低利貸しがしの波紋
本日、一話の投稿です。区切りが悪いので長めになりました。
ソン・ヨナは大行首ではあるが毎日一日中居る訳には行かない。あくまでも本業は俺と光海君の内殿の女官だ。以前とは打って変わって率先して仕事をこなし、俺とキム・ゲシの了解を取って氷雨商団へ顔を出す。そんな毎日を楽しそうに過ごして居る。
ある日、昼餉を光海君と食べて居ると氷雨商団の小間使い、故ペク・セックの妹ソヨンが王宮の門まで来ていると衛兵が伝えに来てくれた。宮殿には誰でも入れる訳でもないので俺の署名を書いた書状を持たせている。それを見せれば門衛が内殿まで連絡に来てくれる。
ソヨンがこの時間にやって来たのは初めてだ、俺は食事中だがソン・ヨナに外出の許可を出した。当然にキム・ゲシにも「御許可」を得ている。ソン・ヨナは急いで着替えて出かけて行った。嫌な予感がしたので先にパク・シルに氷雨商団へ行く様に指示をした。俺も昼餉を途中で置いてソン・ヨナと同じくキム・ゲシに「御許可」を得ていつもの庶民風の上下に着替えて出かける事にした。
氷雨商団に着くと捕盗庁の軍士と茶母が取り囲んで、丁度建物の中から元妓生や少年達が軍士や茶母に縄を打たれて連れ出されている所だった。
その横では現場責任者と思わしき部将にソン・ヨナが事情を説明する様に抗議しているが、部将は聞く耳持たずの様子だ。パク・シルはまだ荒事になっていないので敢えて顔を出さずに少し離れた所で様子を見守っている。
「パク・シル、どう言う事だ」
俺がパク・シルを見つけ声をかけるとパク・シルは人差し指を口に当て「お静かに……」と言って俺を物陰に誘導した。
「左捕盗庁の連中です。いきなり現れて「法を犯した」の一点張りで女人や少年達を捕らえました」
「左捕盗庁?!」
捕盗庁には右捕盗庁と左捕盗庁の二つがあり管轄は分かれている。王宮から近いのもパク・シルの出身も右捕盗庁だ。氷雨商団の店舗も、管轄は確か右捕盗庁の区域だったはずだが……
「……何か匂いますね……」
パク・シルの漏らした言葉に「そうか」と答えて自身の匂いを嗅ぐ様なネタを披露できる雰囲気でもない。
確かに匂う、何かおかしい。場を納めるだけなら極端な話、俺が左捕盗庁に一緒について言って左捕盗大将に話しを付ければ終わる事だ。これはそんな上面では後々尾を引きそうな雰囲気だ。俺はパク・シルと一緒に居た護衛に、内殿の護衛を半分割いて店舗の見張りをする様に指示をした。護衛はすぐに内殿まで人員を集めに戻った。
空っぽになった店舗には証文や帳簿、何より現金がかなりある。
俺はとりあえずソン・ヨナだけを回収して出直す事にした。ソン・ヨナはまだ部将に喰いついている。部将の顔色が苛立ちのそれに変わっているのがここからでもわかる、俺は急ぎ足でソン・ヨナの方へ向かって行った。途中から駆け足に変わる。部将が痺れを切らしたのか棍棒を引き抜くのが見えたからだ。
俺の頭の上で肉を打つ音が辺りに響いた。
俺はソン・ヨナを右腕で抱え込み、左腕の内側で棍棒の打ち下ろしを受けた。
前世の最後の時以来の感覚だ。この3年鍛えて置いて良かった。
骨は折れて居ない様だ。瞬間にパク・シルが間に割って入る。
「何だ貴様は」
中々、勇気のある部将だ。単にパク・シルを知らないだけか?
「……この辺りは右捕盗庁の管轄のはずだが?」
「そんな事貴様に関係ない。邪魔立てするなら貴様も同罪だぞ」
やっぱり知らないだけか。いつも思うが無知は怖いね。俺はパク・シルに号牌を見せてやれとつぶやいた。
「何をブツブツやっている。貴様、お上の仕事を邪魔立てするのか!」
何か小物役人そのままの奴だな。いつもの悪戯心が顔を出すが押し留めた。
ここはパク・シルのターンだ。
「……自分はこう言う者だ」
号牌は地位によって材質が異なる。部将はパク・シルの号牌を見た途端に態度が激変し……なかった。
「……パク・シル従事官、義禁府ね。まあ、材質も間違ってないし本物に見えるな。しかし貴様の様な若造が義禁府の従事官?嗤わせるな」
こいつ、本物の物知らずだ。
「第一、その娘もだ。小娘の癖に商団の大行首だと言って見たり、宮殿の女官の号牌を持っていたり……お前ら号牌の偽造もやっているんだな」
ヲイ!どこの三流ドラマだよそれ。テレビのない今世のどこで毒された!
その時、縄を打たれた元妓生の一人が部将に声をかけた。
「チェ(崔)部将様、その方々…パク従事官もソン女官も本物ですよ。ここにいる者達は元と言えば皆一牌、宮中の方々のお顔は存じています」
「お前は……千華楼にいたファニか」
ファニと呼ばれた女人は三十歳そこそこだが、もっと若く見える。他の者達に慕われているのか女人達のまとめ役だ。確か「千華楼」は漢陽一と言われる妓房の名前だ。
そこの妓生だったのなら下手な役人より顔は広い。何より氷雨商団の女人の従業員は全員元一牌だ。チェ部将の顔色が今になって変わって来た、さあどう言い訳する。
「……パク従事官様、ご無礼をお許し下さい。しかしこれは左捕盗庁の仕事。義禁府の口出しは御無用にお願いします」
「……私への無礼は忘れよう。しかし、ソン女官の訴えへの返答はどうなっている。第一、私の質問にも答えてもらっていない。この辺りは右捕盗庁の管轄のはずだが?」
ここで口ごもればこの部将の独断だろうがどうも違う様だ。チェ部将の口は滑らかだ。
「それはお答え致しかねます。私は上司である従事官様より指示を頂いたまで。捕縛の理由は法を破ったからとしか申しあげられません」
成る程、要は何も知らされず上から捕まえて来いと言われたと。そうなるとこの部将と話しをしても無駄だな。俺は更に何かを言おうとしたソン・ヨナを押し留めた。
「チェ部将様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ、儂は忙しいんだ。早く言え」
お前、何もしてないだろうが。実労は全て軍士と茶母にさせてるくせに。
「この者達の審判にはまだ日がございますね」
「知らん、上のお方が決める事だ」
「それでは明日、外知部を行かせますので宜しいですね」
部将は口元を曲げてバカにした様な口ぶりで答えて来た。
「ガキのクセに『外知部』を知っているのか?好きにするがいい。但し受ける『外知部』が居ればだがな。第一、審判に入れるか否かは上のお方がお決めになる」
チェ部将はそれだけ言うと話は終わったとばかりに踵を返した。
ファニが何か言おうとしたが俺が口に人差し指を当てたのを見て抑えてくれた。
まあ、楽しみは後にとって置こうか。
外知部とは朝鮮王国時代の在野法曹、要は弁護士のような者だ。
ただ、権力者側の反感を買って朝鮮第9代王・成宗 9年(1478)に辺境へ追いやられている。
チェ別将が「受ける外知部がいない」と言ったのはこのためだろう。
氷雨商団の従業員達が連れて行かれるのを見送ると俺はパク・シルに左捕盗庁へ行って明日には「外知部」が来る事と氷雨商団の者達には審判まで手出ししない様に釘をさせと指示をした。釘を刺して置かないと取調べと言う名の拷問があるからね。
「臨海君」まだ登場しない。黒幕をあぶり出すには少しでも油断をさせた方がいい。
氷雨商団の者達の身柄はパク・シルの名前だけで十分に安全だ。
俺たち三人は氷雨商団の店舗に入って打ち合わせをすることにした。
しばらくして二組の集金人が帰って来た。集金に少し時間が掛かったのが良かった様だ。
「俺達、どうなるんですか?」
ヲイ!元不良少年、不良なら不良らしく根性を据えろよ。
女人でありながら同僚の方が落ち着いているじゃないか。
年の功なんて言わないよ、相手は女人なんだからさ。
「大行首、それにソン坊っちゃま、裏と言いますか一つは左捕盗大将が『外知部』嫌いで有名なんです」
フォンソンと言う名の集金人が情報を持っていた。なんでも、若い時に外知部に大きな訴訟で負けたらしい。外知部が地方へ追放されて結構な時間が経つが未だに完全な復帰はされていない。理由はこう言う連中がいるからだろう。チェ別将が「受ける者がいない」と言ったのはこっちの理由か。
「それで受ける『外知部』がいないと言ったのだな、あの部将」
「チェ部将ですか?其の者は」
「確かにチェ部将と言ったな、有名人か?あの部将」
帰って来た四人が四人とも嫌そうな顔をする。代表してフォンソンが理由を説明してくれた。
「チェ部将は小銭を貯めて裏で高利貸しをやってるんですよ。私達の御客様の中にも何人かいらっしゃいましたよ。あの男はそれで集めた金を使って息子を科挙に通しましたからね。」
そう言う事か……自分の出世は諦めて息子に投資したんだな。親父……宣祖が王位に着く前は酷かったらしいからな。科挙の合格も金さえあればなんとでもなった時代だ。
「まあ、いまだに氷庫の別検(下級官吏)だそうですけど」
最後は軽くバカにした言い方だが仕方ない、氷庫の仕事は失礼を承知で言えば氷屋のおっさんだ。テンプレこなしてれば何の問題もない職場だ。不正で入って努力もしていない証拠だ。
「チェ部将の金貸仲間がこの間まで銓郎をしていた両班と親しかったそうだぜ」
元不良少年の情報も中々だ。この間まで銓郎を勤めて居たのはキム・ヒョンウォン(金孝元)だ。奴は東人(派閥……反臨海君派)の幹部クラスで仁嬪とも親しい。
チェ部将からは少なくない金がキム・ヒョンウォンへ動いたはずだ。それが氷庫の別検なら文句の一つも言いたくなるわな。その代償が氷雨商団叩きを『見逃す』と言う訳か。
あのおっさん、知らない振りをしやがって自身が黒幕と言う訳か。
「今から外知部を探しても受けてくれるかどうか……坊ちゃん、いかがされますか」
フォンソンが気を使ってくれる、ありがたい事だ。
「フォンソン、ありがとう。外知部には当てがあるから大丈夫だ、間違いなく『受ける』。後は審判に出られるか否かだな」
左捕盗大将もバカではないだろう。
パク・シルが行った段階で「外知部」が入ると言うなら受けざるを得まい。俺……臨海君……が出て来るよりマシだと思って了解するはずだ。ただ審判の時にはこちらも一枚位は切り札を用意した方が良さそうだ。
今日のところ帰って来た四人に安全のため店に泊まる様に指示を出した。四人共に家族はいない、下手に帰宅すれば途中で何があるかわからない。幸い今夜からこの店は下手なゴロツキを雇うより遥に強い護衛が付く。
俺は三人で帰る途中にある人物の屋敷を訪ねてから内殿に帰った。その屋敷の主人からはせっかく来たのだから茶の一杯位飲んで行けと言われたが遠慮させてもらった。
普通の茶ならよばれて帰るが「おちゃけ」はまだ早い。これで明日は大丈夫だ。
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