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パパなんか大嫌い!!

目の前にはパステルブルーとパステルグリーンが混ざったような。

不思議な色の海が広がっている。

地元の人が離島桟橋と呼んでいる建物沖縄特有の赤瓦と真っ白な壁が青空に良く映える。

羽田から那覇空港まで約2時間半。更に小さな飛行機に乗り換えて1時間。

石垣市内にある石垣港離島ターミナルから外に出ると暑い空気に包まれた。

「パパ、あとどれくらいなの?」

「ん? 高速船で1時間」

「本当に日本の南の果てなんだね」

「もう嫌。何で優は私まで巻き込むの?」

私とパパの横には涼しげなブラウスにパンツ姿で大きな麦わら帽子をかぶって不貞腐れているマスターがしゃがみ込んでいる。

どうしてもパパが生まれ育った島に行きたいと我が儘を言ったらマスターまで着いてきた。

「好きでこんな僻地に来る訳ないでしょ。優ちゃんが大事なものを返してくれないから仕方なく付いてきたの」

「大切なものって何?」

「美奈には教えられません。お願いだから返してちょうだい」

パパは笑っているだけでマスターと顔を合わせようともしない。


高速船が到着してアナウンスが流れて桟橋に向かうとお客さんのほかに沢山の荷物が積んであった。

この荷物もこれから島に向かうんだろう。

船に乗り込むとディーゼルエンジンの音がし始め船がバックして方向を変えて進みだした。

石垣港の中をゆっくり進み防波堤を通り過ぎると一気に加速して進んでいく。

綺麗なサンゴ礁の海の上を船が滑走している。

「ねぇ、パパのお母さんってどんな人なの?」

「ん? ん。口煩い親父は居るけど母は子どもの頃に亡くなったんだ。とても優しい人だったよ」

「そうだったんだ」

「それと実家には怖い婆ちゃんが居るからな」

ママの事を知ってからパパは色々な事を教えてくれたけどパパの事については多くは教えてくれない。

でも、聞けばちゃんと答えてくれた。

パパの家族に会うのは初めてだからなんだかドキドキする。

落ち込んでいるマスターを弄っていると島影が見えてきた。


海の色が深い青からパステルグリーンに変わると船が速度を落とし見上げる様な防波堤に囲まれた小さな港に入っていく。

浮き桟橋に降りると民宿の名前とお客さんの名前を書いた紙とかボードを持った人が沢山出迎えに来ていてパパの方を見て驚いている。

ターミナルでも注目を浴びていたけどパパは銀髪のままでカラーコンタクトもしてないから青と琥珀色の瞳をしている。

多分、日本語が上手い外人さんだと思われているんだと思う。

「少し歩くぞ」

「うん」

港を後にして左側の坂道を歩き始める。

坂道を半分ほど登ったところで郵便屋さんのバイクが追い越して行った。

「優、お願いだから返してちょうだい。午後の便で石垣島に帰るんだから。こんな格好を誰かに見られたらどうするの」

「ん、2日前に郵送したから今の郵便屋じゃないかな」

「嫌ぁぁ! 待ちなさい! そこの郵便!」

マスターが絶叫しながら走り出すと郵便屋さんが振り返ってギョッとした顔をして慌ててバイクで駆け上がって行くのを見て吹き出してしまう。

「パパは意地悪なんだから」

「ん、良いんだよ。あれで」

そう言いながらパパがポケットから手を出して手のひらを私の前に差し出した。

パパの手のひらには綺麗なリングがある。

「マスターの大切なものってこれなの?」

「ん、まあね」

坂を上がりきると集落が見えてきた。


小さな商店の前を抜けてしばらく歩くと別の集落が見えてくる。

そして一際大きな赤瓦屋根の家の前でパパが立ち止った。

どうしたのかなと思って覗き込むと立派な石垣の間に真っ黒に日焼けした仁王像が立って怖い顔で睨みつけていて。

「ぬーそーが。やー」

「やーかい!」

訳の判らない事を言ってパパと仁王像が睨み合っている。

怖くなってパパの後ろに隠れると仁王像の頭の後ろから節がある竹の棒がニョキと顔を出した。

「あが!」

「すぐる。ゆーしったい。くされわらばーが。しなされんどー。ふらーやーやー」

意味は判らないけれど罵詈雑言を浴びせられながら仁王像が杖でフルボッコにされている。

一頻り杖を振り下ろし一息ついて笑顔で顔を上げたお婆ちゃんを見て息をのんだ。

白髪頭と言うよりかグレーに近い髪で瞳が日本人には珍しい碧眼だった。

「あい、ちゅらさんね」

「こんにちは」

頭を下げてもお婆ちゃんはニコニコしていて今さっきまで凄い形相で杖を振り下ろしていた人とは思えない。

それにパパは怖いって言ったけど凄く優しい目をしている。

「何で優は連絡しないかねぇ。比嘉に居たら健太が信じられない恰好で帰ってきてョ。優も一緒だって言うから飛んで帰ってきたサー」

「み、美智ネェネェ」

「あい、あい。優。この子が美奈ちゃんね。でーじ可愛いさー。疲れたでしょ。優もとぅるばってないで。入って、入って。婆ちゃんもよー」

日焼けしたパパによく似た顔でワンピース姿にエプロンを付け茶色い髪をポニーテールにした女の人が腰に手を当てていつの間にか立っていた。

パパにお姉ちゃんが居たなんて初めて知った。

それにヒガの健太ってマスターの事だよね、きっと。HKってマスターのイニシャルだったんだ。

なんだか可笑しい。


縁側がある座敷に通されるとお婆ちゃんが私の手をずっと握っていた。

「婆ちゃんは嬉しーさーね。私の子どもは男ばっかりだしよ」

「パパにお姉さんが居たなんて初めて知りました」

「優が家を飛び出してから一度も戻って来なかったからね。元気で良かったサー」

パパがこの島に戻らなかったのは私の為だと思う。だって全てが水の泡になってしまうから。

それとも戻る気が無かった訳じゃないよね。

「ん、また自分の所為だって思っているのかな?」

「パパは私が成人したら全てを打ち明けて私に選ばすつもりだったんでしょ」

「ん、うん」


ママの実家に行ってからパパの病室で号泣した時。

泣き叫びながら抱きついてからパパに色んな意味で初めてキスしたの。

そうしたらパパの目が開いて……

「お姫様のキスで目覚めたらおとぎ話にならないな」

「えっ、パパもしかして……」

「ん?」

「パパなんか大嫌い!」

私が声を上げるとドアの向こうに居た小夜ちゃんが病室に入ってきた。

「本当に優は美奈の事になると堪え性がないんだから」

「小夜ちゃんも知っていたんでしょ。酷いよ」

「僕が小夜に頼んだの」

全身から力が抜けて床にしゃがみ込んでしまう。

1回目が失敗して事故に遭ったから2回目を考え小夜ちゃんまで巻き込んで。パパは目を覚まさないフリをして私の前から消えるつもりだったんだ。

「どうして? パパは私の事が嫌いなの」

「馬鹿ね。大好きだからに決まってるでしょ。美奈は大好きな人が傷つけられるのが見たい? 優は何かあった時の為に準備を怠らなかっただけよ」

「もしかして代々木先生もそうなの?」

「意志を共にする人は沢山いるわよ。でも、誰の指示でもなく動いているの。まぁ、今回は優が緊急招集をかけたけどね」

治安部隊なのに自治がしっかりしている。

パパがどんな風に緊急招集をかけたのかは判らないけれど街の目立つところで何かをすれば、その情報が一瞬にして街中を駆け抜けるに違いないと思う。

用意周到に準備して臨機応変に動けるからこそパパは……私の事を一番に考えてくれていた。

自分が犯罪者になるのだって構わないんだと思う。

でも、街の人達だけじゃ車はどうにもならないけど。

「流石ね、どうして交通規制までって顔をしているわね。外国人が流れ込んだ時、警察は後手を踏んでしまい手におえない状態だったの。そこで上が目を付けたのが優とケンだったのよ。2人が持っているアンダーグラウンドの情報網を使い駆逐していったけれど優とケンには到底敵わなかった。だから特例として動いたんでしょ」

「それじゃ、パパは私が夜遊びをしていた時も」

もし私に出会いがあって好きな人が出来たらパパは見守って自分の手を離れるのを待ったと思う。

それじゃパパは独りになった時に出会いがあれば誰かを好きになるのだろうか?

きっとパパからは動かない。

文化祭前の小夜ちゃんの言葉が蘇る。

『優が好きなら絶対に引いちゃ駄目よ』

そしてさっきの言葉は。

『美奈の好きなようにしなさい。優はきっと受け入れてくれるはずだから』

全部、聞いていた筈なのにパパは踏み込んで来ない。それなら踏み込めばいいんだけど聞くのが怖い。

「パパは美奈の事をどう思ってるの?」

「ミーナの事が大好きだよ」

それは女の子としてなの?

それともパパの子どもとして見ているの?

でも、パパは……『お姫様』って。

歯痒いと言うかのらりくらりとかわし、はっきりしないパパにイライラしてきた。

「パパなんか大嫌い! パパが振り向いてくれるまでずーと傍に居るんだから」

「ん、振り向いたら離れていくのかな?」

「ばか、そんな訳ないでしょ」


お昼になってお婆ちゃんのカメ・カメ攻撃にあってしまう。

「くるしー お腹がパンパンだ」

「ん、無理に食べるからでしょ」

「だって、あんなに嬉しそうな顔をされたら食べない訳に行かないじゃん」

ゴーヤチャンプルーにクブイリチー。トウガンとソーキの煮物、ゆし豆腐。卓伯父さんが獲ってきてくれたカツオのお刺身も美味しかったし。

他にも沢山、美智伯母さんが用意してくれた。

そしてお婆ちゃんが取り分けてくれて……

「かめ、かめ、かめ。ぬちぐすいやっさー」

てっ、渡してくれるの。

パパに聞いたら『かめ、かめ』が食べて食べてって言う意味で、『ぬちぐすい』が命の薬っていう意味だって。

パパがお婆ちゃん子だったのがよく判る。

「少し休んだら海に行こうか」

「うん!」


お婆ちゃんの家をでて少し歩くと目の前が開けて光り輝く海が広がっている。

そして坂の下にある木々の中から煙突が出ていた。

「パパ、あの煙突は何なの?」

「ん、製糖工場。この島の主要産業は観光とサトウキビだからね。サトウキビを収穫して黒糖を作るんだよ」

「じゃ、島の名前って何か意味があるの?」

「果てのウルマ。ウルマはサンゴ礁の事だから。果てにあるサンゴの島かな」

パパの手を引いて坂を駆け下りると綺麗な砂浜が広がっているのに人影は疎らだった。

「本当に観光で成り立ってるの?」

「ん、民宿の数は限られてるからね。日帰りで訪れるナイチャーが多いからかな」

海は凄く穏やかで小さな波しかない。

そしてクリームソーダみたいな海が広がっている。

パパが子どもの頃にここで遊んでいたかと思うと居ても立っても居られなくて海に飛び込んだ。

「気持ち良い!」

仰向けになると真っ青な空に綿菓子みたいな雲が浮かんでいて時間の流れがゆっくりに感じて。細かい事なんてどうでもよく思えてくる。

パパとマスターが細かい事を気にしないのはこの島で生まれ育ったからかもしれない。

海で遊んでからパパに島の中を案内してもらったけれど、本当に何もない島だった。

そして晩御飯は……やっぱりカメカメ攻撃だった。


翌朝、目を覚ますと島の様相が一変していた。

あんなに静かだったのに活気にあふれていると言うか。そしてパパが消えていた。

「あい、美奈ちゃん。起きたね。朝ごはん食べてお祭りに行くさ」

「お祭りですか?」

「そう。島で一番のお祭りさーね。お祭りを見に来た違うの?」

「パパはお祭りの事なんて。パパは?」

「優なら祭りの準備に行ったさー。優も祭りに出るからね」

美智伯母さんの言葉で飛び起きて顔を洗って朝からこんなに食べたら太るって言うくらいご飯を食べた。

公民館の前に行くと銅鑼が抜けるような青空の下で鳴ってお祭りが始まった。

ムシャーマって言う島で一番大きなお祭りなんだって。

真っ白で大きなお面のミルク様を先頭にミチサネーって言う仮装行列が始まる。

不思議な顔をした大きくって真っ白なお面に鮮やかな黄色い着物を着て大きな扇子を持ったミルク様が左右に振り返りながら歩き。

その後を色とりどりの浴衣姿の子どもが続いて、色んな幟には『五風十雨』や『天恵豊』など五穀豊穣を願う言葉が書いてある。

「あれはミルクンタマー。ミルク様の子孫だよ」

「可愛い」

「後ろで踊っているおばぁがミルクヌジィー」

美智伯母さんが説明してくれるけど判らない言葉だらけだった。琉球衣装で踊っている女の人が凄く輝いて見える。

稲穂から精米までを踊っている人や木馬に跨って飛び跳ねている人もいてブーブザって言う道化役の人が飛び入りしていた。

雨降らしの神様フサマラーや上半身裸で腰みのを付けた南洋土人にアンガマーって言うお爺ちゃんとお婆ちゃんのお面を付けた人。

見た事も無い獅子舞までいる不思議な仮装行列で。気が付くと違う表情をしたミルク様が3人になっている。

「前組、西組、東組にそれぞれミルク様が居るサー。もう直ぐ優がでる棒術とデークの舞が始まるさ」

「3組もあるから凄い行列なんだ」

棒術が始まると圧巻だった。

六尺棒・五尺棒・長刀に刀や鎌に笠を使って二人一組で戦って、武士と農民の組み合わせになっていて最後は農民が勝つんだって教えてくれた。

掛け声と共に気合が入って棒が折れたりしている。

「次が優と比嘉の健太の番だよ」

白い上下に赤い縁取りがされた羽織みたいなのを着て、脛には赤い布が巻かれている。

そして頭には青い手ぬぐいが白い鉢巻きで止められていて勇ましい。

掛け声と共に棒同士が激しく当たる音がして歓声が上がった。

他の人の棒術も凄かったけどパパとマスターの棒術はそのはるか上を言っている気がする。だって歓声の上がり方が違うんだもん。

パパとマスターの棒術が終わっても演技の合間に心地良い太鼓と笛の音が響きメリハリがあって飽きない。

ニンブチャーって言う念仏踊りが終わって昼休みになった。


お祭りに昼休みがあるなんて少し変。

島を上げてのお祭りで食堂が閉まっていて公民館で炊き出しが行われている。

八重山そばやカレーに生姜焼き丼が販売されていた。

「婆ちゃん。美奈ちゃんを連れてきたよ」

「えー。くり、くり」

お婆ちゃんが手で床を叩いてるから座れって言ってるんだと思う。

そこに卓伯父さんがプラスチックのコップを持って通りかかった。

「卓、飲み過ぎんよ」

「えー、言われんでも判ってるさー」

お婆ちゃんに言われて文句を言ってるけれど卓伯父さんは肩をすぼめて何処かに行ってしまう。

すると、島の人がお婆ちゃんの周りに集まり始めた。

「オバァ。くぬワラバー誰ねぇ」

「優のトゥジさー」

「オバァ。娘ちがう? でーじ若いさー」

意味が分からない言葉が飛び交って目が回りそう。

「婆ちゃん、トゥジのはずがないさー」

「いー。優が島を出るときよー。トゥジを連れて帰るから言ったさー」

「もう、婆ちゃんは。美奈ちゃんが優のお嫁さんの筈がないでしょ。ね、美奈ちゃん」

美智伯母さんの言葉でトゥジがお嫁さんだと言う意味が分かって顔が真っ赤になるのが判る。

パパの本当の娘ではないし私はパパを……

「あい、ジュンになぁ。デージさ。優の嫁さんね」

「はぁしぇ。幾つね」

私が照れながら歳を答えると周りで酒盛りが始まって大騒ぎになってしまった。

何処からか色んな食べ物が運ばれてきて何度目かのカメカメ攻撃にあってしまう。


午後になると特設の舞台で色々な踊りが踊られている。

前組の赤馬節やたことり。西組のコンギと呼ばれている豊年祈願の狂言や波照間口説。東組の五月雨節やコムサーサー。

2時間半にわたって舞踊が繰り広げられた。

公民館の中庭で4人の若い男の人が長い棒を持って飛んだり跳ねたりして力強く踊る獅子ん棒が行われ。

今は最後の演目の6頭の獅子が舞っていて圧巻の一言で見惚れてしまう。

時計は午後5時を少し過ぎていて。仮装行列のミチサネーでミルク様が先頭になり帰って行ってムシャーマが幕を閉じた。

華やかなお祭りが終わった後は物悲しい。

お祭りが盛大なら尚更で島が静寂に包まれている。

「パパ、静かだね」

「ん」

パパとブラブラしていると涼やかな薄紫色の浴衣を着たモデルさんみたいな人が歩いてきた。

「あら、美奈はパパとラブラブなのね」

「マスターなの?」

「酷い言い方ね。今日はメイクだって薄いでしょ」

「だって棒術の時と別人なんだもん」

小夜ちゃんから古武道をしていたって聞いていたし助けてもらった時も凄かったけどギャップがあり過ぎて。

「優とは子どもの頃から一緒に武術を習っていたからあうんの呼吸なのよ」

「マスターの話って本当だったんだ」

「信じて無かったの? それより優は何か言う事何のかしら」

「ん、大事な物だからね。書留で小夜に送っておいた」

島中にマスターの絶叫が響いてパパがスルーしている。

その後はお婆ちゃんの家でマスターも参加して盛大な宴会になって大騒ぎになった。


宴会が終わった後。パパとマスターが散歩に連れ出してくれた。

「気持ち良いわ。酔い覚ましには散歩よね」

「パパ、沖縄には毒蛇のハブが居るでしょ。危なくないの?」

「あら、美奈は勉強不足ね。この島にはハブは居ないわよ」

ハブ・ヒメハブ・サキシマハブが在来種で外来種のタイワンハブがいるって教えてくれた。

生息している島とそうじゃない島があるのは諸説あるらしい。

有力な一つはアルカリ土壌だとハブが生息出来ないって言う説で、マスター曰くパイナップルが植えられていない島にはハブも居ないんだって。

パイナップルは酸性の土壌を好んで中性やアルカリ性だと上手く育成出来ないって教えてくれた。

日本の隅っこの閉鎖的な所で2度と帰りたくないって言っていたのに何でこんなに詳しんだろう。

「あら、何よその疑い深い顔は」

「僻地だから嫌いだってい言ってたくせに。好きなんじゃん」

「嫌いと詳しいは別よ。そんな事を言っていないで今を楽しみなさい」

「何が言いたいの?」

マスターが上を指さし、顔を上げて声を失ってしまう。

満点の星空や降る様な星空なんて言葉じゃ表現できない。日本の最南端の島の星空は想像を超えていた。

頭上には天の川がはっきりと見えて白鳥座やわし座と琴座の夏の大三角形は判るけれど他の星座は識別不能で……

「美奈は口を閉じなさい。虫が入るわよ」

「あっ、だってこんな綺麗な星空見たの生まれて初めてなんだもん」

「それにしても優はどうするのかしら。美奈の事」

思わず口を噤んでしまう。パパに直接聞くのが一番だけど聞くのが怖い。

でも、パパからは言ってくれないと思う。本人は何も言わずに私とマスターの前を歩いていてため息が漏れる。

「優は美奈の事をどうするつもりなのかしら? 島の皆は優が若い嫁さんを連れてきたって話でもちきりよ」

「私はパパの子どもで……」

「美奈はそれで良いの? 優が他の人と結婚しても」

「それは嫌だけど。私はパパの事が大好きで」

「それは父親としてなの? 美奈は……はっきりしてるわね」

私はパパの事を男の人と認識している。それでも周りから見れば私はパパの娘で許される事じゃない。

「本当に馬鹿ね。美雪と結婚した時に何で美奈と養子縁組をしなかったのかしら」

「えっ、それはパパに何かあった時の為に」

「関係ないわよ。美雪の両親だって優の肉親だって何があっても美奈を助けてくれるはずでしょ」

今まではパパに何でも話してきたしして欲しい事は口に出してきた。

だけどこれだけはパパには聞けないし、口に出せば泣いちゃいそうだ。

「ん、128√e980かな」

「優は相変わらず煮え切らないわね」

「夏休みの宿題みたい」

「ん、美奈が成人するまでの宿題かな」

パパからの宿題が解けないまま島の夏休みを謳歌する。

離島めぐりをしたり石垣島でショッピングしたり。パパは会社へのお土産に公設市場の中にあるちょっき屋さんで焼き菓子を沢山買っていた。


島から帰ってきて夏休みの宿題をリビングでしている。

私の横には鬼の形相の小夜ちゃんが……

「何で私を誘わないのかしら?」

「ん、忙しいって言っていたでしょ」

「普通は暇かと聞かれれば忙しいって答えるでしょ。皆で沖縄に行っていたなんて。健太は何か言う事は無いの?」

小夜ちゃんの逆鱗に触れてパパとマスターが正座をしている。

でも、パパは相変わらずどこ吹く風で。

「指輪を返してちょうだい」

「大体、何でこれを優に盗られるの信じられないわ」

「そんなに怒らないでよ。優に敵うはずがないじゃない。私だって小夜に貰った物だもの大切にしてたわよ」

「ほえ?」

思わず変な声を上げると小夜ちゃんとマスターが……赤くなって。

仕方なく話題を変えようと思ってパパから出された宿題を小夜ちゃんに聞いてみた。

「小夜ちゃん。この数式なんだけど」

「指数関数をルートに入れるなんてあり得ないわね」

「そうなんだ」


夏休みも終わり学校が始まる。

教室に入ると直ぐに麻美が駆け寄ってきた。

「おはよー」

「おはよう、美奈。沖縄は楽しかったなんて聞くまでもないよね。真っ黒に日焼けして月の女神が台無しじゃん」

「月の女神なんて思った事なんて一度もないもん」

「美奈なら宿題の心配もないもんね」

麻美に宿題と言われパパから出された課題を思い出してしまう。小夜ちゃんにすら解けないあの数式。

「どうしたの。浮かない顔をして」

「うん、パパに出された課題が判らないの」

「へぇ、大好きなパパさんに出された課題が判らなくて凹んでるんだ」

「うん、成人するまでに解ければ良いって」

麻美にどんな課題なのかと言われ黒板に書いたら麻美がお腹を抱えて笑い出した。

まるで簡単な問題を解けなくって笑われてるみたい。

「麻美には判るの?」

「もう、こんなの数式じゃないよ」

「小夜ちゃんと同じことを言うんだね」

「だって、パパさんはどれだけ優しくて素敵かな。美奈の幸せ者」

訳が判らなくてイライラする。

すると麻美が黒板消しを持って数式の上半分を消してしまった。

「判った? パパさんからのメッセージ」

「パパなんか大嫌い!」



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