稲作への挑戦 【その9】
投稿予約、しくじっていたようです
1日遅くなりましたが、本日一話の投稿です。
秋を迎えて、俺は10結の畓から例年の5倍近い米を得た。
俺の農法は間違って無かった。俺の知識はこの時代でも通用する。その確信がこの秋の最大の収穫だった。
「ソン・ジン」としてリュ・ソンニョンより引き受けた、今回の営農方法のまとめ……農事書を氷雨商団を通じて納めて数日後の事だ。俺は内殿でリュ・ソンニョンの訪問を受けていた。
一通りの通例的な挨拶の後、俺が先に口を開いた。
「リュ・ソンニョン、どの様な要件で来た」
「……これで御座います」
リュ・ソンニョンは俺が書いた農事書を俺の前に押し出した。
「……これは何だ??と、惚けるのはダメか」
「この一冊で数えきれない民が救われます」
「では、大監が公表すれば良いでは無いか」
「……道理に背きます」
この男はこう言うヤツだ。左議政(宰相)まで上り詰める程、政治が出来るのに腹が白い。
農事書の一冊くらい、自分か部下が書いたと報告すれば良いのに出来ないと言う。
「一介の百姓が書いたと言えばよかろう」
「東人の手柄となります」
「では、どの様にしろと言うのだ」
「……臨海君様、直々に王様にご報告下さい」
出来るか〜〜!!と大声を出したかったが、我慢した。
別に悪気があって言っているのでは無い事が、逆に始末に悪い。
俺は何とか良い手が無いか、必死に考える。
「チョヌ……あの小作人が書いた事にすればどうだ」
「あの小作人が書いたとは誰も信じますまい」
確かに……おっしゃる通りです……
この石頭をいかに納得させるか……
「大監、余は先人の知恵を集めたと言ったが、憶えているか」
「確かに。幾多の農事書と百姓から教えられたと伺いました」
「では問題無いな、これは余が一人で書いたものでは無い」
「と、仰いますと??」
「……確かに筆を動かしたのは余であろう。しかし、これに記された知恵は幾多の百姓の知恵を集めたものだ」
「道理ではありますな。しかし、「塩水選」と言う塩水を使う方法など百姓が思い付きもしますまい」
「それは……少しは農事書以外の知識も使ってはいる」
「それでは、やはり臨海君様の成果で御座いましょう」
「いや、だから……」
この堂々巡りは、ソン・ヨナが茶を差し替えに来るまで続いた。
お互い喉が渇いたので無言で茶を啜る。
側に控えていたソン・ヨナは間違いなく聞いていたはずだが……何か知恵をくれよ。
助け舟は現れる事無く、リュ・ソンニョンが再び口を開いた。
「……臨海君様はどの様なお考えでこの書物を記されたのですか」
「余は少しでも百姓達の助けになればと思った。この思いに間違いは無い」
「それでは、民のために臨海君様が公表なさいませ」
また、水掛け論が始まってしまった。
さて……
と、そこでリュ・ソンニョンが何かを思い出した様にソン・ヨナを凝視する。
「その方、確か商団と繋がりがあったな」
「はい、少々繋がりがございます」
氷雨商団の大行首がソン・ヨナだと言うことは公然の秘密だ。
当然にリュ・ソンニョンも知っている。それを改めて確認するのは……
「この書はその方が繋がりのある商団から手に入れたものだ」
「確かに、その様に承っております」
「では、この書物は誰が記したのか教えてもらいたい」
「それは……」
リュ・ソンニョン、その手で来たか!
俺が認めないし、公表もしようとしないので他人に著者を言わせようとしてやがる。
流石、政治家。腹が白くても絡め手くらいは使いやがるか……
俺は押し黙るソン・ヨナを見つめる。とソン・ヨナは俺と眼が合うとニコッと笑ってくれた。
よし!何とかなる。
「その書は、商団の出資者であられます『ソン・ジン』様が書かれたと伺っております。確か、リュ大監様が直接にお命じになったとか」
「……うう〜〜ん」
リュ・ソンニョンが押し黙った。
確かにリュ・ソンニョンが命じたのは「ソン・ジン」だ。
加えて、たとえ左議政(宰相)であったとしても王族に何かを命じる事など出来ない。
この農事書はリュ・ソンニョンの命によりソン・ジンが認め、氷雨商団が納めた物だ。納品の記録も残っている。
俺が書いたとなると収められた経緯より、リュ・ソンニョンが命じた事が表に出る。
そうなると、上下関係に煩い儒者であるリュ・ソンニョンの立場が無くなる。
暫く唸っていたリュ・ソンニョンが開き直った様な表情に変わった。
「致し方ございません……この書は氷雨商団の行首が認めたと報告致しましょう」
「行首??」
俺の脳裏にユン・ミョンテの顔が浮かんで来た。まあ、ユン・ミョンテなら良いか。
チョン・チョルの友人だし、確かに氷雨商団の幹部の一人だ。
特に王宮関係との取引には、ソン・ヨナや俺が表に出れないので、ユン・ミョンテが対応する。
「朝議の席では氷雨商団が認めたと報告いたしますが、王様には真実を報告いたします、よろしいですな」
「分かった。それは承知する」
まあ、この辺が落とし所だ。俺が農業に手を出した事が公式に語られなければ良しとする。
親父……宣祖のニヤけた顔と仁嬪の眉が吊り上がった顔がセットで浮かんでくる。
あと、この方法はあまり北の方では通用しない点を説明した。ほど無くリュ・ソンニョンが帰った。
「臨海君様、これで良かったですか」
「ああ、助かった」
ソン・ヨナは優しく微笑んでくれる。
俺が書いた農事書はリュ・ソンニョンによって報告され、その成果を持って来年より全国で実施される事となった。
食料増産は危急の案件だっただけに、誰も反対は無かったという事だ。
加えて、はねくり備中や田植え定規、その為の俺が作らせた農具の注文が氷雨商団に殺到した。
鍛冶屋やその他の職人が秋以降、休む間も無く仕事に追われた事は言うまでも無い。
俺はこの「農具バブル」とでも言いたくなる特需と景気で更に資産を上積みすることに成功した。
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