八月に泣き出す恋 前
制服姿の男子と女子が、斜めの席に座った瞬間、
痺れるような痛みが、俺の全身を貫く。
急に、俺の身体に、妙な熱が戻ってきた。
鼻が痛い。
喉の奥から何かが込み上げてくる。
(俺……小楠さんに振られたのか……)
目の周りが熱い。
俺は震える唇を噛みしめる。
(俺……やっと小楠さんに見てもらえたのに……)
胸が痛ェ。
めちゃくちゃに、
めちゃくちゃに、痛ェ。
こんなにも……
こんなにも痛ェなんてアリかよ。
(何が駄目だった?
――俺が、俺だから――?)
向かいの高校生の男女が一袋のポテトを
(小楠さん……)
分け合って食べ始める姿が霞んでいく。
(小楠さんに
――会いたかった)
その瞬間、俺はリュックに思い切り顔を突っ込んだ。
ボロボロボロボロ、涙がこぼれ出る。
やべェ……
止めらんねェ……
俺は、リュックの底でクシャッとなっていたマスクをつける。
隠れるように、袖で涙を拭くと、うつむいて立ち上がった。
機械的な動きで、淡々とトレイを片付ける。
冷たくなったフライドポテトとチキンナゲットが、
ゴミ箱の蓋に吸い込まれる。
ジュースの氷が、飲み残しを入れる銀色の円錐でガラガラと音を立てる。
俺は階段を降りる。
俺の隣を笑いながらすり抜ける、大学生くらいの男女。
――胸の中に分厚い氷が張っている。
店頭の自動ドアが開くと、冷え切った俺の前に、
八月の暑い空気が壁のように立ちはだかる。
「ありがとうございました」という店員の朗らかな声が、
平野たちに引きずられて買いに行った、
新しい服の背中を、虚しく押し出す。
外に出た俺の頭はがらんどう。
午後の暑苦しい空気に浮かんでいるようだ。
マスクの中が息苦しいのに、
胸だけが異様に冷たい。
ゆらゆらする景色の中を、足だけを交互に出して、
駅に向かって歩いて行った。
***
その時、駅の階段の上から黒い靴のつま先が見えた。
次の瞬間、必死に、
滑るように階段を走り降りる、
小楠さんの全身が飛び出てきた。
マックの方角に顔を上げて、
手にした携帯を見て、
前を見て――
俺を見ると、アッと叫んで立ち止まった。
俺は何も言えない。
何が起こっているのか、
全く分からない。
「ごめんね!やっと動いて……あの……」
「動いて……?」
「メール、届いてない……?」
俺はポケットから携帯を出して、目を疑った。
小楠さんからのメールが何通かたまっている。
「乗ってたC線が、沿線火災でトンネルで止まっちゃって……
メール送ろうとしたんだけど、電波が悪過ぎて……」
(C線が止まっちゃった。再開までの時間が分からないみたい。)
(電車の中で立ち往生、どうしよう。早瀬君、もう着いてるかな……)
(電波悪いみたい。このメール届いてるかな……?)
(あ、動いた!良かった!)
(S駅着いたから、後10分くらいだけど……早瀬君、もう帰っちゃった?)
一通一通に殴られ、血が身体に戻っていく。
「今見た……たぶん……全部、さっき届いたんだと思う……」
「ごめん……」
「小楠さんは悪くないでしょ……小楠さんは……俺……」
「マックに……戻る?」
「俺……」
俺はマスクを外した。
小楠さんは、俺を――俺の泣き顔を見て、目を見開く。
「俺、小楠さんがもう来ねェと思って。」
俺は半袖で目をこする。
「ハハ……クソだせェ……でも……
答え、まだ聞いてねェし……」
少し強い風が吹いてくる。
その風に乗って、小楠さんの芯のある優しい声が聞こえた。
「線路の方、行こう。日陰多いし。」
***




