6.エピローグ
その後、使用人宿舎の部屋から、クレイトン誘拐の際に使用されたとみられる薬物が発見され、馬車に跳ねられ重傷を負った従僕が重要参考人として収容された。
しばらくして、意識は取り戻したものの、頭を強く打った後遺症か、自分の名前もわからない状態になっており、専門家による鑑定も行われたが、芝居ではなく、本物の記憶喪失であると診断された。
エレオノールは「カークが殴り過ぎたせいでは?」と思ったが、黙っておくことにした。
決定的な証拠こそなかったが、彼が消えるところを複数の者が目撃しており、信じがたいことではあるが、なにか不思議な力でクレイトンを攫ったとする以外に説明のしようがない。そう結論づけられ、動機も目的も不明なまま、事件は一旦終息した。
犯人の処遇が協議されたが、なにしろ表沙汰にすると正気を疑われそうな話なので裁判も難しい。秘密裏に処分する意見もあったが、未知の力の持ち主なので、下手に手を出すと何がおこるかわからない。結局、地方の僧院で厳重に監視されることになった。
本来であれば縁者にも塁が及ぶところだが、関与した形跡もないため、実家の子爵家への処分は特になく「子息は事故で行方不明となった。詳細は公開できない」とだけ伝えられた。
その後、彼は記憶を取り戻すこともなく、僧院で静かに生涯を終えることになる。
◇
「縁談が来ているのだが――」
「お断りしてください」
伯爵の書斎に呼ばれたエレオノールは即答した。
「いや、そんな相手も聞かずに……」
「どなたですの?」
「クレイトン殿下が是非にと――」
「お断りします」
伯爵領では現在、資産、事業の整理や、税率の見直しなど、長年の懸案事項に着手中だった。伯爵が王都にいる間は、夫人が領地で差配している。
エレオノールは跡取りなので、王子が臣籍降下して婿入りするとなれば、陞爵とか加増がセットになる。今そんなことになると計画が見直しになるし、身の丈にあわない出世は災いの元だ。
伯爵もそれはわかっていたが……。
「しかし、王家からの打診を無下に断ったりは――」
「できるでしょう。今回はうちに借りがありますもの」
「でも、他にも報奨金とかもあるわけで、殿下だけつっかえすというのはちょっと……」
「抱き合わせ商法というやつですわね」
「いらないオマケって邪魔ですよねー」
娘とメイドの不敬がとどまるところを知らない。
「まあ、どうしても嫌なら、全部断るが」
「それは、もったいないですわ」
金はいくらあっても困らない。
「婚約済みということにして、縁談だけ返品しましょう」
「そんな嘘ついて、ばれたらどうするの!?」
「お父様」
「なんだい」
「嘘じゃなくて、ほんとにしますわよ。婚約」
「誰と!?」
「カークあたりでいいんじゃないかしら」
「え、あ、カーク? あの顔の怖い?」
カークはああ見えて男爵家の四男だ。正妻ではなく愛人の子で、父親から放置されて下町で育ったが、一応、認知はされている。どこで習ったのか、剣でも素手でもクソ強いので、伯爵家の護衛に取り立てられた。
「クレイトン殿下救出の功労者が相手とあれば、あちらの面子も立つでしょう?」
「まあ、殿下もカークは怖がってたし」
(そういえば、エレオノールとリベラはカークを怖がらないな)
「娘よ」
「なんですか、きも……いえ、急に神妙になって」
途中で言い直したせいで、かえって酷くなっていたが、伯爵は耐えた。聞いておくことがある。
「ほんとにそれだけが理由?」
◇
「いやっス」
「なんでよ!」
エレオノールはふられた。
自信満々だっただけに、かなり恥ずかしい。周りの視線が痛い。
諸般の事情により、取り乱してしまったが、そこは根性で立て直し、改めてカークに尋ねた。
「り、理由を聞かせてもらえるかしら」
「今の仕事、気にいってるんで」
断られるのは想定外だったが、理由の方も、思ったよりちゃんとしていた。しっかり、先を見据えている。
まあ、他に思い人がいるとか、そういうわけではないのであれば……。
「では、結婚後も今まで通り護衛の仕事を続けて構いません」
「え!」
今度は横で聞いていた伯爵が驚いた。いや、構うだろ。
「待って! 社交の場とか交渉事の席で、自分の旦那を部屋の隅に立たせておく気なの!?」
「それが夫の望みであれば」
「なんで、理解ある妻みたいになってるの!」
正気の沙汰ではない。伯爵は、娘の頭が心配になってきた。
「まあ、それなら……」
「いや、お前も受け入れないでください!」
勢いで突っ込んだが、恐いので最後は敬語になってしまった。
「旦那さま」
「なんだ? 次はリベラか? いつでもいいぞ?」
万全の態勢で身構える。
「きっと、幸せになれますよ」
突っ込みの手を振り上げたまま固まった伯爵は、馬鹿みたいに口をぱくぱくしてしまったが、おかげで一旦落ちついた。
野生のメイドの直感がそう言うのであれば、なんとかなるのかもしれない。それに、娘があれほど動揺し、断られた後もねばったのは、やはりまあ、きっと、そういうことなんだろう。
「……わかった。私は反対しないよ」
ゆっくり息を吐いて、賛同の意を示した。後は妻次第だが、なんとなくあっさり了承する気がする。
「では、まるく収まったところで、次は私の論功行賞に入りたいと思います」
「あとはお任せします。お父様」
「え……」
娘は侍女をつれて去っていった。
「自分、仕事があるんで」
「あ……」
未来の婿は、将来の舅より職場を優先した。
「まずはこちらをご覧ください。今回の件における私の功績と自己評価の一覧となります」
どこから持ってきたのか、廃材らしき板切れを取り出すと、そこへ、お品書きのように書かれた功績の説明を始めたリベラを見ながら、伯爵は思った。
(この子はなんで、この才能をもっと別のことに生かせないんだろうか)
世界は不思議に満ちていた。
◇
その後、リベラは昇給したという。
怒られそうなので、「ミステリー」はキーワードにいれませんでした。




