九月に触れる恋 後
「早瀬君……先生。」
目を上げると、小楠さんが手帳を取り出して、俺を見ている。
「次の質問会の日程だけど、十一月の第一週はどう?」
「十一月?」
急に季節が飛んだ気がして面食らう。
「うん、ほら、これから二次試験の過去問を回していくって、
早瀬君言ってたでしょ。」
小楠さんが、手帳をペンで指して話し出す。
「……そしたら、大体、十一月の第一週とか第二週の頭くらいが良さそうだよね?」
「おー……確かに。」
俺が頷くと、小楠さんが急に胸を張る。
「じゃあ、そのときまで、私、マック行かない。」
「なんで?」
「それを励みに頑張りたいんだ!
頑張って、質問会して、当たりのフライドポテトを食べるぞって!」
「俺に会えるとかじゃねェの?」
二人で吹き出してしまう。
「早瀬先生がいないと、この計画は成り立たないから、
励みっていうか、もう根幹!土壌!ね!」
俺は、その小楠さんの言葉を聞きながら、
何かがこみ上げてくるのを感じた。
そろそろ出る時間だ。
俺は、氷水になったジュースをストローで吸い上げてから言った。
「すげェ、いいと思う。この計画。
――俺が言うから、間違いねェって。」
「ワァ!早瀬君が言うなら、ご神託だ!」
小楠さんは、一度両手をピンと伸ばし、
嬉しそうに、手帳を片付ける。
(ピッ)
俺の頭に、会計レジの音が鳴る。
――そうだ。
小楠さんは、
触れ合うほど近くに俺がいることを感じて、
俺を支えにして、試合のリングに上がろうとしている。
触れ合うほどそばにいると思っているのは、
俺の独りよがりじゃないんだ。
(ピッ)
今、俺がそばにいる意味は、
欲求でも欲望でもなくて……
小楠さんに、前を向く勇気を与えること。
それなら、
俺は、ただ――そばにいるよ。
(ピッ)
俺が小楠さんを好きっていうことを、
天にも、
小楠さんにも、
見せてやる。
――レジの音はもう聞こえない。
小楠さんと俺が、
試験までに会えるのは、
もう、数えるほどもないだろう。
でも、小楠さん。
大丈夫。
――俺はいつも、
――触れ合うほどそばにいるから。
***
リュックを肩に、立ち上がる俺を見て、
慌ててかばんを持つ小楠さん。
俺は少し周りを見回した。
「あ、ごめん……」
そう言いながら、小楠さんがトレイを持って席を立とうとする。
次の瞬間、
――俺は身をかがめて、
小楠さんの唇に、
掠めるような、
キスをした。
――
―
***
二月の終わり、
俺は、大学の北門の脇に立っている。
腕時計を見る――試験の終了時刻だ。
じりじりと構内からざわめきが漏れてくる。
圧迫から解放された受験生たちのため息のようだ。
一人、二人と学生が出てくるようになると、
俺は北門から構内を伸びあがるようにして見渡す。
段々と黒いアリの集団のように人が増えてきて、
俺は外に追いやられる。
なかなか出てこない。
一度、連絡した方がいいのか?
いや、連絡をくれているのかも。
俺は慌てて携帯をポケットから取り出した。
そのとき、
「早瀬君。」
――青ざめた、笑顔の小楠さんが、
俺を見上げていた。
※次回、月曜日更新分で完結予定です。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。




