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寺党(サダン)と体探人(チェタミン)と 【その1】

本日、一話の投稿となります。

新しい農事書による驚愕は、その成果と共に広がっていった。

この時代の朝鮮王国は紛いなりにも中央集権制をとっていたので、中央からの命(・)令(・)は(・)一応地方へも届く。特に今回の様に国の根幹に関わる事でありながら、民衆の為になる事は意外に早い。

権力者が名(・)声(・)に飢えているのは何時の時代も同じと言う事だ。


今回の農事改革は、利権や思惑が絡む事ではあるがスンナリと地方へ浸透した。

小さいトラブルは当然に起こるとは考えていたが、塩水選が一番のトラブルだった様だ。

貴重品の塩を大量に使う作業は、忌避感が強いのだろう。


俺は今日も昼から王宮を抜け出し氷雨商団(ヨナ・サンダン)にいる。

女官として地位が上がり始めたソン・ヨナは中々顔を出せない様だが、俺が外出する時にはパク・シルと共に付いてくる。深く考えてそうしている訳では無いが、結果としてソン・ヨナが商団にいる時間も確保できている。

ま、王宮の中より街中の方が好きな俺と商団の仕事をしたいソン・ヨナとはwin-winの関係と言う奴だろう。


そんな事を考えていると、裏口で来客の対応をしていた元妓生(キーセン)の事務員がソン・ヨナを呼びに来た。

来客が行首(ヘンス)に会いたいと言っているとの事だ。普通は来客なら玄関からやってくる、それが裏口だ。

どんなヤツが来ているのか興味が湧いて俺も一緒に裏口へ向かった。裏口には10人位の男女が来ていた。その中の一人の男がソン・ヨナに話しかけて来る。


「……行首(ヘンス)に会わせてくれと言ったんだが。俺たちには会えないと言うことか」

「私が大行首(デヘンス)を努めますソン・ヨナと申します、あなた方は??」


男は驚愕を顔に浮かべたが、気を取り直した様だ。


「失礼した。俺はこの寺党(サダン)を纏めている、アムボムだ。行首(ヘンス)にお願いがあって来たんだ」

「お願いですか?」

「ああ、俺たちに仕事を貰えないかと頼みに来たんだ」

「どちら様かの紹介を頂きましたか」

「……いや、そんな物は無い。俺たちの様な者を紹介してくれるヤツなんざいない」


アムボムと言う寺党(サダン)の頭が言うには、漢陽(ハニョン)に来て妓生(キーセン)を雇う商団(サンダン)があると噂に聞いた。そこなら、自分達も仕事に有りつけるのでは無いかとやって来たと言うのだ。


寺党(サダン)は村々を周って芸をして生活をしている集団だ。彼らは妓生(キーセン)と同じく八賎と呼ばれ虐げられている民だ。それ故に玄関では無く裏口から訪ねて来たのだろう。

アムボムが率いる寺党(サダン)は旅を続けて漢陽(ハニョン)に流れついたらしい。

親父……宣祖(ソンジョ)が国王になって一時期持ち直した朝鮮も倭寇や騎馬民族の襲来、飢饉が重なってかなり疲弊している。社会の底辺に置かれてた寺党(サダン)の連中が生きて行くには厳しい時代だ。


身分の縛りが厳しい朝鮮王国(この国)では、寺党(サダン)の連中が他の仕事にありつくのは難しい。

喰いつなぐ為に漢陽(ハニョン)に流れて来て、藁にもすがる思いでやって来たのだろう。

賎(・)民(・)を(・)雇(・)う(・)、奇特な商団(サンダン)へ。

しかし、商団(サンダン)の仕事も有限だ。元妓生(キーセン)を雇っているのも、彼女らの事務能力を買っての事だ。


ソン・ヨナはアムボム達に数日後にまた来る様に言ってその日は帰らせた。

まあ、当然の対応だと思う。他の商団(サンダン)なら話しすら聞かないだろう。

アムボム達が立ち去った後、部屋へ戻った俺にソン・ヨナが話しかけて来た。


「どう思われますか、あの者達のこと」

「哀れだとは思う。しかし……商団(サンダン)の仕事も無限ではないだろう」


ソン・ヨナは俺の答えを予想していたのか、そこで押し黙ってしまった。

その日はお互いに良い考えが浮かぶ事も無く、俺たちは王宮へ帰った。


翌朝は前日の事が気に掛かり、熟睡できなかった為に起き難い朝になった。

俺がこの国の負の部分の全てを抱え込む必要な無い。しかし俺はこの国の王子だ。

何かをしなくてはいけないと言う想いに囚われていた。


自分自身の身の安全もついこの間まで守れなかった者の言う事では無いとは思う。

朝鮮王国は決して豊かな国では無い。原始社会から脱していない国を除くとむしろこの時代の世界の中では貧しい方だと思う。

一部の特権階級が富を独占している。それがこの国であり世界の他の国も総じて変わらない。


朝餉の席に着くと何時に無い雰囲気を纏わせる俺に、光海君(カンヘグン)を始め皆に気を使わせてしまった。

まあ、そんな中でもキム・ゲシは相変わらずだが……


キム・ゲシ(金 介屎)。

光海君(カンヘグン)付の女官で前世では、光海君(カンヘグン)を王位に付けるため暗躍した。

そして明国に光海君(カンヘグン)の即位を認めさせるために実兄の臨海君(イメグン)……俺を死に追い込んだ。

まあ、今世ではそれと無くは仲良くやっているけどね。


キム・ゲシは尚宮(サングン)として権力を得るが、詳細な情報をどうやって得ていたのだ??

いくら寵愛を受けた尚宮(サングン)……特別尚宮(トクピョルサングン)とは言え、後ろ盾となる親族もいなかった女人がどうやって。

その答えとして野史に残された記録にキム・ゲシが体探人(チェタミン)だったと言うのがある。


光海君(カンヘグン)の父親、まあ俺の親父でもある国王……宣祖(ソンジョ)の体探人(チェタミン)だったと言うのだ。体探人(チェタミン)とは国王直属の調査機関……ようは諜報部隊だ。

キム・ゲシが宣祖(ソンジョ)の体探人(チェタミン)だとすれば、権力を握った理由も情報を持っていた理由も分かると言うのだ。

確かに雰囲気はあるが、証拠は無い。体探人(チェタミン)は親父……宣祖(ソンジョ)の直属で誰も実態を知らない。


体探人(チェタミン)……情報……


とその時、俺の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ!


「歩き巫女だ!!」

「兄上、どうされたのですか??突然に声を挙げられて」


光海君(カンヘグン)が箸を持ったまま、怪訝な顔で見ている。

後ろに控えるキム・ゲシはゴミに集る蝿でも見るかのような冷たい目だ。


「驚かせたな、光海君(カンヘグン)。何でもない」

「それならよろしいのですが……」


何とか朝餉を終えて、光海君(カンヘグン)が講義に向かうと俺はソン・ヨナと内殿(ネジョン)で向かい合った。


「ソン・ヨナ、あのアムボムと言う寺党(サダン)達に相応しい仕事が見つかった」

「本当ですか!!」


ソン・ヨナが笑みを浮かべる。


「ああ、本当だ。かの者達には寺党(サダン)を続けて貰う」

「え……」


ソン・ヨナの顔が一変に困惑顔に変わる。


「そう慌てるな、話しは最後まで聞け」

「……はい……」

「かの者達には寺党(サダン)を続けながら、情報を集めて貰う」

「情……報……ですか??」

「情報だ。その土地の事、人々の暮らしぶり、噂など何でも言い。それらの「情報」を余が買い取る」

「臨海君(イメグン)様がお買取に??情報を」

「そうだ……ソン・ヨナ、体探人(チェタミン)を知っているか」

「名前位は……」


ソン・ヨナはちょっと困惑しているようだ。情報の有益性はこの時代、殆ど知られていない。

情報とは一(・)部(・)の(・)為(・)政(・)者(・)の(・)物(・)だからだ。


「其々の土地の事、人々の暮らしぶり、そして人の噂……体探人(チェタミン)の仕事はそれらを集める事だ」

「集めてどうするのですか」

「遠くにあって、その土地の事を知るのだ」

「……」

「まあ、聞け」


俺はソン・ヨナに情報の重要性を説いて聞かせた。そして、それが商売にいかに大切かも。

怪訝な顔をして聞いていたソン・ヨナも徐々に理解が及んで来たようだ。


「では、情報によって商売も機先を制する事が出来ると言う事ですね」

「そう言う事だ。また、その土地の民が何を欲しているかも大切な情報だ」

「なるほど……」


ソン・ヨナは結果として、アムボム達の寺党(サダン)を雇うことを了承してくれた。

話しがまとまったタイミングで、他の女官が呼びに来たのでソン・ヨナは内殿(ネジョン)を退出した。

ソン・ヨナが退出して程なく、音も無く扉が開いて一人の女官が入って来た。

何時もに増して無表情を貼り付けた光海君(カンヘグン)付女官、キム・ゲシがそこに立っていた。

ここまでお読み頂き、感謝致します。

みなさまから頂けた、ご感想、ご評価、そしてブックマークが励みとなっております。

今後ともよろしくお願い致します。

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