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5.誰ですか

 国王へ謁見するために「火急の儀である一大事である!」と強気でねじ込んだ伯爵は、国王、王妃に加えて、宰相と数名の重鎮を前に上奏することになってしまった。ちょっと、ハードルを上げ過ぎたかもしれない。


(あ、これ、どうでもいい話だったりしたら、ただでは済まないやつだ)


 経験したことの無いプレッシャーの中、冷や汗をかきながらクレイトンの身柄を保護した旨を報告すると、謁見の間がざわつき、両陛下の表情には安堵の色が見えた。

 どうやらセーフらしい。ほっとした伯爵だったが、その後の説明で三回噛んだ。


 その後、城内の調査が徹底的に行われ、王族には常時警護が付くことになった。倉庫の方にも捜査の手が入ったが、今のところ、手口や犯人につながるものは見つかっていない。

 表向き、第三王子は病気療養中との布告がされ、このまま伯爵の屋敷で秘密裏に保護されることになった。これには、最悪の事態を想定して王族を一か所に集めないという意図もある。

 尚、クレイトンのアイディアはスルーされた。


 ◇


 屋敷から出ることもできないクレイトンは、伯爵家の者たちとのお茶会で無聊を慰めていた。

 めんどくさいという本心をオブラートに包んで相手をしていたエレオノールだったが、滲み出るビジネス感は隠せなかった。「これはこれでクールな感じが悪くない」と、クレイトンはむしろ喜んでいたのだが、よくない傾向である。

 伯爵は、若い人向けの話題を色々と仕入れてきたが、おっさんが若者におもねる様子が痛々しかったのか、「無理せずともよい」と、逆にクレイトンに気を使われてしまった。


 保護対象は、軟禁生活をある意味エンジョイしていたが、屋敷の側は大変だった。

 警備の者を総動員して厳戒態勢を敷き、クレイトンには城から応援にきた近衛の騎士が張り付いていたが、人員不足で過度の負担がかかっていた。

 お世話の方では、超えてはいけないラインをギリギリまで攻めるリベラの仕事ぶりが、周りの人間の胃壁に着々とダメージを与えている。

 他にも、普段はやらない作業や注意事項が色々と重なり、屋敷の人間は総じて疲れていた。


 ◇


 エレオノールは、以前におきた、城での騒動が気になっていた。本当に人が消えたのだとしたら、誘拐の手口とも関連があるかもしれない。

 当事者に話を聞くために、侍女に手筈を整えてもらったのだが、今は城で従僕をしているという。たしか子爵家の嫡男だったはずなのに、なにがあったのだろうか。

 ちにみにエレオノールの侍女は影が薄いが、それが普通であって、バカ目立ちしているメイドの方がおかしい。


「ところであなた、殿下のお世話はどうしたの?」


 そのリベラが、今日はエレオノールの部屋で控えていた。


「なんか、メイド長が旦那様に直訴して担当を外されました」


 メイド長の胃腸に負担をかけ過ぎたらしい。

 推薦した身としては後ろめたい。エレオノールは話題を変えた。


「このあと、城に出向くのだけど――」


 現在、城の出入りは制限がかかっており、城内で仕事をしている人間は自由に外出できない。入る側にも厳しい審査があるのだが、伯爵家の人間は今回の件もあるので融通がきく。

 侍女の尽力もあって、短時間だが城内の一角で対面する機会が得られたので、シフトを調整したカークに護衛をしてもらって向かう予定だ。


「お供いたします!」


 今回は侍女も同行するし、そもそもリベラは城に入れないのだが、置いていこうとすれば、またあれこれ言いそうなので、一緒に連れて行くことにした。


 ***


 ――ここは、ゲームで見た世界――


 その日、城の大広間で前世を思い出した。

 今まで自覚がなかったが、自分はゲームの登場人物だった。

 なんだか、頭の中がひっくり返ったみたいで気分が悪い。

 耐えきれずに、すみっこで壁にもたれかかった。

 空気のいい場所で落ちつきたい。例えば中庭とか――。

 そう考えた瞬間、壁が消えて、尻もちをついた。

 周りをみると、城の中庭だった。


 自分は瞬間移動の力を得たようだ。

 これは転生特典というやつでは。

 うきうきしながら帰宅すると、父にむちゃくちゃ叱られた。

 いい歳して迷子というのはたしかに体裁が悪い。

 家名に泥を塗ったと怒鳴られて、しまいには出ていけと言われた。

 いいのかい、俺はチート能力者なんだせ。


 あれ、なんか微妙だなこれ。

 移動先が制限されてて、ゲームでイベントとかあった場所にしか行けない。

 ああ、ファストトラベルを再現しているのか。

 ステータスとか魔法とかないゲームだったので、他に得た力もない。

 詰んでる気がしてきた。


 母が父をとりなしてくれたので、仕事と住む場所だけはなんとかなった。

 城での下働だったが、迷惑を懸けたお詫びということらしい。

 まじめに働いて反省したら家に戻れるらしいが、期限が決まってないので、結局は父の気分次第か。


 ゲームでの自分は、脇役ではあったがモブではなかった。

 そこそこストーリーに絡む立ち位置で、この後ヒロインの誘拐イベントにも関わるはずだった。

 こんなことになってしまったが、彼女はどうなるんだろう。


 朝から晩までこき使われて、半年たった。

 もう無理。いつまで続ければいいんだ。

 家名を汚したのが悪いなら、家名を上げることをすれば、父も帰参を許してくれるかもしれない。


 ヒロイン誘拐でひらめいた。

 重要人物をさらって、それを自分で救出したことにしよう。

 誘拐マッチポンプだ。

 ターゲットは第三王子にした。

 私室に侵入できる相手の中では一番偉い。

 手柄としては十分だろう。


 誰かをつれてファストトラベルするには、ひと手間必要となる。

 そのままでは無理だが、袋詰めとかにすれば所持品扱いで持っていける。

 救出されたヒロインが袋のまま運ばれてるのをゲームで見た時は、出してやれよと思ったが、システムの仕様とか、そんなメタな理由があったのかもしれない。

 そんなわけで、王子を袋詰めにする必要がある。


 吸いこむだけで眠る薬を入手できた。

 この世界にも秘密の道具屋があってよかった。

 マンガみたいにすぐに効果を発揮する薬は、現実には存在しないらしいが、ゲームではヒロインが秒で寝ていたので、大丈夫だろう。

 城で働いた給金で買ったが、この世界で初めて自分で稼いだ金の使い道がこれかと思うと複雑だ。


 うまくいった。

 倉庫に直接は飛べなかったので、途中は荷馬車で王子を運んだ。

 そろそろ休憩時間が終わるので、一旦城に戻ろう。


 様子を見に戻って唖然とした。王子がいない。

 動揺しながら仕事をしていたら体調の心配をされた。

 実際ひどい顔色だったので、その日はあがらせてもらった。


 第三王子病気療養中との布告があった。

 自力で逃げたのかと思ったが、まだ行方不明なのだろうか。

 そういえば、袋ごと無くなっていた。

 誰かに横取りされたのかもしれない。

 殺されていたらどうしよう。

 人を傷つけるつもりはなかったのに。

 罪悪感もあり、必死に行方を探したが見つからない。

 聞き込みもしてみたが、怪人袋男ってなんだ?


 ***


 城での面会は、空振りに終わった。

 本人に会うことはできたが、今更昔のことを掘り返す人間を警戒したのだろうか。当時のことを尋ねても、「よく覚えていない」という答えしか返ってこなかった。従僕をやっている理由も聞いてみたが、「社会勉強」とだけ回答があり、元々硬かった態度がさらに硬化した。どうやら地雷だったらしい。

 なにかの容疑者というわけでもないので、強く追及することもできず、お礼と仕事の邪魔をした謝罪をして、その場を辞した。


 ◇


 城門の所では、城に入れなかったリベラたちが待っていた。


「どうでした?」

「なんの収穫もなかったわ。いろんな人に手間をとらせてしまったのに申し訳ないわね」


 事件が解決すれば、クレイトンも出て行ってくれる。少しでもその手助けをしたかったのだが。


「あ、じゃあ、こないだ買いそびれた焼き菓子を買ってかえりましょう。差し入れにすれば、皆さん喜びますよ」 


 落ち込んでるのを慰めているようにも見えるが、多分このメイドは、最初からそれが目的でついてきている。


「そうね。じゃあ帰りにこないだの――」


 まあ、それはそれで収穫と言えないこともないので、寄り道して帰ることにした。


 ◇


 屋台の主人は、いつぞやの面倒な客のことを覚えていた。露骨に嫌な顔をされたので、エレオノールがリベラを抑えて、その間に侍女が焼き菓子を購入したが、店主の表情は引きつったままだった。


「せっかく提案内容をブラッシュアップしてきたのに……」


 もはやプレゼンが目的と化している。ちょっとだけ内容が気になったが、迂闊に聞くと長くなりそうなので、エレオノールは無視して周りを眺めていた。


(あの日、ここで振り返っていなかったら……)


 その後の騒動に巻き込まれることはなかったが、クレイトンは無事では済まなかっただろう。だから、もし、再び同じようなことがあったら――そんなことを考えていたら、息が止まった。


 路地の物陰に潜み、こちらを伺う、頭と体に袋を被った怪人を見つけてしまった。


 ◇


(殿下!? どうして!?)


 驚いて、足早にそちらへ向かう。

 こんなところに、しかも、あの恰好で。ひょっとして気に入ったのだろうか。


「でん……すぐに、お戻りください!」


 呼びかけに返事はなく、無言のまま物陰から出てきた怪人は、手にも大きな袋を持っていた。


(まさか、私にもそれを着せて袋仲間にしようというの!?)


 実はエレオノールは、さっきから動転していた。


「お嬢さま違います!」


 何も告げずにその場を離れてしまったが、リベラはついてきていた。


(そうよね。さすがにそんな無体なことは――)


「その人は殿下じゃありません!」


 人間袋詰め三号になろうとしていたエレオノールの腕を引き、前に出たリベラがその背に庇う。

 怪人の頭に空いた黒い穴が、邪魔をするリベラの方を向いた時、その動きが止まった


「どうしてここに……」


 袋の下から聞こえたくぐもった声には、聞き覚えがあった。


 ***


 ――どうしてここに――


 以前の件で話を聞きたい。

 そんな理由で会うことになったのはゲームの悪役令嬢だった。

 なにか疑われているのだろうか。


 知らぬ存ぜぬを通したら、あっさり引き下がってくれた。

 なんだかゲームと雰囲気が違っていた。

 たしか、詐欺にあって人間不信になった設定で、やばいくらい疑り深い性格だったはず。

 ひょっとして、彼女にも前世の記憶が?


 気になって、こっそり使用人との会話を立ち聞きした。

 帰りに寄り道する相談をしているだけだった。

 いっそ、彼女もさらってしまおうか。

 知ってることを聞き出して、その後は、自分が助け出したことにすればいい。

 予定は変わってしまったが、これはこれで手柄になるだろう。


 一回やってタガが外れてしまったのか、犯罪に対する躊躇がなくなっている。

 人目のあるところでの犯行はリスクが大きいことも考えないようにした。

 怪人袋男とかいう、馬鹿みたいな噂の真似をすれば正体は隠せるだろう。

 必要なものは、園丁用の倉庫から持ち出せた。


 先回りして物陰から様子をうかがっていると、なぜか向こうからやってきた。

 自分が言うのもなんだが、こんな不審者に近づくのはどうかと思う。


 あと一歩というところで、お付きのメイドが邪魔をしてきた。

 さっきは遠目で気がつかなかったが、その顔を近くで見て――。


 ***


「リベラ! お嬢ごと伏せろ!」


 連日の疲労で対応がワンテンポ遅れたカークが、叫びながら走った。

 それを聞いたリベラが、エレオノールに覆いかぶさるようにして倒れこむと、その上をカークがすっ飛んで行く。


「オラァ!」


 飛び蹴りがクリーンヒットした怪人は、そのまま後方へぶっ倒れ、すかさず体に跨ったカークが、追い打ちでボコボコにする。マウントポジションからのパウンドだった。


「あの、もう、そのくらいで……」


 先に起きたリベラに助け起こされながら、エレオノールが止めた。リベラは違うと言っていたし、さっきの声も別人だったと思うが、万が一、中身がクレイトンだったりしたら、えらいことになる。

 一旦手を休めたカークが、怪人の頭の袋をはぎ取ると、若い男の顔があらわになった。


「あ? 誰だお前?」


 二人が近寄らないように片手で制しつつ、もう片方の手で襟首をつかんで引っ立ると、男の顔をそちらに向ける。かなり崩れているが、元の顔が判別できないほどではない


「リベラ、こいつ知ってるか?」

「誰ですか?」


 男はリベラを知っている様子だったが、リベラの方には心当たりがないようだ。

 だが、エレオノールはその人物を知っていた。


「あなたは、先ほどの……」


 城で話を聞いた男だった。なぜここに、どうやって先回りしたのか。何が目的で、何をしようとしたのか。いくつもの疑問が浮かぶ。

 そうこうするうちに、目を回していた男が、うめき声を上げながら意識を取り戻したので、顔の向きを変えて至近距離から威嚇する。


「お前、いったいどういうつもりで――」

「うわああああ!」


 間近で見るカークの顔に悲鳴を上げると、男の姿は空気に溶けるように消え失せてしまった。

 一同が呆然とする中、虚空を掴む自分の手を睨みながら、カークは報告した。


「すいやせん。逃げられました」


 ***


 ――こんなことなら――


 咄嗟に移動した先で地面に崩れ落ちた。

 ボコボコにされた頭が痛いし、他にもあちこち痛む。

 周りから大声がするが、それどころではない。

 どうしよう、顔を見られてしまった。

 声はますます大きくなり、馬のいななきが聞こえる。

 馬?

 そういえば、ヒロインが馬車に跳ねられそうになるイベントがあった。

 そんなことを思い出して顔を上げると、目前に馬の蹄が迫っているところだった。


「前世なんて、思い出さなければよかったのに」


 ***


 白昼の立ち回りは、ちょっとした騒ぎになったが、幸い誰にも怪我などはなかった。


(あれは、いったいなんだったんだろう)


 帰路の馬車の中では、皆が同じ思いで悩んでいたが、問う者も答える者もおらず、どこか重い空気の中、屋敷への道を進んでいた。


 突然、馬車が停止した。どうやら、大通りで騒ぎがあったようで、御者の見立てによると、しばらくは前に進めないらしい。さっきのこともあるので、カークは馬車に残り、リベラが様子を見に行った。


 しばらくして戻ってきたリベラは困惑していた。


「なんか、さっきの人が血まみれで道に転がってました」

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