七月に煮え立つ恋 後
普段とは反対側の線路沿いを、薄曇りの中、予備校に向かって二人で歩く。
俺は歩きながら、少し小楠さんに近づく。
半袖から出る小楠さんの腕に、俺の腕が少し触れる。
俺の頭は煮えたぎり続け、周りに中身が飛び散っているようだ。
小楠さんは黙っている……
俺は小楠さんにさらに近づいた。
俺の腕は、もう言い訳できないくらい、小楠さんの腕に当たっている。
心臓の音が激しくて、通り過ぎる電車の音も聞こえない。
小楠さんは歩きながら凍り付いたようになっている。
前を向いたまま、俺は手を動かす。
その不自然な動きにも、小楠さんは何も言わない。
俺の手は、ようやく小楠さんの指を見つけ、そっと触れる。
小楠さんは、ただ黙り込んで――
俺が触れたままの、その指も動かさない――
予備校に向かう踏切が近付いてくる。
俺は、触れた指に少し力を込めて、
ようやく、小楠さんをチラリと見た。
小楠さんは前を向いたまま、笑いもどこかに置き忘れたようだ。
踏切がカンカンと音を鳴らし、遮断機がゆっくりと降りる。
俺たちは立ち止まる。
俺は指にもう少し、力を込めた。
――その瞬間、
その言葉は、
あまりにも自然に、
俺の口から転がり落ちた。
「俺は、小楠さんのことが、好きです。」
***
小楠さんの目が見開かれ、みるみるうちに顔がリンゴのように染まっていく。
急行電車がワッと後ろを通り過ぎる。
「俺――YNにいたときから、小楠さんのことが、好きで――」
しかし、その言葉が耳に入ると、
小楠さんは眉根を寄せるような表情になった。
「Y……N?わ……私?」
人違いじゃないのか、と言いたげな小楠さん。
「話したことないし……」
「俺は話し掛けてた。」
俺は小楠さんを真っすぐ見た。
小楠さんの目が泳ぐ。
「気付いてもらえなかったけど……」
「そんな……私なんか……」
小楠さんの目は、
周囲の華やかな花々に埋もれ、
くすんでいる自分の姿を、
外から見ているようだ。
諦めたように。
「小楠さん。」
小楠さんは怯えたように俺をチラリと見る。
「俺は、小楠さんの話をしてる。」
背後で遮断機が開く。
心も頭もこんがらがったまま、
俺は指に力を込めた。
「俺と、付き合ってください。」
全身がカアッと熱くなる。
しかし、小楠さんを見た瞬間に全て冷えていく。
小楠さんはうつむいて、必死に言葉を探している。
俺は処刑を宣告される思いだ。
「私は……今、浪人中だから……その……その……」
そのまま唇を噛みしめる。
俺の頭は、氷の海に投げ込まれたようだ。
脳髄まで痺れて、
言葉も出てこない。
***
そのとき、近くの小学校から、夕焼け小焼けの音楽が流れてきた。
俺たちは同時にハッと目を合わせた。
小楠さんは、この時間から授業なのだ。
俺は小楠さんの指を離す。
「次、八月……さっき質問会のときに決めた時間に、
俺、マックで待ってるし。」
カンカンカン……
踏切が鳴り始めた。
小楠さんは踏切を走り始める。
「返事はそのときに聞かせて!」
踏切を渡った小楠さんは振り返って、
ゆっくりと下りていく遮断機の向こうで、コクリと頷いた。
俺はフラフラと駅に向かって歩く。
ドンという風圧と共に電車が通り過ぎる。
電車が通り過ぎた後に振り返る。
遮断機の向こうの道に、
小楠さんの姿は見えなかった。




