での出来事を話した。
倉にいる猫が痩せていると言う事をだ。
「猫が痩せている??それがどうしたと言うのだ」
「倉の警護の長が言うのはその猫はネズミ獲りが得意な猫だと申すのです」
「……ネズミ獲りが得意な猫が痩せている??……!!」
親父……宣祖も理解した様だ。
倉の猫が痩せている、それはすなわち倉にネズミがいないと言う事だ。
ネズミがいない倉、それはネズミが集まる理由がないと言う事……倉にネズミの餌が無いと言う事だ。
倉に米が入っていない……兵糧米、救貧米が入っていないと言う事実に親父……宣祖の顔が色を失って行く。
干ばつが始まり、被害が始まり出しても今だ国内が平穏なのは昨年の豊作を受けて倉に十分に米があると皆が信じているからだ。
それが無いとなると、どの様な騒ぎになるか予想もつかない。
親父……宣祖はその事実に気が付いたのだ。
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