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九月に触れる恋 中

次の日の午後、俺たちはマックで質問会をしていた。


夏の全国模試の成績は、振るわなかったようだ。

今日は、その模試の復習が中心だ。


質問会が終わると、


「一年前の早瀬君は、Y大もO大もA判だったのに、

一年経っても、私みたいな馬鹿は……」


と一瞬、宙を見つめて唇を噛んだ小楠さんだったが、

すぐに賑やかに笑った。


「早瀬君は縁起がいいねぇ!」


俺は、次の質問会では、太田数学のIAをもうひと回ししてもらおうかなどと考えながら、

ペンをリュックに片づけて、

待ちに待ったポテトやチキンナゲットに手を伸ばす。


が、小楠さんは、模試の問題用紙を広げたまま止まっている。


(落ち込んでいるのか?)


俺が小楠さんをチラリと見ると、小楠さんは少し俺を見て、

また問題用紙に目を落とす。


俺もつられて目を落として……心臓がドキリと跳ね上がった。


問題用紙の下で、小楠さんが、

俺の方に指を伸ばしているのだ。


耳で鐘がガンガン鳴り、

口にはこらえ切れない笑みが浮かぶ。


俺は明後日の方を見やりながら、

ソロソロと右手を、問題用紙の下にある小楠さんの指に伸ばす。


忍び歩きのような俺の指が小楠さんの指に触れる。


問題用紙がカサカサと手に当たる中で、

俺は彼女の指を握る。


小楠さんは耳まで赤くして、問題用紙に目を落とす。


俺の心臓は、もうはち切れそうだ。


急に階段を上ってきた高校生らしき学生の集団にギクリとしたように、

小楠さんは振り返る。

――戸塚さんの弟なども予備校に通っているから、気にしているのだろう。


俺は別のプリントも載せて、さらに俺たちの手を隠すようにした。

チラリと小楠さんを見て、指に力を込める。


小楠さんはまたうつむくと、

――その親指で、俺の指をそっと撫でる。


俺は、夢の海に浮かんでいるようだ。

今、俺は、小楠さんの指の感覚だけで生きている。


問題用紙に目を落としたまま、指の感覚に溺れる俺の口に何かが当たる。


「カリッとしたの見つけた――」


小楠さんが、俺の口に、小さくてカリッとした、

当たりのフライドポテトを差し出しているのだ。


俺はもう、喋ることを完全に忘れて、

差し出された小さいポテトを口に入れる。


小さいポテトを口に入れる瞬間、

小楠さんの指先が俺の唇に触れて、

また心臓が跳ね上がる。


小楠さんを見ると、気づかなかったような表情で、

またポテトをとろうとしている。


俺は急いで、繋いでいない方の手を、フライドポテトの箱に伸ばす。

適当に引っ張り出したら、やたらと長いフライドポテトだ。


が、俺は全く躊躇することなく、

長いポテトの先を小楠さんの口に差し出した。


小楠さんは嬉しいのか困っているのか、

笑いをかみ殺した表情で、

素朴な目をパチパチさせながら、

小さく唇を開けて、少しずつフライドポテトを口に入れ始める。


俺は、完全に言葉を忘れて、

短くなっていくフライドポテトを見ている。


長いポテトの途中の、少し細くなっている部分で、

ポロリとフライドポテトが途切れ、小楠さんの口から離れた。


小楠さんは、「しまった」と気まずそうな表情で俺を見る。


俺は迷いなく、そのポテトを自分の口に放り込んだ。

小楠さんが食べていた、そのフライドポテトを。


小楠さんは驚いて、指の力まで抜けたようだったが、

俺は問題用紙の下の指を離さない。


――小楠さんとは、会えるのは一か月に一度くらい。


付き合ってねェし――


彼女じゃねェし――

彼氏じゃねェし――


でも、


――その小楠さんが、紙に隠して伸ばしてくれた指

――俺の口に差し出してくれた、当たりのポテト


こんなの――

期待して、嬉しがらずにいられねェだろ。


俺は、小楠さんの手を握ったまま、

片手と口で、ハンバーガーの包みを開く。


しかし、その瞬間、

問題用紙がハラリと床に舞い落ちた。


小楠さんは慌てふためいて手を引っこ抜いて、

急いで自分も、ハンバーガーの包みを開く。


「やっぱりこの時期は、月見バーガーだよね。」


モソモソと包みを開けながら、喋り始める小楠さん。


「おー……」


俺は自分の月見バーガーに大口でかぶりつく。


「今日はこの後、帰るの?バイト?」


小楠さんは、落としたままだった問題用紙を拾い上げながら、愛想よく聞いてくれる。


「今日はバイト――小楠さんに教えたし、早寝しなくていいから。」


「エェ?昨日、早寝してくれたの?」


小楠さんがクシャクシャッと笑う。


「ちゃんと教えらんねェと悪いし……」


「エェ!そんなに!?

早瀬様に供物をたくさん捧げないと……

奢ってもらっちゃったけど……」


小楠さんはいよいよ笑い、俺も吹き出す。


「今度、バナナクレープを供物として買ってきます、早瀬様。

コンビニのだけど……」


「いや、要らねェし。気を遣われるとかえって困るし……

無駄にバイト代貯まってるし……」


きれいに月見バーガーを食べることに苦戦しながら、

「そうかなぁ」と困惑する小楠さんに、俺は言った。


「じゃあ、そのフライドポテトで。」


「え?……あ、今、買って来ればいい?」


「いや、そこにあるフライドポテト。」


「いやいや!」


小楠さんは冗談だと思ったのか、クシャクシャッと笑う。


「これは奢ってもらったものだよ!もう、早瀬君は……」


「俺に食わせて。さっきみたいに。」


小楠さんが一瞬固まる。

が、すぐに笑って言う。


「そんなんじゃ、供物には……」


「俺に食わせてくれるっていう、その行為が供物ってこと。」


小楠さんはうつむいて、フライドポテトに手を伸ばす。


「いいけど……私なんかで……


いいのかな……」


受け入れられ、

求められると、

怖気づく。


だから、あのとき、俺は言ったんだ。

「俺のことで傷つかないでいい」って。


俺は黙って待つ。


トレイに置かれた月見バーガーが冷めて、その包みが妙に湿っている。


ふいに、パッと小楠さんが、俺の口にフライドポテトを差し出した。

三本まとめて。


「どうぞ、合格早瀬様、今年は豊作でした!

たくさんおあがりくださいませ!」


おどけたひょうきんな笑いは、

あのとき俺たちが掴もうとした熱を、静かに覚ましていく。


小楠さんは、指が当たる前に、フライドポテトから手を離す。


成績に落ち込んで、

思わず縋ろうとして、

立ち止まり、

また闇の縁へ、

一人で歩いていく。


俺は、

小楠さんの隣に、

触れ合うほど近くに

いるつもりなのに、


――やはり、俺では、


駄目なのか?



※完結まで残り2話。明日・来週月曜に更新予定です。

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