3.王室の食卓
クレイトンが産まれた時、大役を果たした妻を労いながら、夫は提案した。
「既に男児は二人いることだし、一人くらいは、のびのびと生きる子がいてもよいのではないか」
妻もそれに同意した。
「では、この子は、ゆったりと育てましょうか」
そんな感じでクレイトンの教育方針は決まった。人としての躾や、王族として最低限の教育は施されたが、後継者のそれとは格段に緩いものだったし、行動もかなり自由なものになった。
王家のしがらみとまったく無縁、というわけにはいかなかったが、その身分からすれば、充分にゆったりのびのびとした幼少期といえる。
両親はそれでいいとして、兄二人からすれば――なんで弟だけ甘やかされるんだ――となってもおかしくなかったが、元気に跳ね回る弟の姿は、むしろ彼らの癒しとなり、厳しい教育にも折れずに精進した。
思いを託すとか代償行為とか、色々あったのかもしれないが、ようはクレイトンは家族から愛されていた。
◇
今宵は、王室の面々――王と王妃と三人の王子――が一同に会しての晩餐となった。
恵まれた人生を、能天気に生きてきたクレイトンだったが、いつの頃からか、居心地の悪さを感じるようになっていた。
両親は言うまでもなく、兄たちも重い責任と共に生きている。
特別な役割を担う、特別な家族の中で、何も背負わず地に足がついていない自分が、一人だけ浮いているように感じるのだ。
普通の家庭に産まれていたなら、こんな気持ちにならずに済んだのだろうか。
クレイトンは、目の前にあるメインの皿をじっと見る。
見事な絵付けが施された皿に盛り付けられているのは、ソテーされた魚の切り身にソースをかけたもの、付け合わせの野菜、そして、端に添えられた花。
皿は料理を受け止め、付け合わせは主役の味を引きたてる。花は見た目のバランスをとるだけの、ただの飾りだ。別に無くてもいい。食べることの出来ない、おまけにすぎない。
まるで自分のようではないか。自嘲の笑みを浮かべながら、そう思った。
尚、彼は知らなかったが、実は食用花なので食べられる。
あと、さりげに自分を花に例えているあたり、外見の自己評価が高かった。
自分のことなど誰も気に留めていないだろう。浸っているクレイトンは、たかをくくっていたが、周りは意外と見ていた。
***
ニヤニヤ笑っている末の息子を見ながら、父はクレイトンの将来について考えていた。
希望があるなら、なるべく叶えてやろうと思っているのだが、本人のビジョンがふわふわしており、なにがしたいのかわからない。
いっそ、一緒に酒でも飲んで本音を引き出してみようか。いや、さすがにまだ早いか。
***
ヘラヘラしている末の息子を見ながら、母はクレイトンの結婚について悩んでいた。上の二人はあっさり片付いたが、この子だけちょっと難しい。
あたりをつけている令嬢が何人かいるが、それとなく話を向けても微妙な反応しか返ってこない。しっかりした娘さんばかりなので、クレイトンの将来性に過度の期待をしていないのだろう。夫は外戚をそんなに優遇しない点も引きが弱い。
見た目に関しては最高傑作と自負しているのだが……。
***
ニコニコと嬉しそうにしている末の弟を見た長男は、今日のメニューは好物なのだな、と思った。
あいつの祝い事の時は魚料理にするよう、料理長に伝えておこう。そう考えながら、皿に残った花を食べた。
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この場でただ一人、次男だけが、クレイトンのおかしな様子の意味を正しく理解しており、それゆえに心の中で悶絶して転げまわっていた。
彼にも覚えがあるのだ。数年前、兄のスペアである自分の存在意義とかアイデンティティとか、そういったあれこれについて思い悩んでいた頃、あんな感じで、急にフッと笑ってみたり、ため息をついたりと、黄昏しぐさをかましてしまった。思い出すとガラスをぶち破って窓から飛び降りたくなる。
若気の至りに後悔しながら、数年後に同じ思いをするであろう弟へ、強く生きろとエールを送った。
***
いくつもの生暖かい視線が自分に向かっている中、クレイトンは皿をつついていた。
思春期の末っ子と、それを気にかける家族の面々。
そうまとめてしまうと、普通によくある家族の風景だった。
◇
再びあの日常に帰ることができるのだろうか。
昨夜のことを思い出しながら、クレイトンは恐怖と不安の中にいた。
さっきまでは、ガタガタという音と振動を感じていたが、今はそれも感じない。
視界は塞がれ、身動きはおろか声さえまともに出せず、できることと言えば、体力を無駄にしないように耐えることくらいだった。
途中、体を覆う袋の破れ目から、指輪を外にこぼすことができた。
あれが転がり出て、誰かが拾い、王家にゆかりのあるものだと気が付けば――それは、あまりにも、か細い希望だった。
だから、何者かに袋から出された時も、クレイトンは助けが来たとは考えなかった。
目隠しを取られ、目の前に恐ろしい顔があらわれた時は――終わった――とさえ思った。
子供が見たら泣きそうな顔の男は、クレイトンを助けに来たと言うが、にわかには信じられない。
――人を見た目で判断してはいけませんよ――
母の教えが、走馬灯のように頭をよぎる。
(でも母上、この顔はぜったい何人か殺しています)
――うーん、そうかも――
イマジナリー母も殺人鬼認定を出してしまい、いよいよ覚悟を決めていると、手足の戒めが解かれ、声を出さないよう注意されたあとに、猿轡も外された。
(悪い殺人鬼ではなかったのか……)
こうしてクレイトンは、良い殺人鬼によって救出された。




