出発
次の日、師匠に言われた通りの時間に行くと杖が出来上がっていた。
「ここ近年では、かなりの自信作だよ」
などという製作者の言葉を信じるならばもの凄い一品なのだろう。俺からしてみればただの木の杖のように見えた。肌色の表面に濃い茶色の年輪がただひとつの模様になっている。
「ほー、いいものを創ったな。初めてみる紋章だ」
「特殊な魔術だから見たことがないのも当たり前だよ。ただ紋章の破綻はないが予想通りの効果を発揮するかが問題かね。あたしじゃ試せないし」
「シショーさん、持ってみてもいいですか?」
「それはもうあんたのもんだから遠慮しなくていい。なんなら試しにその杖使ってみるかい?」
そう言った途端に近くにあった刃物で手のひらを切りつけた。切れた所からは赤黒い血が溢れてくる。
「えぇ!?」
「何を驚いてるのさ。あんたの魔術ならこれくらいの傷くらい楽に治せるだろう」
「でも・・・傷をつけちゃうなんて・・・」
マリアが眉をさげ心配そうな顔をして手を包み込む。すると突然マリアが声をあげ杖を手放した。
「うぅ動いたの!?」
なにがおかしいのか師匠が苦笑して杖を拾いあげる。
「魔術を使ったから杖が脈打ったんなら成功だ。あとこの杖は生きているから大事に使うんだよ」
「この杖は、生きているんですか」
「物知りな坊やでもエルフの杖がどんなものか知らなかったんだね。この杖には、生きた若木が丸々一本使われている。そして若木は、注ぎこまれた力だけを糧に成長する。力は、一人一人違うだからエルフの杖が渡されたものしか使えないっていう由来はそこからなのさ」
なんでもないように言っているが成長するなんて想像もしていなかった。そして杖が本人しか使えない理由も同じ理由によるものなんてな。
「凄いんですねー。ところでこの子はなんて名前なんですか?」
「名前?名前なんてないよ。杖は杖さ」
「でも生きているんですよね・・・?なら名前は必要だと思うんです。名前は、最初に与えられる祝福ですから」
「面白いことをいうねぇ。そんなこと言ったのあんたがはじめてさ。名前を決めたいならお嬢ちゃんが決めるといい。これから一緒にいるのはあんたなんだ」
「それがいいのではないですか」
アルバが興味深そうにマリアの手のなかにある杖を見て言う。俺も同意見なので黙って頷いた。
「う~ん、どうしましょうか?名付けは初めてだから迷いますぅ」
マリアは、手の中にある杖をよく見てみるが思いつかないようだ。時間に困っているわけではないのでゆっくり待とうと思った矢先にマリアは呟く。
「ケセド」
杖から小さな蔓が出てきて輪をつくった。たぶんそれがいいといういみだろう。マリアにしては、まともな名前をつけたと俺も驚いている。それにしてもケセドってどういう意味だ?などと思っているとアルバが感心したようにマリアをみていた。
「マリアさんは古代語を理解しているのですね」
「古代語って長命の一族でもない限り伝わっていないあの古代語!?うちの一族でもアルバしか覚えていない。なんで人間の娘がそんな言葉を覚えている!」
「あの、そのぉ・・・旅の途中でたまたま覚える機会があったんです」
師匠は、不満げだがアルバはとくに追求するつもりがないようだ。その様子をマリアは、申し訳なさそうにしている。俺としてもマリアが何かを隠しているのはわかっていた。それに関係することなのだろう。
「あんたのような性格のやつが黙っておきたいっていうなら誰かを傷つけるような内容じゃないんだろう。まぁ、悪かったわね」
「そんな謝られるようなことじゃないんです!ただ知られるとみんなに迷惑をかけてしまうかもしれないので教えられません・・・」
「あぁもう!そんな顔しないで頂戴。可愛い顔なのに台無しよ?」
師匠がマリアの目にハンカチを押し当てた。マリアは、そのハンカチを受けとると鼻をかむ。さすがにその展開は、予想していなかったのかちょっと嫌な顔をしていた。
「洗って返しますぅ…」
「いや、もらっていいよ。いらないなら捨ててもらってかまわないし」
「でも…!」
結局押し問答の末にマリアが貰うことになった。正直俺も鼻をかまれたらいらない。
「ところでユーグさんたちは、杖を手にいれたということは次の場所に行くのかな」
「そうですね。情報収集のためにユルルガ連邦に行こうと思ってます」
「あの狂った街に行くと?」
アルバたちエルフが眉を寄せて言う。確かにエルフから見ればそうかもしれない。エルフの生活とは、まったく逆の街である。
「あそこは、生き物が住むべき場所じゃない忌むべき土地。地から生命が生まれず、信仰もなく、魂なき人形が闊歩する。とてもじゃないが正気の沙汰に思えないね」
「でも情報を得るには、一番の都市です」
「そうかい?それにしてもそんなに知りたいことってなんなんだい」
何気なく師匠が聞いてきた。ここの人物には隠す必要がないので言ってみる。
「魔王の本拠地と三賢者の居場所です」
「三賢者!?三賢者ってまだ生きてるのかい」
意外にも魔王の本拠地でなく三賢者について驚かれた。確かに三賢者が世にでなくなってひさしい。公式に残る最後の活躍は、五百年前の悪逆王アレクサンドロスⅠ世への反乱だったはずだ。そののち姿を消したと言われている。
「あの三人は、人であって人でないから生きていてもおかしくないでしょうね。私が会ったのは千年近く前だったかな」
「会ったことがあるんですか」
「目的がない旅にでていたときがあったんだよ。村長になることは決まっていたからその前にいろいろみたくてね。その途中で義と心の賢者にあった。どちらも不思議な御仁でしたね」
賢者と称えられるような人物なのだから普通とは違うだろう。しかし世間を歩いていたとはいえエルフに不思議な人物と言われるとは相当変わっているかもしれない。
「ところで、あそこに行くならなにか手がかりがあるのですか」
「情報屋から暗号のような情報をもらったんです。これなんですけどね」
アルバに書き付けた紙を渡した。それを見ると興味深そうにしてなんども頷いている。
「我らを緑の者と表しましたか・・・。それにしてもこの文は、美しいですね。韻を踏んでまるで歌か詠唱の文のようだ」
うっとりといった顔でアルバが紙を見ている。どこがそんなに惹き付けられるのか俺にはさっぱりわからん。
「ところでその懐にいれているものは、この文が書かれた原文ですね。できればそちらも見たいのですが」
「…わかりました」
本当なら見せたくないが剣呑な目で見られたら見せるしかあるまい。欲に縁のない種族だと聞いていたが実際は違うのか?
「これもまたずいぶん素晴らしい。対象の魔力によって現れる文字ですか」
「どういうことですか」
「わかってないわね。魔力っていうのは、感情に左右されやすいんだよ。通常は体を循環するだけだけど、怒りは加減を忘れて暴走させるし、喜びは穏やかに魔力を発散させ、悲しいときは内の貯める。これの場合は、坊っちゃんが相手を疑わずさらけ出していいかってところね。これでいいんでしょアルバ」
「その通りです。それにしてもこの方法はかつての戦争で使われたもののはずですね。まだ使い手がいるとは・・・・ん?」
アルバが紙を凝視しはじめた。そしてなにか納得したようにすっきりした顔をしている。そのことに俺だけでなくアルバ以外が全員首を傾げた。
「奇妙な縁ですね~。これだから人生は楽しい」
「そうですぅ。人生は楽しいです」
「マリア論点すりかわってるから」
そのあとなんなのかとアルバに聞いたがはぐらかされてしまった。
「あっという間ですね」
「一週間お世話になりました」
エルフの村に来て一週間が流れて別れの日になった。最初のころのよそよそしい雰囲気はなく少し親密な感じまでしている。
「今度来たらまた手合わせを頼む」
「次は負けねぇからな!」
「そうだそうだ、次は絶対勝つ!」
「あぁ、私も負けぬように腕をあげておくとしよう」
ウィレームは、男たちに囲まれて握手をしながら次の再会を約束している。強いとはわかっていたが全員に勝ったらしい。
「次あったらあの技俺にも教えて!」
「もちろんだぁ。次は、おらに魔法を使わせるくらいになってみろぉ」
クローブは、トゥルスによく相手をしてもらい刃物と能力を使うすべを得たようだ。ただトゥルス本来の魔書と短剣を使わせるまでにいたらなかったようだ。
そしてマリアというと、エルフのおば様方に餌付けされていた。どうやら今は、マフィンという焼き菓子を口一杯に頬張って頭を撫でられている。栗鼠のように食べているのが可愛いらしい。
「次にきたら黒髪の坊やと銀髪の坊やどちらと仲が良いか教えてね」
「私は、黒髪の子と銀髪の子の話も聞きたいわね。黒髪の子と狐の子の話もいいわね」
「?」
…余計なことを吹き込まれているような気もするが女性の集団は怖い。
「それにしてもまさかこの村に商品を卸してくれるとはありがたい」
「買いたい人がいるなら売るのが商売人ですよ」
三日間ほど在庫処分とばかりに鞄の中身を売ったのだ。主に生活雑貨や武器の手入れに必要な砥石など多岐に渡る。ただ人の行き来がないエルフの村に金があるわけがなく物々交換となった。その際にあの拘束する植物を手にいれることができたのでいい商いだったと思う。心もとなかった食料の問題も解決している。
「クローブ達行っちゃうの?このままここで暮らせば良いのに」
いつも元気よく振られているピアンの尻尾がだらんと地面に落ちていた。クローブもちょっと申し訳なさそうに眉をさげている。そこにウィレームがやってきた。
「クローブ君、ピアン君。友というものは、離れていても友なのだよ。ましてや君達は、親友のように見えるのだが違うかね」
クローブとピアンが目を見張ってお互いを見る。
「親友・・・親友かぁ。俺、親友って初めてかも」
「僕もだよ。親友ってうれしいなぁ」
「親友というのはどこにいても親友だ。だから安心するといい」
珍しくウィレームが年長らしい仲裁をしている。しかしこの後に来た人物によりぶち壊された。
「あっ、まだいましたね!よかったぁ。間に合って」
「どうしたんですか」
「師匠が召喚陣つきの腕輪を創ったんですよ。最大七人まで認識させることができるそうです。認識には、認識させる相手の血が必要です。すでに師匠が認識させたあとなのであと六人です」
「使いようによっては便利そうですね」
召喚系は非常に面倒な魔術で使い手が少ない。たぶん血を媒介にして当人を喚ぶのだろう。
「ねぇ、その腕輪に僕を認識させて。そうすれば会えるよね」
「「えっ」」
何人かの声が重なった。美しい友情で締めくくられそうだったのに打開策が出てきてしまったのだ。俺としてはドラゴンの力が欲しい事態になるのはありえるので欲しい。
「それじゃあ一滴でいいですからね」
「痛いのは嫌だけど・・・これくらいでいい?」
ピアンは、自分で少し傷をつくり血を腕輪に垂らす。ドラゴンの血も赤いんだと感心していると腕輪が赤く光った。
「腕輪に認識されました」
「これで会えるね!」
「うん!だから呼んでね♪」
クローブ達は非常に喜んでいた。
「あと五人が認識させられるのですね。なら私も認識させてください」
アルバの言葉にさすがに驚き静止させようとしたがすぐに短刀で指を切り認識させてしまった。
「あと四人しか使えないじゃないですか・・・」
「むっ、私を喚ぶ利点は大いにありますよ。森に詳しいですから生き字引と思ってくれてかまいません」
「わかりました。生き字引として喚びます」
「「いや、喚ぶのか!」」
エルフ達とウィレームがいっせいにツッコミをいれる。
「使えるツテがあるなら使うのが商人というものでしょう。それにただ喚ばれるわけではないのでしょう?」
「もちろん今の世の中の内情を知りたいですからね。それに旅をしている同胞に会うかもしれません」
たまに旅人の中にエルフがいるときがある。そういう相手に会いたいのだろう。
「そうそう会うかわかりませんが承りましょう。それと、そろそろ出発したいのですがよろしいですか」
「いいよ!」
「あまり遅いと野宿の場所をみつける前に暗くなりかねませんね」
「らいじょーぶれす!」
マリアがまだ食っているようだが大丈夫だろう。
「皆さんに神々の祝福がえられますように」
「イガナジの加護がありますように」
「「ばいばーい」」
お互いに別れの挨拶を交わしあい俺達は、"機械国ユルルガ連邦"に向けて足を向けたのだった。
「おーい、俺の存在忘れてるだろ!頼むから村まで送ってくれよ~!」
存在を忘れられた村人が一人、エルフの村で嘆いていたことを俺は知らない。
仕入れ
エルフの杖 価格設定不可能 所有者以外使用不可
買い取り商品
大鍋:3円を2つ、箸:50銭を3つ、兎の人形:100銭、鋏:300銭を5つ、鉄板:250銭を2枚、絵本:30銭を五冊、髪飾り:1円、鏡(結界付き):3円…等
合計 100円
支払い
木の実を一袋、エルフの薬を一袋、エルフの霊薬を十本




