干ばつ 【その1】
更新が滞り、申し訳ありません。本日、一話の投稿となります。
大豊作に湧いた宣祖16年(1583年)も終わりを告げた。
この年の冬は秋の大豊作の余韻が残る冬だった。
ロクな出来事の無い世相において、大豊作は唯一の明るい話題だった。
結果、歴史の歯車も大きく変わり始めている。
その一つがイ・イの献策、「十万養兵論」だろう。
前世では、「十万養兵論」は官僚達や王からも強い非難を受けたと言う。
その理由が、国民にこれ以上負担を掛けられないからだ、と実録には記載されている。
「十万養兵論」が否決された事は歴史の事実だ。
しかし、この時代の為政者が国民の事を考えて政策を変えることがあるのだろうか。
あり得ないと俺は考えている。
この時代、後金からの圧迫が激しく、度々争いになっている。
加えて、干ばつや大水害などによる飢饉も多発してた。
単純に国庫に、兵力増強に耐えうる余裕が無かっただけだと俺は考えている。
結果的に兵力の未整備は壬辰倭乱に置いて大敗北を気してしまう。
実録の記述はこの事実を踏まえて書かれた様に思う。
献策者のイ・イが十万養兵論を最後に亡くなったのも影響しているのだろう。
しかし、この時代では献策が認められた。
そして、イ・イは健在で要職を担っている。
一つのきっかけによって人の営みが大きく変わることがあっても、自然の流れは変わらない様だ。
この数年でそれを実感した。俺の記憶にある災害の記録はこの世界でも繰り返された。
今年、海州を中心に干ばつが発生する。
そして、国中に飢饉を引き起こす事に繋がって行く。
もどかしいが今の時点で、干ばつの発生を訴えて手を打つ事は出来ない。
どの様に説明しても、理由が無いからだ。
俺に出来るのは、少しでも飢饉に備える対策を拡げる事だけだ。
孝行芋……サツマイモは未だに手に入らない。
今はカボチャの栽培面積を増やす手段を模索している。
去年の大豊作の時に安い米を買い漁り、地方に分散して保管してある。
俺一人が不安を抱えている春先が過ぎ、農繁期の声が聞こえ始めて来た。
土作りは毎年進める事が出来るので進捗を見る事が出来ているが、
かんがい施設の整備には途方もない時間がかかり、殆ど進捗を見ていない。
今年の干ばつを最小限の被害で乗り切り、冬の飢饉には備えた米を放出する。
国庫にも軍米や倉米としてかなりの米が蓄えられている。
飢饉対策は形の上ではかなり進んでいる。
農繁期に入り、農作業が進んで行っても雨は殆ど降らず苦労して作付けを行なっている。
梅雨に入り、少しは雨が降ったものの降水量は極端に少ない。
脆弱なかんがい施設では、この夏を乗り切る事は出来ないだろう。
王宮では何回もの雨乞いの儀式が執り行われた。
しかし、殆どその効果は現れない。当然だ。
雨乞いなど迷信に過ぎない。
ただ、国王が何らかの対応をしているとのパフォーマンスだ。
そんなある日、便殿へ呼び出された。
「臨海君、余の名代として雨乞いの儀式をして参れ」
「雨乞い?!ですか」
俺は突然の無茶振りに思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「そうだ。余は今、漢城を離れられん」
「私で宜しいのでしょうか」
「余は臨海君(イメグン)に命じている。そなたは臨海君では無いのか」
「……王命、命に替えましても果たしてまいります」
親父……宣祖の目が笑ってやがる。
国王が王族に名代を命じる事は時折ある。
それは、大した事の無い仕事の場合だ。
「雨乞い」は前世の感覚からすれば、チョロい宗教行事に感じるがこの時代は違う。
森羅万象を司る天帝に対して国王が願い事をするのだ。
干ばつに窮する民を慰撫する目的もある。本来は国王が自ら赴く事案だ。
それに対して名代を立てるという事は、一番王に近い人物という事になる。
ハッキリと言えば、王世子の仕事だ。
仁嬪辺りが暴れ出さないか心配だがね。
行幸……雨乞いの旅は、あまり遠くない地域を周る事になった。
海州へ行きたかったが、遠いので無理だった。
この時代の旅行は場合によっては命がけだ。
一軍を護衛に付けられたが、それでも遠出は認めてもらえなかった。
行く先々では、歓待などはなかったが快く迎えられた。
干ばつは始まっているものの、昨秋の大豊作が人々の不安を和らげている様だ。
行幸の途中、倉のそばで休息をとる事になった。
倉は備蓄米の保存場所だ。
倉は封印され、兵士が見張っている。
俺はそんな倉を遠目に見ながら、指揮所で休息している。
休息している俺の足元に一匹の猫が近づいてきた。
人馴れしているのか、俺の足にすり寄ってくる。
気づいた倉の護衛指揮官が猫を捕まえようとするが、俺が手で制した。
俺は前世から、猫が嫌いでは無い。
擦り寄って来る猫はかなり痩せている。
その時、何か違和感を感じた。
俺は護衛指揮官に声をかけた。
「この猫は、ここで飼っているのか」
「はい、倉のネズミ除けに数匹の猫を飼っております」
「そうか……この猫はネズミ取りが下手なのか?」
「はい??」
俺の唐突な質問に指揮官が戸惑っている。それはそうだろう。
都で噂の王子が立ち寄ったかと思えば、猫のネズミ取りの腕を聞いて来る。
誰だって戸惑うだろう、俺だって戸惑う。
「別に将軍を咎めだてする訳では無い、ふと気になっただけだ」
「……そうですか。その猫はどちらかと言えばネズミ捕りが上手だったと思いますが」
この指揮官は中々、真面目な様だ。俺の無茶振りにも丁寧に対応してくれる。
「そうか……上手いのか」
俺の頭に引っかかった違和感がはれた様な気がする。
しばらく休息すると、俺は礼の代わりに幾許かの金子を与えてその倉から出発した。
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