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無能扱いされた元事務員、異世界ギルドで命を救う受付嬢になりました 〜最強冒険者たちに溺愛指名されています〜  作者: 他力本願寺


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第38話 私の撤退条件が、最強剣士を生きて帰しました

ルーンベルの空に、完全な朝陽が昇りきっていた。

防衛戦の勝利に沸き立つギルドの喧騒の中、私はただ一人、祈るような気持ちで入り口の重厚な扉を見つめ続けていた。


私の推測を信じ、カイルさんたちが西の森の『旧採石場跡』へと救援に向かってから、どれほどの時間が経っただろうか。

頭では「彼なら絶対に生きている」と信じようとしても、胸の奥から湧き上がる絶望的な想像を完全に振り払うことはできず、手元の書類を握る指先はずっと小刻みに震え続けていた。


「……ユイさん。温かいお茶でも飲みませんか?」


心配そうに見守ってくれていたミリアさんが声をかけてくれた、その時だった。


「おーい! 開けろ! 救援部隊、帰還したぞ!!」


バンッ、と重厚な扉が勢いよく開け放たれた。


「レオンさん……っ!」


私は弾かれたようにカウンターを飛び出した。

朝日を背にしてギルドに足を踏み入れたのは、カイルさんとノアくんに両脇を支えられた、大きな銀灰色の背中。


ギルド最強のS級剣士――レオン・ヴァイスの姿だった。


その頑強な革鎧は無残に引き裂かれ、全身が赤黒い血と泥にまみれている。自力で歩くのもやっとのほどの、ひどい重傷だ。

けれど、彼は確かに息をして、深い青の瞳を開いていた。


「……やあ、ユイちゃん。君の言った通り、あいつは旧採石場の奥で、魔物の死体の山の上に座ってたよ。ほんと、とんでもないしぶとさだ」


カイルさんが疲労の色を滲ませながらも、からかうように笑う。

私は涙で視界がぐしゃぐしゃになるのも構わず、彼らの元へ駆け寄った。


「レオンさん……! レオンさんっ!」


「……ユイ」


私の声に気づいたレオンさんが、掠れた声で私の名前を呼んだ。

私は彼の血まみれの腕にすがりつき、ボロボロと大粒の涙をこぼした。生きていてくれた安堵と、こんなになるまで無茶をした彼への怒りが、ごちゃ混ぜになって溢れ出してくる。


「どうして……どうしてあんな無茶を! あれほど、危なくなったら引いてくださいってお願いしたのに……っ!」


「無茶は、していないさ」


私が怒気を込めて叫ぶと、レオンさんは微かに、本当に微かに、安堵の微笑みを浮かべた。

そして、震える左手を胸元のポケットに滑り込ませ、一枚の羊皮紙を取り出した。

それは出撃前、私が彼に渡した『絶対撤退条件ぜったいてったいじょうけん』のリストだった。


「君の書いた条件通り……ポーションが残り二本になった時点で、俺は防衛線を放棄した。……その後、地形の入り組んだ旧採石場へ魔物を誘導し、一体ずつ相手にして時間を稼いだ」


彼は血に濡れたその紙を、まるで自分の命そのものであるかのように、大切に握りしめていた。


「この紙があったから……君の顔が、君の引いてくれた数字のラインが頭をよぎったから。俺は最後まで、生きることを諦めなかった」


レオンさんの深い青の瞳が、真っ直ぐに私を射抜いた。


「君の紙が、俺を生きて帰してくれたんだ。……ありがとう、ユイ」


その言葉に、私の胸の奥で張り詰めていた最後の糸がプツリと切れた。

彼が私の仕事を信じてくれた。私の数字が、私の感情が、この最強の剣士の命を繋ぎ止めたのだ。


「……よかった……生きて、帰ってきてくれて……っ」


私が顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくると、レオンさんは私を抱きしめようと、ゆっくりと両手を伸ばした。

しかし、その大きな手は、私の身体に触れる直前でピタリと止まった。


「……すまない。俺は今、血と泥にまみれている。君の綺麗な服を、汚してしまう」


こんな時まで、彼は私を気遣って、自分の感情を押し殺そうとする。

その不器用で優しすぎる彼の手を、私は両手でガシッと強く掴み取った。


「ユイ……?」


「服の汚れなんて、どうでもいいです! 私は、事務員ですから! 汚れた服を洗濯する計算くらい、すぐに終わります!」


私は彼の血に染まった腕を引き寄せ、自分から彼の広い胸の中へと飛び込んだ。

分厚い革鎧越しに伝わってくる、激しくも確かな心音。血と泥と、微かな鉄の匂い。

そのすべてが、彼が生きているという絶対の証明だった。


「……っ」


私が強くしがみつくと、レオンさんは一度だけ短く息を呑み、ついに理性のタガを外したように、その大きな両腕で私の身体を強く、痛いほど強く抱きしめ返してくれた。


「……君は本当に、俺を狂わせる」


耳元で囁かれる低く熱い声。

その声には、もう何の誤魔化しもない。ただ一人の女性を愛し、絶対に手放さないという、強烈なオスとしての独占欲が滲み出ていた。


「ずっと、ここにいてくれ。……俺の帰る場所は、君のいる窓口だけだ」


「……はい。ずっと、待っています」


周囲の喧騒が嘘のように遠ざかり、世界に彼と私だけしかいないような錯覚に陥る。

ふと視線を上げると、カイルさんやノアくん、ヴィクトル支部長やミリアさんたちが、いつの間にか少しだけ距離を取り、温かい笑顔で私たちを囲むように見守ってくれていた。


「やれやれ。俺が入る隙は、完全にゼロってわけか」

カイルさんが肩をすくめて苦笑する。


過酷な魔物災害を乗り越え、最強の剣士は私の元へ帰ってきた。

紙と数字しか扱えない私が、異世界で見つけた、一番大切で、絶対に守り抜きたい私の居場所。

彼の熱い体温に包まれながら、私はもう一度、彼の背中に回した腕にギュッと力を込めた。

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