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無能扱いされた元事務員、異世界ギルドで命を救う受付嬢になりました 〜最強冒険者たちに溺愛指名されています〜  作者: 他力本願寺


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第39話 戦えない私の記録で、ルーンベルは守られました

ルーンベルの街を飲み込もうとした未曾有の魔物大災害から、数日が経過した。

破壊された西門周辺の修繕や、避難していた人々の生活の立て直しなど、街の復旧作業は今も急ピッチで進められている。


冒険者ギルド支部のホールにも、怪我の治療を終えて復帰した冒険者たちが少しずつ戻り始め、かつての活気ある喧騒を取り戻しつつあった。

激動の防衛戦を終えた私の身体には、鉛のような疲労感が残っていたけれど、それ以上に「誰も死なせずに済んだ」という底知れぬ達成感が、胸の奥を温かく満たしていた。


「……皆の者、静粛に!!」


お昼時で一番人が集まる時間帯。

ギルドの中央に立ったヴィクトル支部長が、よく通る豪快な声でホールに呼びかけた。

その声に、酒を飲んでいた冒険者たちや、慌ただしく立ち働いていた職員たちの動きがピタリと止まる。


「これより、今回の魔物災害防衛戦における、最終的な被害状況と『数字』の報告を行う」


支部長の手には、私が徹夜でまとめ上げた分厚い事後報告書の束が握られていた。


「結論から言う。……ルーンベル防衛戦における当ギルド所属冒険者の死者は――ゼロだ」


その言葉が響き渡った瞬間、ギルドの空気が一瞬だけ静まり返り……直後、割れんばかりの歓声が爆発した。


「やったぜ!!」

「あの超重量級の群れを相手にして、一人の死者も出なかったなんて!」


冒険者たちが互いの肩を叩き合い、涙を流して生還を喜んでいる。

死者ゼロ。

それは、ただの奇跡ではない。彼らの死闘と、私たちが後方から構築した『絶対に死なせないためのシステム』が、完全に機能したという明確な証明だった。


「……これは、お前たち現場の奮闘だけの結果じゃねえぞ」


歓声が落ち着くのを待ち、ヴィクトル支部長が優しい視線を私の方へと向けた。


「非戦闘員の安全を完璧に確保した『避難リスト』。

前線にポーションを絶やさず届け、疲労で部隊が崩壊する前にローテーションを回し切った『補給・シフト表』。

そして何より、限界を迎えた冒険者を無理やり生きて帰らせた『撤退条件(てったいじょうけん)のリスト』。

……剣も魔法も使えない、一人の受付嬢が紙とペンで構築したその『記録』が、俺たち全員の命を救い、このルーンベルの街を守り抜いたんだ」


支部長の言葉に、ホール中の視線が一斉に私へと集まった。


「ユイちゃん、本当にありがとうな!」

「ユイさんがいなかったら、俺たち絶対に全滅してたぜ!」

「俺たちの最高の受付嬢に、乾杯!!」


「か、乾杯!!」


次々と掲げられる木のジョッキ。

真っ直ぐに向けられる、惜しみない感謝と称賛の声。


現代の会社では「誰がやっても同じ」「利益を生まない事務」と軽視され、無能扱いされていた私の地味な仕事。

それが今、この異世界で、何百という命を繋ぎ止める絶対的な盾となったのだ。


「みなさん、ありがとうございます……っ。でも、私はただ、事務員としての当然の仕事をしただけで……」


感極まって涙ぐみそうになるのを必死に堪え、私は照れ隠しのように手元の台帳で顔を扇いだ。

すると、ふわりと上品な花の香りが漂ってきた。


「その『当然』が、どれほど偉大なことか。あなたはもう少し、素直に褒め言葉を受け取るべきですね」


カウンターの前に立っていたのは、純白の外套を羽織った王都の監査補佐(かんさほさ)――アシュレイ様だった。

彼の背後には、王都へ帰還するための豪奢な馬車と護衛の騎士たちが控えている。


「アシュレイ様。……今日、王都へ発たれるのですね。子爵の件での迅速なご対応、本当にありがとうございました」


「ええ。バルザック子爵の身柄は完全に拘束され、すべての不正は白日の下に晒されました。あなたの作ったあの完璧な告発書類のおかげで、彼には言い逃れの一つもできなかったそうです」


アシュレイ様は優雅に微笑み、私の手元にあるインクの染みがついたペンを愛おしそうに見つめた。


「ユイ嬢。……王都本部からの『記録管理特別補佐』への招聘状についてですが。本当に、お受けいただけないのですね」


彼の言葉に、周囲の空気が少しだけ張り詰めた。

少し離れた場所では、包帯姿のレオンさんが腕を組み、静かにこちらを見守っている。カイルさんやノアくんも、固唾を飲んで私の言葉を待っていた。


「はい」


私は、一切の迷いなく頷いた。


「アシュレイ様からのご評価は、事務員としてこれ以上ないほど光栄に思います。……けれど、私はルーンベル支部の受付嬢です。私が一番働きたい場所は、彼らが帰ってくる、この窓口ですから」


私の明確な拒絶の言葉。

アシュレイ様は少しだけ寂しそうに目を細めると、やがて、憑き物が落ちたような爽やかな笑顔を見せた。


「……私の負けですね」


彼は私の前に片膝をつき、私の右手の甲に、騎士のように恭しく口づけを落とした。


「あなたのその類まれなる頭脳と、深い愛情。……王都に連れ帰れなかったことは、私の人生における最大の損失となるでしょう。あなたの居場所は、ここにあるようですね」


「アシュレイ様……」


「どうかお元気で、美しきギルドの命綱。……いつかまた、あなたの素晴らしい書類に会える日を楽しみにしています」


アシュレイ様は颯爽と立ち上がると、振り返ることなくギルドを後にし、王都へと続く街道へ旅立っていった。

彼が見せてくれた大人の引き際と、私の決断への最大限の尊重に、私は深く頭を下げた。


「……行っちゃったわね、王都の貴公子様」


隣の窓口から、ミリアさんがクスクスと笑いながら顔を出した。


「ユイさん、大出世のチャンスだったのに。本当に後悔してない?」


「していませんよ。それに、後悔している暇なんてありませんから」


私はカウンターの下から、ドサッと音を立てて『新しい書類の山』を机の上に積み上げた。


「魔物災害の特別報酬の計算、損壊した武具の補填申請、それに子爵領から新たにギルドの管轄となったエリアの危険度再設定。……事後処理の仕事は、まだまだ山積みなんです」


「ひえっ……さすが英雄になっても、ユイさんはユイさんね」


ミリアさんが大げさに身震いするのを見て、私は小さく笑った。


英雄だなんて、とんでもない。

私はただの、数字と書類を整えることしかできない元事務員だ。

けれど、そんな私の地味な仕事が、今日を生き延びた彼らの明日を支えている。


「さて、午後も気を引き締めていきますよ!」


私は手元の『簡易(かんい)そろばん』を握り直し、パチリと小気味よい音を響かせた。

日常の戦場へと戻った私のいる受付窓口に、静かに、けれど確かな足音を立てて、あの銀灰色の長身が歩み寄ってきていた。

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