稲作への挑戦 【その8】
遅くなりました。
本日、一話の投稿となります。
一番草を抜いて、二番草が伸び始める頃になると俺の畓と周りの畓との生育の違いが顕著になってきた。
稲の生育、特に分げつ期の日射量は分げつ量に大きく影響すると言われる。
乾田直播と移植正条植えの畓の差は大きい。加えて保温折衷苗代で早期に育苗〜田植えをした俺の畓は分げつ期が丁度、日射量が多い期間に重なっている。
俺の畓と周りの畓の違いは、正条植えをしている事もあって歴然としている。
この頃になると俺はあまり畓に顔を出さなくなっている。
ここまでくると通常の水管理で生育が進むからだ。
ある日、俺がパク・シル、護衛数人とチョヌの作業を眺めていると、村の方からここでは見かけない集団がやって来た。
村人とは明らかに違い、黒笠を被っている所を見ると両班のようだ。
だが、遠目にも「金持ち」ではない事が分かる集団だ。だが、貧乏両班の割りには随行が多い。
両班の力は何かの折に随行する人数で決まると言われる。
力のある両班ほど付き従う人数は多い。
特に王宮の重役などになると、本人の望むと望まざるを関わらずに人が付いてくる。
チョン・チョルなどその典型で、護衛すら連れて歩くのを嫌がるらしい。
まあ、俺もその気持ちはよく分かる。
さて、あの集団だ。別にこちらに危害を加えると決まった訳では無いが用心に越したことは無い。
世間に馬鹿は溢れている。両班の集団が近づいて来ると先触れの如くに村長が走って来た。
「ソン・ジン様、控えて下さい。王宮より重役がお見えになりました」
「……跪坐けとでも言っているのか??」
「いえ、そう言う訳ではありませんが」
「では、このままで良いだろう」
俺と村長が言い争っていると、両班の集団……王宮の重役が着いたようだ。
その中の一人がこちらに近づきて来て声をかけて来た。
「村長、どうしたのだ」
「いえ……」
村長が答えに窮しているので、俺が答える事にした。
「村長が控えろと言うので「跪け」と言う意味かと聞いていたのです」
一応、初対面なので年上には言葉遣いは改めておく。
この若い両班も答えにくそうにしている、まあ、気持ちは分かるわ。
両班は特権階級ではあるが、王族では無い。
それが平民に対して「跪け」と言うのは言い過ぎだ。
ただし、平民が「自主的に」平服しては行けないと言う法は無い。
村長はそれを期待したのだが、俺はそんな気は無い。
「まあ、良い。それよりもリュ大監が聞きたい事がおありだ、此方に来い」
若い両班は子供の俺には答えず、後ろのパク・シルに声をかける。
今日もパク・シルは私服だ。見た目は両班に見えるが、村長から商団の人間だと聞いて見下げているのだろう。
しかし。リュ大監??大監と呼ばれる人間にしては貧相な感じなのだが。
「……ソン・ジン様の仰る通りに致します」
パク・シル、無難に返すよな。今日はソン・ヨナは来ていないので俺が仕切るのか。
と、俺は改めて両班集団を見て、見知った顔を見つけてしまった。
リュ大監……リュ・ソンニョン(柳成龍)の顔がその集団にあった。
ヤバイ……俺は農業に手を出したいと言った時に宮殿中から反対を受けた。
まあ、この時代なら分かるのだが……それがお忍びで農業をしているのがバレたら、余り良くは無い。
まして、リュ・ソンニョンは俺の反対派、東人の重鎮だ。
まあ、ここはアフレコで切り抜けたい所なのだが……
まずは此方から挨拶するか、ソン・ジンとしてね。
俺は大げさに頭を下げて挨拶をした。
「初めてお目に掛かります、ソン・ジンと申します」
「……」
挨拶が返ってこない……どうした?
俺はそっと顔を上げて、リュ?・ソンニョンの顔を下から覗き込んだ。
ビックリ顔で固まっている……
普通、そうだわな。こんな所に王子がいるはずは無い。
それも、対立している西人派の臨海君だ。
その臨海君が向うから挨拶をしてきた。
それも偽名を使ってだ。そら、驚きもするわな。
ただし、それも一瞬の事で、リュ・ソンニョンは表情を落ち着かせて返答して来た。
どうも、俺の猿芝居に乗ってくれる様だ
「ソン・ジンと言うのか、いくつか聞きたい事があるのだが答えてくれるか」
子供に対して、遜ったモノ言いに聞こえるが別に俺の正体に気づいたから言葉遣いを変えている訳じゃ無い。
この人物は平常運転でこんな人物だったらしい。清貧という言葉が相応しい人物だ。
「私で答えられる事なら、何なりと」
「ソン・ジン、色々と聞きたい事はあるがこの畓はどう言う事なのだ」
「この畓のどの様な事をお答えすれば良いのですか」
「……なぜ、此れほどまでに稲が多いのだ。稲は播いても芽が出ない事もある。それが全て出ているでは無いか」
「芽が出た稲……苗を育て、後に畓に植えたからです」
「なぜ、その様な事をするのだ」
「それは……」
俺は、田植え農法のメリットを丁寧に説明して行った。効率性を上げるために育った苗だけを畓に植える事。早く植えたのは夏至までに分げつ期を終えたかった事……稲を大きくしたかったと説明した。また、正条植えの理由は草引きの効率性と答えておいた。分げつを即す為と言っても意味が分からんだろうからね。
「……成る程、道理は通っておるな。それと、これらの事は、一人で考えたのか」
「いえ、多くの農業書に当り、農民にも話を聞きました」
「そうか……」
リュ・ソンニョンはしばらく考えると村長を読んだ。
「村長、お前が申し出た様な「鬼神」の行いでは無い様だ」
「まことですか……では、この畓は問題無いと」
「問題無い、大丈夫だ」
ヲイ、どういう事だ。「鬼神」だと……また鬼神騒ぎか?
俺はどう言う訳だと村長に詰め寄ろうとすると、リュ・ソンニョンが説明してくれた。
要は俺の畓の出来が異常なので今までの作業と合わせて鬼神の仕業ではと恐れたらしい。
それで、リュ家に相談したところ、たまたま時間があったリュ・ソンニョン自身が見に来たと言う事。
ま、いずれ何かの騒ぎにはなるかとは思ったが、リュ・ソンニョンが来るとは思わなかった。
その後、村長の家に連れて行かれ更に色々と説明を求められた。
当然に色々と作った便利な道具も欲しいと言われたので、氷雨商団で販売すると言うと買ってくれるらしい。普通の両班なら寄越せと言われるのだけどね。
さすが、リュ・ソンニョンだわ。まあ、俺の事に気がついているのもあるだろうけどね。
営農方法については、書類にして欲しいと頼まれた。これは仕方無い、書類にまとめて提出する事を約束した。
そんな事もあったりで俺の稲作はクライマックスを迎えようとしている。
刈り入れが始まるのだ。周りの畓より早く実った俺の畓は刈り入れ時になっている。
刈り入れはまだ、人力だ。チョヌ曰く例年の何倍もの米が出来ているそうだ。
当然にそれ相応の日数がかかったが、無事に刈り入れが終わった。
俺はこの畓から例年の5倍近い米を得る事に成功した。
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