2.その件は持ち帰りとさせてください
――キーン――
小さな音が聞こえたような気がしたので、そちらを見ると、一台の荷馬車が、がたがたと車体を揺らしながら、狭い路地裏に無理やり入り込もうとしている。あちこちこ擦り付けているせいか、幌の後ろの部分を止める紐がほどけてめくれ、中の荷が見えていた。
袋に押し込められた人間を見たことがあるだろうか。私はある。
そう、たしかあんな感じだった。
「カーク」
すぐ後ろの護衛に声をかけると、にゅっと首を出して横に並んできた。
「あ、なんすか、お嬢」
カークはうちで一番ガラの悪い護衛だ。悪人面だし、常時「やんのか」オーラを出しっぱなしにしているので、街中に出かけるときは、虫よけに重宝する。たまに街の衛士に呼び止められるのが難点だが。
「あれ、どう思います?」
手に持った扇で荷馬車の方を指し示す。
「あー、中身人間っぽいっすね。サイズからして、たぶん成人男性の袋詰め」
やっぱりそうか。いやな経験が生きてしまった。
「なんとかできますか?」
この国では人身売買は犯罪だ。誘拐については言うまでもない。
護衛とメイドの二人をつれ、久しぶりに王都を巡っている最中だったが、見なかったふりをするのも目覚めが悪い。
「中身がカタギとはかぎらないっすよ」
なるほど。犯罪者同士のトラブルの可能性もあるのか。「落とし前」的な?
事情もわからないのに首をつっこんで、厄介事に巻き込まれでもしたらことだ。
子供の誘拐であれば、問答無用で介入したのだが。
そうこうするうちに、荷馬車は薄暗い道の先へと消えていった。まあ、ご縁がなかったということで。せめて衛士の詰め所に報告くらいは――と思ったが、なにか引っかかる。そういえば、最初の音はなんだったんだろう。
その時、石畳の上で何かが煌めいた。
◇
荷馬車が去ったあとに残されていたのは、銀色に鈍く光る指輪だった。
カークが口にできない座りかたをして、それを拾う。ためつすがめつして、危険がないことを確認した後、こちらに渡してきた。だが、その表情は硬い。
「お嬢、こいつぁ……」
人相がより凶悪になった彼から渡されたものを、自分でも確認する。
幅が広めの指輪で、紋章が彫られている。封蝋に押して使うものだろう。
宝石などは、はまっていないので、特別高価な品というわけではなさそうだが、問題はその紋章だった。
獅子をモチーフにしたデザインを使うことが許されるのは、王家に連なる者だけだ。あの荷馬車から落ちたのだとしたら、捨て置くわけにはいかない。
「さっきの荷馬車を探せますか?」
「まあ、なんとかなるんじゃないすか」
下町育ちのカークは、この街の地理に明るい。近道、裏道、抜け道に詳しいので、追跡にも逃走にもうってつけだ。顔が怖いだけの人ではない。
「つっても、お嬢を残していくわけには」
「私はすぐに帰ることにします。リベラもついているし、あちらを優先なさい。行き先を突き止めるだけで構いません」
「んじゃ、せめて、うちの馬車に乗るところまでは見届けるっす」
仕事もキッチリしてるし、もう少し礼儀をわきまえていればなあ。
そう思いながら、あまりキッチリしてない方のメイドを探す。さっき、屋敷の皆への土産を買ってくると言って、焼き菓子の屋台に突撃していったきり、まだ帰ってこない。
何をしているのかと思えば、店主を相手に「ここでサービスすることで、貴店にどのようなメリットがあるか」地面に図を書いてプレゼンしていた。
おまけ分を着服するつもりなのだろう。店主も迷惑そうだ。
「買い物ひとつに、どれだけ時間をかけてるの?」
「あ、お嬢さま、丁度いいところへ。ほら見てください、こちら職場の上司となります。わりと偉いです」
「いいから、帰るわよ」
「え、まだ……」
「メイド長に言いつけるわよ」
「すぐ帰りましょう」
いつもなら、もう少しゴネるところだが、あっさり手のひらを返してきた。対メイド長用の、言い訳のストックが尽きていたのだろう。
◇
カークがこちらへ一礼して路地へと走り去る。
馬車の窓からその様子を見ていると、向かいの座席のリベラが尋ねてきた。
「なにかあったんですか?」
なにかあったかと言えば。
「人間の袋詰めね」
「あれ、苦しいんですよねー」
この子は私が目撃した人間袋詰め第一号だ。まさか二号を見ることになるとは思わなかったが。
二号の中身が予想通りなら、たしかに一般市民ではない。
三号が出てこないことを祈ろう。
◇
屋敷に戻るやいなや、図書室へと向かった。父に報告する前に確認することがある。
王国の紋章の一覧が載った図鑑を書架からを取り出してデスクに置くと、指輪と見比べていく。
手持ち無沙汰そうにしていたリベラは、カークが戻ってきたら呼ぶように言って下がらせた。
「これかしら……」
無言でページをめくっていると、それらしきものが見つかった。
――第三王子クレイトンの個人紋章――
時間をかけて慎重に見比べたが間違いない。本物、もしくは精巧な偽物だ。どちらにせよ、父に報告して、後のことは委ねよう。
大事になるかもしれないが、苦労するのは自分ではないので、他人事みたいに考えていると、リベラがやってきた。
「あ、お嬢さま、カークさんが戻ってきたんですが……」
思っていたより、ずいぶん早いな。追跡はうまくいったのだろうか。
「なんか、変な人を連れているので、中に入れてもらえないみたいです。お嬢さまを呼んでくればわかると」
どういうことなの?
◇
閉じた門扉の向こうにカークと共にいたのは、ポンチョ風に改造した麻袋で全身を覆い隠し、目の部分に穴を開けたパン袋を頭に被った怪人だった。
門衛が止めるのも無理もない。これを素通しする奴は首にした方がいい。
「ちょっと自分では判断できなかったんで、一旦持ち帰ってきました」
こちらに気がついたカークが、門越しに報告してきた。いや、持って帰るな、巣に返せ。
「ご苦労でした。期待以上の成果です」
救出してくるとは思っていなかったので、実際、大手柄ではある。
まあ、拾ってきてしまったものは仕方ないとして――。
「ところで、そちらの方の、その……お姿は?」
「人目に触れたくないってんで、こうなったっす」
馬鹿みたいに目立つが、逆に正解なのか? これが王子様(推定)とは誰も思うまい。
とにかくここで騒いでいるのはまずいので、場所を変えよう。
「構いません。門を開けてください」
ため息をついてそう指示すると、門衛は、一瞬だけ躊躇したものの、槍を下げて開門した。
「庭へ向かいます。あなたと、あなた、カークと一緒に庭で警備を」
騒ぎを聞きつけて集まってきた警備の者に指示を出し、リベラもつれて庭に向かう。
「誤解ないよう言っておきますが、外部からの侵入を警戒するように」
カーク以外の二人は――え? それを見張るんじゃないの?――と不審人物の方を見ている。
「では、でん……こちらへ」
うっかり敬称で呼びそうになってしまったが、まだ早い。
◇
庭はオープンな場所だが、見聞きしている人間が明白なので、壁越し窓越しに情報が洩れる恐れは、かえって低い。一旦、ここで落ち着こう。
さて、いつまでも、その恰好をさせておくわけにもいかないので、ご尊顔を拝することにする。
「リベラ、その方のお召し物を、お預かりして」
――お召し物?――という顔をしたリベラが、「失礼いたします」と、パン袋、麻袋の順に怪人から外していった。
中からは予想通りの人物が出てきた。アッシュブロンドの髪と、グレーの瞳、身に着けているのは、部屋着だが、一目で特別なものとわかる。王族にしか許されぬ装いをまとった男性だった。
髪やら服やらについたごみを、リベラが丁寧に取ってゆくのを見ながら、さてどうしようと考える。というか、王族相手でも物怖じしないのね、この子。
よし、とりあえずはカーテシーだ。カーテシーはすべてを解決すると、お母さまもおっしゃってた。
「確か、ギトー伯爵家の……」
「ギトー伯が一女、エレオノールにございます。火急のこととはいえ、高貴なお方に似つかわしくない、お召し物しかご用意できなかったことを、お許しください」
「いや、私が望んだことだ。気にする必要はない」
よし言質取った。あの恰好は、うちの責任じゃない。
「それよりも、窮地を救ってくれたことに感謝する。貴家は、よい配下をお持ちだ」
「もったいないお言葉でございます」
「この上、厚かましいとは思うのだが、一つ頼みがある」
確かに厚かましいな。そう思うならやめてください。
「どのような、ご用向きでございましょうか」
まあ、聞くだけは聞こう。やるとは言わないが。
「このまま私を誘拐してもらいたい」
なに言ってるの、この人。
「なに言――なるほど。それは一大事でござますね」
そのまま口に出かけたのをごまかして、リベラの方を向く。
「リベラ、お父様をお呼びしてちょうだ――」
「あわわ、えらいこっちゃ」
最後まで聞かずに、すごい勢いで走り去っていった。
「……父が参りますまで、お庭をご案内いたしましょう」
うん。これ以上は聞かずに、お父様に丸投げしよう。
「実はな……」
と思ってたのに勝手にしゃべり始めた。聞きたくないなあ。
お父様、早く来ないかしら。




