外知部(ウェジブ)
本日、一話の投稿になります
臨海君達が内殿に向かって歩いている頃、覆面で顔を隠した一団が氷雨商団の店舗を目指していた。
「彼の方も中々ですな。氷雨商団の連中を全部捉えてから店舗を襲うなんて」
「無駄口を叩くな!仕事の途中だぞ」
頭目らしい男が無駄口を開いた男を嗜める。
「万が一、中に人が残っていたらどういたしますか」
他の部下が頭目に小声で訪ねた。
「彼の方からは全て始末しろとの事だ。理解しろ」
一団の者達が小さく頷く。もう少しで氷雨商団の店舗が見えると言う四ツ辻で一人の両班風の男が行く手を遮る。一団に緊張が走る。
「……こんな時間から仕事か。左捕盗庁も大変だな」
頭目は剣の鯉口を切って誰何する。
「……誰だ、貴様」
「俺の声を忘れたのか?この間まで一緒に仕事をしていた仲間だろうが」
頭目の目が緊張を帯びる。
「……その声。貴様、ユン・テス(尹太洙)か」
「覚えていてくれたか、嬉しいよ『従事官』殿」
ユン・テスと呼ばれた男もまた、倭刀の鯉口を切って両手で刀を構える。
「……貴様、その構えは何だ。倭人の真似か」
「真似だけかどうか、試して見たらどうだ『従事官』殿」
一団は全員が剣を抜き去ると一斉にユン・テスに襲いかかった。ユン・テスは他に目もくれず、頭目に狙いを定めて斜に構え、腰を下げて頭目の太股を切り裂いた。
返す刀で一人を袈裟懸けに切り倒し後ろから狙った男の額を叩き割った。瞬く間に三人を倒され一団は統制を乱し躊躇する。その隙を狙ってユン・テスは頭目の肩に峰打ちを叩き込む。頭目は意識を飛ばされた様だ。
「……ちゃ頭目!……引け、引くぞ!」
しかし、一団の思いは叶わなかった。臨海君の護衛が周りを取り囲んでいたのだった。
ユン・テスが冷たい声で選択を迫る。
「……剣を捨てるか命を捨てるか、選ばせてやる。昔のよしみだ」
一瞬の間があって全員が剣を捨て、手を頭の後ろに回した。ユン・テスは一団の者に命じて頭目を運ばせる。一団は周りを囲まれたまま何処へともなく連れて行かれる。
切り倒された者達の遺骸も静かに取り除かれた。
俺は内殿に帰ると使いをやって例の闘銭房の行首を呼び出した。
「近々、左捕盗庁へ供をしてくれ。書記を頼みたい」
「自分でよろしいんですか、こちらには自分よりも、もっと真面な方が大勢いらっしゃるのに」
「行首、お前が良いのだよ。何より書記は字が綺麗でないとな。頼んだぞ」
行首は俺がそう言うと初めて見せる様な困惑した顔を見せたが了解した。
「何があっても知りませんぜ、左捕盗庁に入った途端にお縄なんて事も」
「その時は余が左捕盗庁の部将の裾にすがって謝ってやるよ」
行首は「負けました」と言って帰って言った。
審判の記録は左捕盗庁が採っているがこちらも採っておく必要がある。そうしなければ左捕盗庁に不利な箇所は抹消され、ひどい時には初めから記録されない事もある。それも一重に民衆の識字率が低い為だ。確認できないのを良い事に日常的に行われていると言う。今回は教養の高い者が殆どだが後で書き変えられたらたまったものじゃない。自己防衛をして置くに越した事はない。
翌日、ソン・ヨナと二人で差し入れを持って左捕盗庁へ面会に行った。
皆は変わった事もなく我慢してくれていた。ファニが昨夜から庁内が騒がしかった事、今日になって人員がかなり減っていると教えてくれた。
俺は今朝、ユン・テスから受けた報告を教えてやった。それを聞いたファニから左捕盗庁はどうもチェ部将が仕切っている風があるので「お気を付けて下さい」と念を押された。心配してくれた礼ではないが切札を一枚用意した事を伝えて置いた。
それを聞いてファニも安心してくれた。
俺たちが帰ろうとすると、チェ部将に呼ばれ審判が明日の午後に決まった事、外知部が入る事を今回は特別に認める事を伝えられた。相変わらず子供だと思って舐めた物言いをするおっさんだ。まあ、明日が楽しみだな。
朝から慣例行事を済ますと読書堂へ行き、目を通して置いた資料の続きを確認した。
本当なら今日の審判に持って行きたいのだが残念ながら読書堂の資料は全て帯禁だ。
最悪内容を吟味するのに左捕盗庁から借り出しを申請させれば良い。
ただし自分達に不利な資料を借りてくれるとも思えないが……と、いつも寝ているおっさんがむっくりと起き上がってきた。
「……欲しい資料ならそこへ置いておけ。持って行く位の事はしてやる」
おっさんの顔は何かとても楽しそうだった。
「こんな面白い見世物に呼んでくれるのだ。木戸銭代わりだ」
おっさん、審判を見世物ってか……確かに今日の審判は完全な「猿芝居」だがな。
俺の切札はおっさんだ。おっさんクラスの役人になると午前中の朝議が終わると後は下から上がってくる書類の決済くらいだ。加えておっさんは今、賜暇読書期間中なので時間はある。だから面白い審判があるから観に来ないかと誘ったのだ。
おっさんは二つ返事で行くと言ってくれた。
イ・イも誘うと言っていたが聞くところではイ・イは手が話せない仕事があるらしい。
いや……さすがに二人揃ったら左捕盗大将が可哀想だろう。
俺は資料の件について礼を言ってから読書堂を出た。
昼餉を光海君と食べ終わると俺はいつものチョゴリとパジに着替えて出かけようとした。
するとソン・ヨナに捕まってしまった。
「臨海君様、その格好で左捕盗庁へ行ったら審判場では無く留置場へ放り込まれますよ!」
確かにソン・ヨナの言い分にも一理有る。結局俺はもう一着の外出着、両班のバカ息子風に着替えて出かける事にした。ソン・ヨナとパク・シルの三人で歩いて行き途中で闘銭房の行首と合流した。行首の方が俺よりも両班らしい格好が板に着いている。
何かちょっと悔しくなった。荷物持ちのチンピラも今日は普段より良い格好をしている。
五人揃って歩いていると行首が両班の大監(高級官僚の尊称)、パク・シルが護衛、チンピラとソン・ヨナがお供に見える。
俺は観た通りの両班のバカ息子の立ち位置だ。折角だから今日の親父……行首に何か強請るか。
そんな事を考えながら歩いて行くと左捕盗庁の門が見えて来た。
今日はパク・シルが居るので顔パスで中へ入って行く。と、ベテランらしい参奉が走って来た、何か話があるらしい。
「お前達、外知部だな」
「そうだが、何か」
俺がそう返事すると怪訝そうな顔をしたが忙しいのかそのまま話を始めた。
「どうしても仕事をするのだな」
「その為に来たのだ、当たり前だろ」
参奉は仕方ないと言う顔をして話を続ける。
「今日の審判に急遽、承政院(国王の秘書室)のチョン大監様が隣席なされる事になった。絶対に揉め事を起さないでくれ。いいな」
それだけ言うと参奉は走って行ってしまった。揉め事を起こすなって揉め事が起こったから俺達は来てるんだが……わかってるのか?あの参奉は。
「……承政院のチョン大監……チョン・チョルが来ているのか…」
思わず言葉を漏らしたのは隣に並んでいる行首だった。
「行首、チョン・チョルを知っているのか?」
しまったと言う表情を上手く隠しながら行首が答える。
「お名前位は存じていますよ、有名な御仁ですからね」
行首の何とも言えないニヤケ顔が今日は少し擬古地ない。
人間長い間生きていれば色々有るわな。
行首の知らない一面をみた気がしたが、俺たちが本当に驚くのはもう暫く後の事だった。
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