九月に触れる恋 前
「なあ木島、安田さんとは、何回したん?」
九月はまだ、大学の休暇期間。
俺は、平野と木島と三人で、久々に学食で昼飯を食っていた。
そんな昼時の、急な平野の質問に、俺まで心臓が飛び上がる。
「ハァ?――覚えてへんわ、そんなん……」
「え、そんなに?高校のときから……?」
「ああ、まあ……」
「お前、YNクラスに穢れた空気を運んでたんやな!!!死ね!生ゴミ!!」
俺も唖然とする。
「ひでェな、木島……」
「ハァ?付き合ってるんやで!当たり前やん!」
ちょっと苛ついた雰囲気で俺に突っかかる木島。
「まあ、ひどくはないな。
――ただ、詳しく俺らに話さなあかんな、この件は。
なあ、早瀬!」
「おう……」
――俺はうどんの汁をすすって、顔を器で隠す。
「え?どこ?どこでやるん?高校生やで?」
「えー……まあ、そら、普通にみんなが思いつくとこや。」
「多目的トイレ?」
「なんでやねん!」
俺は耐え切れずに、席を立とうとする。
「おい、早瀬、ええとこやのに、どこ行くん。」
「いや、水を取りに……」
「座れ!」
平野はすっかり前のめりだ。
俺は――どうしてこんなにも落ち着かないのか、自分でも分からない。
俺は、
俺は――
まだ、小楠さんと付き合っていないんだから……
じゃあ、付き合ったら……
ふいに、抱き締めたときの小楠さんの感触が蘇って、
全身を血が駆け巡る。
「ほんで、大学入ったら、木島の下宿やろ?」
「まあ、そうやけど……
ちょお待って、あのなぁ……
一週間くらい前に、俺、安田さんと別れてん。」
俺と平野は一瞬固まる。
「え?どういうこと?」
「いや、そういうことや。
今日お前らに言おうと思っててん。」
「うわぁ……いや、すまん。」
気のいい平野はおろおろしている。
「いや、気にせんでええやろ。
まあ、休み前からうまく行ってへんかったし。」
俺は、夏に旅行に行くのかと聞かれた木島が、
曖昧な返答しかしなかったことを思い出した。
「おい、早瀬、地雷踏んだわ。一緒に謝ってくれ。」
「お前だろ踏んだのは!俺は謝らねェ!」
平野が無理やり俺の頭を下げようとして揉みくちゃになるが、
その様子を見ていた木島が放り投げるように言う。
「せやな、早瀬は謝れ、俺に。」
「なんでだよ!」
木島の冗談だと思って顔を上げた平野と俺は、
思いがけないほどの真面目な表情にハッとする。
「木島……どうした?」
「――安田さん、サークル入ってから、お前の連絡先を聞こうとしてて……」
そういえば、安田さん本人に聞かれたことはある。
「最初は、戸塚さんとか、他大の子とかが聞きたがってるって話で……
まあ、早瀬、確かに顔強いやん。
高校のときは、マリモみたいにモッサリして芋畑に転がっとったけど。」
「マリモ……」
平野は呟くが、すぐに黙る。
「あのお散歩サークル、別名『合コンサー』やろ?
お前も平野も、大学入って、彼女欲しいんやなと思ってたけど。」
「合コンサー?別名?知らねェよ、そんなん……
町に詳しくなるってだけで入ったし。
八月にやめたし。」
俺が横目で平野を見ると、平野は鼻の頭を掻いている。
――そうなのか。
そういうサークルだったのか。
そこに入っている男子は、女子目的だと、
そういう名札が付けられるのか。
「この町の案内人になれる」などという説明はただの飾りで、
実質は、合コンサーに入る――そういうことだったのだ。
俺はゾッとした。
小楠さんは?
小楠さんは、俺がこのサークルに入っていたことを知っていた。
サークルにいるから、俺が自分を振る……というようなことを言っていたのは、
きっと、戸塚さんや安田さんから、
このサークルの話を聞いていたのだろう。
「早瀬君は待たなくていい。自由だ。」
そう言った小楠さんの孤独な目が浮かぶ。
小楠さんにしてみれば、ジュースの海に浮かぶ俺が、
喉が渇いたと小楠さんに手を伸ばしているように見えたのだろうか。
それでもあの日、小楠さんは、
階段を駆け下りて、俺に会いに来てくれたんだ。
小楠さんと入ったマックで、小楠さんの前でサークル退会のMINEを送ったが、
それが、合コンサーからの脱退を意味していたなんて……
ぼんやりとする俺に木島がたたみ掛けてきた。
「お前、安田さんが個別にMINEしてもスルーやろ?」
「あ?あー……知らねェ。あんま見てねェし。」
「ああー!!!」
急に木島が大きな声を出して、顔を覆った。
平野が「おい、何やねん、大丈夫か?」と心配する。
ガバッと俺に向き直った木島は猛然と言う。
「そういうとこや!!!お前の!そういうとこ!!早瀬!!」
「うるせェな……」
段々俺もムカついてきた。
「おい、木島。テメェの別れ話に、俺を巻き込むんじゃねェ。
関係ねェ……」
「関係あるやろ!」
「ハァ?ふざけんなよ。
俺は安田さんとも喋ってねェし、他の誰だか知らん女子とも関係ねェ!
何回かサークルで散歩しただけ……」
「ああ、そうですね。お前はそうや。
でも、サークルの女子では取り合いになった――それに安田さんも入った。
そういう状態やったんや。
これでも無関係か?」
「知らねェよ、俺の知らねェとこの話じゃねェか!」
「ほんまや、早瀬、全然関係ないやん!」
さすがに平野が割って入る。
「木島、なあ、関係ないやん。早瀬、さすがに可哀そうやで。
早瀬は、四月に俺がこのサークルに一緒に入ろうって誘ってん。
一人より二人がええやん?」
俺は救われる思いで平野を見た。
「でも、早瀬はほんまに、あんまり参加せえへんかった。
昼の街歩きに二、三回来たくらいちゃうか。
安田さんとか、他の女子とかとも別に普通やったで。
自分から喋るわけちゃうし。」
木島は黙っている。
「木島――お前さ、俺が、安田さんをとったとか思ってねェんだろ。
――やめようぜ。」
「……」
「ほんまや。やめよう、木島!
早瀬は悪ないわ。
――悪いのは、早瀬の顔面と肉体や。」
「ふざけんな、全部俺じゃねェか!」
木島は諦めたように少し笑った。
俺は、そんな木島の頭を盛大に殴る。
「おー、なんか甘いの食おうぜ。」
「奢ってや。可哀そうな子羊に……」
「ヤダね。俺を失恋の産廃処理場にしやがって……」
俺たちは立ち上がった。
***
カウンターで、木島と平野の分のバナナクレープも手に取りながら、
この短時間に晒された、
数多くの生々しい話にむせ返りそうになっていた。
(やべェ……)
懸命に受験勉強を続け、
(やべェ……)
懸命に自分と戦って、
(やべェ……)
俺とも誠実に向き合ってくれている小楠さん。
レジの列に並んだ俺は、バナナクレープに目を落とす。
ピッ
ピッ
ピッ
バーコードを読み取る機械音が次第に大きくなる。
列の先にある、まだ俺の知らない世界が、
近付いているのか、
遠のいているのか、
――俺には分からない。
***
俺は、トレイを持ったまま、携帯を……
何度も見て、分かりきっている予定を確認した。
九月◎日 「質問会」
そう、明日だ。
明日、小楠さんに会える。
俺は会計をしながら、
しっかり教えられるように今日は早めに寝よう、
フライドポテトはLサイズを二つ買おう、
と、必死になって、自分を現実に引き戻していた。




