二話目
……は?
自分の部屋の椅子に座り、呆然としている。
未だに落ち着いて状況を理解できていない。
どうしてこうなった?
そんな事より最低限の部屋の掃除でもしておくか……。
特別汚れているわけでもないが、そうでもしていないと気持ち悪い。
流石に人を部屋に入れるなんて、今まで考えてこなかったしな。
俺としては何も恥ずべきものは無い。
ただ、JKがそれを見ていいかは俺には分からない。
きっと良くない物もある。
だからって、どうすればいいんだよ……?
急に部屋に入ってくる事になったんだぞ?
開き直るしかない、か……。
「千歳~入るよ~」
「ああ、いいよ」
がちゃりとドアが開き、少女が入ってくる。
何とも見慣れない光景だ。
「凄い部屋だね」
「まあな……」
やっぱりちょっとだけ恥ずかしいかも。
相手がまだ見ず知らずすぎて。
相手が勝手に俺の部屋に来ているわけだから、俺は特に気にする必要はないだろう。
俺の部屋にあるものが嫌なら、これから来なければいいだけだしな。
「普段はパソコンしてるの?」
「そうだな。後は漫画読んだりアニメ見たり、音楽聞いたり」
「へー、凄い良いじゃん」
「だよな」
それほど俺の生活に対して、思っていたより嫌悪感は抱いてないらしい。
一旦一安心。
「部屋の物、漫画とか勝手に見ても良いけど、JKが見ちゃいけないような物もあるから、それは見ないように」
「はーい」
その一言だけで少し空気が和らいだ気がした。
いや、今までもそこまで堅い言い方じゃなかったか……?
まあ、それはどうであれ、俺がそう認識する事が大事だしな。
皐月は本棚から漫画を取り、ベッドに転がりながら読み始めた。
これがJKの適応力なのか。若さを感じるわ。
一切俺の事を気にしてる様子がない。
全くない訳じゃないんだろうけど、既に我が物顔だ。まるで最初からこの家に住んでいたかのように。
やっぱ俺みたいに少し歳を取って、誰とも会話しないでいると、そういう物も薄れていくんだろうな……。
「別に私の事気にしないで、普段通りにしてくれていいよ? パソコンでゲームとかしてるんでしょ?」
「まあ……そうだな」
いや、無理だけど。
流石に気になるなあ……。
気にしすぎるのもあれだけど、やっぱ気にはなる。
相手がこう言ってるんだし、出来るだけ普段通り動いてみるか……。
集中出来てねー……。
しばらくゲームにのめり込んでいたわけだが、いつもより確実に集中できてない。
視界の端で皐月の事を確認すると、未だベッドでごろごろしながら漫画を読んでいる。
一方俺はゲーム中に舌打ちする事もできず、いつもより縮こまって静かにゲームをしている。
意識の中の二割ぐらいを、常に皐月に持っていかれている。
仕方ない。ゲームは一旦やめて、アニメでも見るか。
「ねえー。アニメ見てるならスピーカーにしてくれない? なんか音あった方が賑やかでいいじゃん。別に飛ばしたり急に違うアニメ見てもいいから」
「あ、ああ……」
「あとさ、音を出さないように動こうとか、あんまり気にしないでいいよ?」
「分かった……」
なんなんだコイツは……。
今日からこの家にお世話になるってのは、俺だったって事か?
なんで俺が気を遣って、皐月がこうも堂々と出来ているんだろうか。
いや、違うな。
俺はこの急な展開に驚いているだけなんだ……。
ここは俺の家だし、そこにお世話になりに来てるのは向こうの方だ。
俺の方が役立たずなのは間違いないが、それでもそうなんだからしょうがない。
もっと自信を持て、俺。
それに俺が普通に動いていて、合わなければ向こうから自分の部屋に戻るだろうし。
……それはそれで何か寂しいし、ショックだけど。
だってさ、会って初日の人間に「こいつとは無理」って思われるようなもんだもんな?
向こう側はノーリスクなのに。
はあ、やってらんねー……。
これが二十六歳無職の立場の無さってやつなのか……。
学生ってのは若くて、ちゃんと生きていて偉いように見えるんだな……。
俺みたいなクズがいるから、世間では当たり前の存在でも輝いて見える。
そう考えると多少は役に立てているな。はは。
あ、てか、そろそろ時間だ。
別に正確に決めてるわけじゃない。
この時間に行かない事も多々ある。その時の気分次第でしかない。
一日二回の散歩の時間だ。
「ちょっと散歩してくるから」
「散歩とかするんだ?」
「しないといけないからな」
「私もついてっていい?」
「え……?」
「駄目なら行かないけど」
そこで引かれるとさあ……。
これが外だったら通報されるまであるだろ。
「別にいいけど、そこそこ歩くよ」
「どれくらい?」
「四十分ぐらいかな」
「分かった」
来るんだ。
……別にいいけど。
「それなに?」
「ん? ああ、これか……。装具だよ。これが無いと、まあ、ちょっと危ないんだよ」
「足悪いんだ?」
「そう言えば言ってなかったか。家の中歩くぐらいなら何も無しでいけるし、走ったりは出来ないって感じだな」
「……」
何故か皐月の顔が強張った。
というか、殺気を込めたみたいな表情で睨まれてる気がする。
何か変な事言ったか……?
もしかして怒ってるのか?
ひょっとして怒らせた?
終わりって事なんだろうか……。
「ど、どうしました?」
恐る恐る聞く事しか出来なかった。
ただでさえ低い立場の俺が、もう一段下がった気分だよ。
「あのさぁ……!」
「は、はい……」
ごめん。
俺の勘違いだった。
この声を聞くまで可能性ぐらいにしか思ってなかった俺が浅はかだった。
完全にキレてたわ。
「そんな人間がさぁ! 代わりに荷物運ぼうか? なんて言わないでよ! 怪我させちゃったら、どうやっても責任取れないじゃん!」
「なんかごめん……。あれぐらいだったら出来そうだったから……」
「全然わかってないっ! そういうのが怪我に繋がるかもしんないでしょっ?!」
「はい……」
そういう雑用すらさせてもらえなかったら、俺はどうやって地位を上げたらいいんだ……。
いや、俺だって別に何にも出来ない訳じゃないんだけどな……。
初対面の人には、どれくらい出来るかも伝わらないだろうし。
実際、家の中歩くだけだったら装具なしでも歩けるし、それを見てはいるはずなんだけどな。
他人目線だと、流石に気を遣うか。
難しっ。
「気を遣ってくれるのは嬉しいんだけどさ、身を粉にしてまで何かされても普通に困る」
「ごめんね」
「あ、いやっ……そんな悲しい顔されると逆にこっちが困るんですけど。それに気を遣ってくれた事には感謝してますし。ありがとうございます」
「うん。これから気を付けるよ」
社会で生きていくのって大変なんだろうな。
俺なんか家でもこんなに苦労してんだから。
「なんかごめんなさい」
「え?」
「優しくしてもらったのに怒っちゃって」
「別に気にしないで。俺も言ってもらった方が助かるし。それに……皐月って優しい人なんやなって分かったし」
「そんなお世辞言われても何も出ませんよ。今だって怒っちゃったばっかりなのに」
「怒れる人は優しいらしいで」
「意味が分かりません」
「だよねー。ま、切り替えて散歩いこか」
「そこまで切り替え早いと、良いのか悪いのか……」
なんか怒られた事で、変に気を遣う感じが消えたな。
怒られた事に腹が立ったとかじゃなくて、本当に「変に気を遣う」って部分が無くなった感じ。
最初より自然にいられそう。
怒られて逆に感謝やな。
肩ひじ張ってたのが取れたみたいだ。
「さっき思ったんですけど」
「ん?」
「急に喋り方変わりましたね。そっちが素なんですか?」
「あー……なんか人と話さん期間長すぎて、自分の喋り方よう分からんのよ。それに緊張すると変に丁寧になるし年下に説教されて、もうどうでもええか~って思てもうてさ」
「そんなに捻くれなくてもよくないですか?」
「生まれつきやしな」
「杖持つんですね」
「無くても歩けるけどね。どっちかって言うと念のためって理由と、周りへの注意喚起かな。普通の人みたいに思われても、そう動けんからね」
「なるほど」
最初の時が嘘みたいに楽に話せてる。
人と話すって、そういえばこんな感じだったな。
なんか普通に楽しい。
大した会話してないけど。
最近、自分の口調がよく分からん。
病院の人としか話さないから変に堅くなるし、普段動画ばっか見てるから、そっちの喋り方も移るし。
昔どんな感じで喋ってたか、正直もう覚えてない。
「俺からも質問していい?」
「どうぞ」
「なんで散歩ついてきたの? 面倒でしょ?」
「まあ、面倒は面倒ですね」
「でしょ?」
「これから住む家の人なんで、知ったり早く仲良くなれた方がいいかなって思って」
「そういう理由だったんだ」
行動力あるなあ。
こういうの、俺には無いんだよな。
だから余計に凄いと思う。
「確かにな~。ただでさえ肩身狭いから、その方が俺もちょっとぐらいマシになれるかもしれんね」
「なんで肩身狭いの?」
「俺の肩書知ってる? 二十六歳、無職だよ? 普通にやばいでしょ」
「あはは。確かにそれはやばいね」
「でしょ」
JKから見てもやばいらしい。
知ってるけど。
「でもさ、それって理由あるんじゃないの? 足の事とかさ。千歳さんの事、何にも知らないけど」
「ごめんごめん。一つ気になったんだけど。なんで急にさん付け? さっきより距離遠くなってない?」
「千歳さんって凄いこう……距離遠いっていうか、壁作ってる感じだったからさ。こっちから行かないと多分一生距離遠いんだろうな~って思って。ぐいって行ってみたんだけど……ちょっと話して思ったの。流石に失礼だったかな~って」
今俺、皐月の事めちゃくちゃ優しい子に見えてる。
JKって気遣い出来てすげ~。
「確かにそれは助かったかも。ほら、俺みたいなのが見ず知らずのJKと話してたら普通にやばいじゃん? だから、あんまり関わらんでおこうかと思ってたんだよね」
「卑屈すぎでしょ……。二十六歳無職の制限きつすぎない? しかも家の中だよ?」
「まあ、その肩書だけ見たらアウト感あるでしょ」
「それは……まあ、ちょっと」
「あるんじゃん……。てゆーか別に呼び捨てでもいいからね。見ての通り、一切気を遣わなくていい存在だから。俺に気を遣うぐらいなら、他の事気にした方がいいし」
「それは言い過ぎ。でも、面倒な気は遣わないでおこうかな。楽だし」
「それでいいよ」
話しながら散歩していると、いつもと時間の経ち方が違う。
自分にとって目新しい事を経験してるからってのもあるんだろう。
毎日これなら、散歩も全然虚無じゃないな。
……そんなはずないんだけど。
「聞いても良いですか?」
「はい、どうぞ」
「二十六歳無職なのは、足が原因ですか?」
「半分正解かな」
「半分って?」
「今でも普通に働こうと思えば働ける状態だから。ほら、散歩だって出来るし」
「確かに。ちなみに一応知っときたいんですけど、どういう経緯があったんですか?」
「純粋に交通事故だよ。四年ぐらい前かな。最初は全く歩けなくて、流石に困ったね。のんびり頑張ったリハビリの賜物だね」
「頑張ったんですね」
「多少はねー。まあ、自分でそんな頑張ったかって言われると、そんな気はしないんだけど。色んな人に聞いてたより全然苦しくも辛くもなかったし」
「良かったじゃないですか」
「だね」
なんか自分の話するって恥ずかしいな。
普段から苦手だったしな。
それにJK相手にこういう話するのって……どうなん?
「つまんないでしょ?」
「いいえ? 私が聞いた事だし、色々知れるのって楽しいですよ。あ、いや、別に千歳さんの不幸を喜んでる訳じゃないですよ!!」
「あ、違うんだ?」
「違いますよっ! 私の言い方が変だったのは謝ります。ですが、そういう事ではないので、その勘違いだけはしないでください」
「ごめんごめん。分かってるよ。冗談冗談」
「うざっ……」
真面目だな。
これが世間で言う日常会話ってやつか……。
「で、今もリハビリで毎日散歩してる感じですか?」
「だねー。病院で作業療法士さんとかにも定期的に見てもらってる」
「偉いじゃないですか。理由がある無職じゃないですか。無職界隈では位高いですよ」
「え、そかな?」
……確かにその観点で考えた事は無かったな。
理由がリハビリだけじゃないとは言え、確かに位高いかも。
「そんなに嬉しがる部分じゃない気がするんですけど、まあいいです」
どうやら表情に出ていたみたいだ。
「確かに考え方ひとつで、色々変わるよなー」
「ですね」
無職界隈なのは辛いけど、そこから卒業するのも辛いな。
気づいちゃったんだけど、どっちみち辛くね?
結局、形が変わるだけで。
……考えんのやめよ。
やっぱ現実逃避だな。
そう。俺は今JKと散歩している。
こんな時間、普通なら金を払ってでもこういう時間を過ごしたい人間は多いはずだ。
よしよし。
ただでさえ理由あり無職として位が高い俺が、JKと散歩してるって……これ、もっと上位までいってるんじゃないか?
最強じゃないか。
は、はは。
「なれるかな、真人間に」
不安から、答えてほしい答えがあるような言葉が出てしまった。
実際にはどう答えられてもいいのかもしれない。
でも、自分でもよく分からない何かを、望んでいた気がした。
「これは私の感なんですけど~。千歳さんはなるでしょ」
「なるんだ……俺」
そうなんだ。
俺でも知らなかったなあ。
「まあ、感なんですけどね。将来想像した時に、なってそうみたいな?」
「そうなんだ……」
俺には全く想像できないな。
やっぱ、そうなってる未来も不安だな。
「将来不安ですか?」
「まあね」
「大人って大変そ」
「大人も子供も大変だよ。大人になると、一度レールから降りた時が大変なだけで」
「傍から見てると素敵ですけどね」
「確かに他人がしてると、優雅でいいじゃんとか思っちゃいそう」
俺は実際には不安ながらも、今の生活をどこか優雅だと思っている。
「ですよね。色々な人に色々な悩みがあるんだな~って」
「せやねー。皐月は何か悩みあんの?」
「ん~?分かりませんか?」
「え?」
「それは、もう!これからの生活に決まってるじゃないですか!」
笑顔でそう言われ、俺の身体は硬直してしまった。
そりゃ確かにそうだな。
普通に考えて、この子が不安じゃない訳ないな。
堂々としていて、そんな事考えないんだろうなって勝手に思っていた。
俺は預かる側として、暇な人間として、そういう部分を気遣ってあげないといけない立場なはずだ。
それなのに自分の悩みばかり考えていた。
それを皐月に聞いてもらっている。
馬鹿だろ。
まずは自分より相手だろ。
馬鹿すぎ。
ほんとに。
「あはは、冗談ですよ。そりゃ、まるっきり不安がないって訳じゃないですよ。でも、千歳さんが優しいので楽しみができました!」
……俺はさ、オタクだからさ。
こういう笑顔を見ると、つい考えちゃうんだ。
本当にそう思ってるのか、とか。
無理してるんじゃないか、とか。
皐月が言ったように、俺はひねくれていて、逆張りが好きで。
そういう人間にはさ。
こういう笑顔より、不安って言葉の方が本音に見えちゃうんだ。
これって俺の良くない所なのかな。
素直に皐月の言葉を聞く方が、健全で普通なのかな。
さっきまで短い時間だったけど、二人で少しずつ積み上げてきたものがあった気がしていた。
でも、俺は結局何も分かってなかった。
あ、俺ってバカだったんだって。
何も分かってなかったんだって。
体が重い。
なんか急に重力が増した気がする。
どういう風に接するのがいいんだよ。
「ちょっと~。なんで私より不安そうな顔してるんですか。お互い腹を割って話せたことですし、これから楽しめるように頑張りましょーよ」
「そうだな……」
それでいいんだろうか。
「こんな俺だけど、何かあったらすぐ言ってくれてええから」
「頼もしいですね~」
あまりにも無力な自分に呆れている。
俺にできることはきっと、これから頑張ることしかないのかな。
「そろそろ家に着きそうですね」
「ああ、だな。散歩に付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ。私も楽しかったですよ?」
「俺も楽しかった。いつもは虚しいまま歩いてたけど、今日は違ったよ」
「えへへ。それはよかったです」
これもきっと、俺が普段どんな生活をしてるか知るためだったんだろう。
一回見れば十分だろうし、多分これで終わりなんだろうな。
……俺に変なプライドさえ無ければな。
もっと若かったら、きっとこのまままた散歩一緒にしようよ、とか自然に言えてたんだろうな。
俺が言うのは、ちょっとなあ……。
こういう部分がよくねーんだろうな。
なさけな。
「歩いてる時から随分と難しい顔続きですね」
「最初に生まれつきって言っただろ」
「そーでしたね。でも、そうじゃない顔も見てるので。私は女神様なので言ってあげますよ」
「へ?」
「千歳さん、これからも迷惑じゃなければ散歩に付いてっても良いですか?」
「あ、ああ……そうしてもらえると、俺としても助かるかな」
「ですよね?」
……またこの子のペースに乗せられてしまったな。
それも致し方ない、か。
俺がこの子に何かしてあげられる日は来るんだろうか……。




