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1.娘が男をつれてきた

 王都の屋敷の書斎で仕事をしていると、ノックも無しに誰かが飛び込んできた。 


「大変です旦那さま! お嬢さまが誘拐です!」


 確認中の書類から顔を上げると、メイドのリベラが血相を変えて息を切らしている。よほど動転しているのか、言ってることが要領を得ない。


「落ち着きなさいリベラ。ほら深呼吸して」


 すうはあと、素直に深呼吸したリベラは、息が整うと手鏡を取り出して前髪をいじりはじめた。

 落ち着き過ぎじゃないかな。


「とっとと報告しなさい。エレオノールがどうしたと?」

「あ、はい。えーと、お嬢さまが、どこかの高貴そうな殿方をさらってきました」

「……」

「……」

「これまでよく仕えてくれたね。当家が取り潰しになった後のことだが――」

「あきらめないでください! あきらめないでくださいまし旦那さま! あきらめたら、御家(おいえ)がほんとに終わってしまいます!」


 身内から犯罪者、しかも相手も貴族となると、それをきっかけに家が傾いて、ゆくゆくは――とか普通にありそうだ。まあ、いきなり終了はさすがにないか。ないよな? 


「ここが無くなったら、私には後がないんです!」


 栗色の髪をまとめてメイドキャップに納めたその姿は、黙っていればかわいいと評判のメイドだ。

 黙っていない時は、先輩メイドに叱られ、メイド長に叱られ、侍女に叱られ、料理長に叱られ、園丁に叱られ、執事に叱られ、家令に叱られてきたが、その都度、土下座したり、脚にすがりついたり、大泣きしたり、実家の幼い兄弟の話で泣き落としをかけたりと、毎回やり口を変えて、なんとか首をつないでる。

 何パターンあるんだろうか。交渉能力の無駄遣いである。


「旦那さま。領民の雇用を守るのもご領主のお仕事のうちかと――」

「退職金なら出せるが、推薦状はちょっと無理だよ」

「旦那さま!?」


 いつまでも無駄話をしているわけにもいかないので、事態を確認しに行くために席を立つ。


「エレオノールは、今どこに?」

「お庭のほうで、誘拐してきた殿方のお相手をなさっておられます」


 どういうことなの?

 よくわからないが、途中で捕まえた執事に、おもてなしの準備をするよう指示してから庭に向かった。


 ◇


 季節は春、花盛りの庭園に一組の男女が佇んでいる。

 娘のエレオノールと、もう一人は――思わず天を仰いでしまった。


 ――どこかの高貴そうな殿方を――


 どこかじゃねえよ!

 うちの国の第三王子じゃねえか!!

 敷地内なのに、護衛が配置されていた時点で嫌な予感はしていた。そりゃ警備も厳重になる。


 ――いきなり終了はさすがにないか――


 あったわ。

 とりあえず、上を向いていた頭をに下へ向け、腰を曲げて最上級のお辞儀をした。いっそ膝をついて、首を差し出したほうがよかったかな。


「よい。楽にしてくれ」

「ご無沙汰しておりますクレイトン殿下。当家の者が大変なご無礼を働いたようで……」

「いやですわお父様。うちに、そのような不心得者はおりません」


 ぬけぬけと言う娘は、今年で16歳になる。親の贔屓目を差し引いても、黙っていれば美しい令嬢に育った。というか、黙っていれば勢多いな。

 それはそれとして、そのまま流すわけにはいかないので、改めて問い質(ただ)す。


「なにやら聞き捨てならない単語が、メイドの口から飛び出してきたのだがね」

「『誘拐』でございますか?」


 せっかく言葉をぼかしたのに、直球で投げ返してきた。


「うん……まあ、それ」

「誘拐ではございません。合意の上での狂言誘拐ですわ」

「ほなええか――とはならないからね? それはそれで犯罪だからね?」

「お父様」

「なんだい」

「バレな――」

「やめなさい!」


「……フフッ」


 控えめな笑い声が聞こえた。片手で笑顔を隠した殿下が、どこか眩しげに我々を見ている。


「なるほど。これが普通の親子の会話というものか」


 とんでもない誤解だ。少なくとも、うちの娘は普通じゃない。

 訂正しようとしたら、娘が先に口を開いた。


「畏れながら」


 目を伏せた娘は、殿下が発言を促すのを待ってから、先を続けた。


「『普通の親子』など存在いたしませんわ。家族の形は千差万別なれば」


 なんかあたり強くない? ちょっとした会話なんだから、そんなふうに言葉尻を捕らえるようなこと言わなくても、と思ったが、なにか理由があっての物言いかもしれない。

 そもそも、貴族の家族なんて、その時点で世間一般の普通ではない。王族となればなおさらだ。あと、娘は貴族の中でもおかしい。


 殿下はたしか17歳。親との距離のとりかたに悩む時期なのだろうか。王室のプライベートとか、あまり踏み込みたくないが、大人として、子を持つ親として道を示すべきだろう。


「ま、まあ、人間関係は色々ありますな」


 あっさい、薄っぺらな言葉しか出てこなかった。


 しばらく適当な会話で場を繋いでいると執事がやってきた。部屋の準備が整ったようだ。誘拐の件も詳しく聞かないといけないし、そろそろ腹をくくるか。


「殿下、よろしければ場所を変えて、お茶などいかがでしょうか」

「そうだな、卿にも事情を説明したほうがよいな」

「畏れ多いことでございます。では、ご案内いたします」


 殿下を先導して歩きはじめると、娘が横についてきた。


「うふふ。これでお父様も一連托生ですわね」


 いやだなあ。

 作中に「直球」という表現がありますが、これから野球編が始まる伏線ではありません。

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